第二十四話
窓から差し込む陽光は、赤錆色の大地を黄金色に染め上げていた。惑星オルトゥージャ。かつて辺境の荒野だったこの星は、数百年という時を経て、銀河でも有数のレアメタル採掘都市へと変貌を遂げていた。
一週間の入院を経て、シオンは大通りへと歩き出した。
そこは、奇妙で美しい調和を見せる街だった。空には銀河共和国の警備ドローンが巡回し、行政ビルには「銀河共和国加盟惑星・オルトゥージャ」の旗が翻っている。表向き、この星は希少鉱石の産出地として共和国の管理下にある。
だが、街の息吹は違った。建物は共和国規格の無機質な素材ではなく、この星特有の赤茶けた合金で造られ、どこか優美な曲線を描いている。行き交うエアカーや作業用ロボットも、共和国のカタログには載っていない独自のデザイン――かつてアルがもたらした「失われた星間国家」の技術体系を、彼らなりに消化し発展させたものだ。
ふと、中央広場に人だかりができているのが見えた。シオンが近づくと、そこには巨大な像が立っていた。
二体の像だ。一つは、ローブを纏い、天を指差す賢者のような姿。もう一つは、その背中を守るように立つ、銃と刀を構えた戦士の姿。顔立ちはデフォルメされているが、その特徴的なシルエットは見間違えようがなかった。
アルと、フレデリックだ。
「ママ、これなぁに?」
シオンの隣で、幼い子供が母親の服を引っ張った。
「これはね、『オルトゥージャを建国した神様』と『その守護者様』よ」
「かみさま?しゅごしゃ?」
「そう。ずっと昔、この星がまだ貧しくて、悪い怪物たちに襲われていた時にね、空から降りてきて私たちのご先祖様を助けてくれたの。……強くて優しい人たちだったのよ」
母親は声を潜めて、しかし熱っぽく語った。
「神様は私たちに『知恵』をくれた。守護者様は『勇気』をくれた。……あの方たちがいたから、今のオルトゥージャがあるの」
子供が無邪気に像に向かって手を振る。その光景を見て、シオンの胸に熱いものが込み上げてきた。
(彼らは……英雄だったんだ)
フレデリックはいつも自分のことを「死ねない死にたがり」だと卑下する。だが、彼が残したものは、こうして三百年後の未来にまで花開いている。彼らが築いた礎の上に、この安定した平和な国があるのだ。
それに引き換え、自分はどうだ?
シオンは自分の手を見つめた。この手にあるのは、奪還した「レイオンの秘宝」だけ。確かに王家の象徴は取り戻した。だが、今のレイオンはどうだ? ガレッゾに踏みにじられ、エコーズを頼らないと復興もままならない…。今のレイオンに必要なのは、代々伝わる秘宝でも超大国からの支援でもなく、このオルトゥージャのような「今を生きるための心の拠り所」なのではないか。
『……シオン様。お加減大丈夫ですか?』
通信機から聞こえたアルの声が現実に引き戻す。
『街を散策されていたのですね…気分転換はできましたか?』
「ええ……すごくこの国が羨ましいと、思ったわ」
シオンは正直に答えた。
「この街の人たちは幸せそう。……私が、レイオンの王女として成し遂げなければならないことが、ここには全部ある」
広場のベンチに腰を下ろすと、目の前では、噴水の周りで人々が平穏な時を過ごしている。その平和な光景を見れば見るほど、ニールの言葉が重くのしかかってくる。
――君はレイオンへ帰りなさい。そこで傷を癒し、民と共に国を再興するといい。
――それが一番だ。きっと亡きご両親もお喜びになるだろう。
そうだ。私には義務がある。生き残った王族として、このオルトゥージャのように、レイオンを豊かで平和な国に再建する義務が。そのためには、一刻も早く秘宝を持って帰国し、暫定政府を樹立し、復興の指揮を執らなければならない。
フレデリックを助けに行く? それは、王女としての責務を放棄し、個人的な感情を優先する「わがまま」ではないのか。もし私がフレデリックを追いかけて死ねば、レイオンの復興という希望は完全に絶たれてしまう。多くの民の命と、一人の大切な仲間の命。天秤にかけること自体が、王としては失格なのかもしれない。
(私は……王女なのだから)
シオンは拳を握りしめた。爪が掌に食い込む痛みで、揺れる心を無理やり縛り付ける。
「アル。……修理が終わったら、すぐに発ちましょう」
『……目的地は?』
「……レイオンへ」
言葉にした瞬間、心臓が悲鳴を上げた気がした。だが、シオンはそれを表情には出さず、努めて冷静に続けた。
「ニール様の言う通りよ。私には王族として国を再興する責務がある。……これ以上、フレデリックの意志を無駄にするわけにはいかないもの」
『……了解しました。修理はあと2日で終わります。それまでに準備を整えておいてください』
アルの返答は、どこか事務的だった。通信が切れる。シオンは広場の喧騒の中に、一人取り残された。頭上にある像のフレデリックが、物言わぬ瞳でじっと彼女を見下ろしている。その視線が、今のシオンには「それでいい」と言っているようにも、「本当にそれでいいのか」と問いかけているようにも見えた。
地上に吹く風は温かかったが、シオンの心は冷たく凍りついたままだった。




