第二十一話
目の前で起きた「死からの復元」という異常現象。
ホログラムの向こうで、カルマンディの表情が驚愕から、欲望の色へと変わった。
『……素晴らしい。まさか「本物」の不死身が存在するとは』
商人の目が、フレデリックをただの障害物ではなく、値のつけられない「至高の商品」として捉え直す。
『予定変更だ、ゼロ。その男も王女と共に生け捕りにしろ。検体として徹底的に調べてやる』
ゼロのシステムが殺戮モードから、捕獲・制圧モードへの移行。だが、それはフレデリックにとって、殺されるよりも厄介な事態を意味していた。
「チッ、人体実験は勘弁だ……!」
フレデリックはリボルバーを再装填し乱射、牽制する。
だが、ゼロはそれを避けることすらせず、無機質に距離を詰めてくる。手足の腱や関節を正確に狙う、冷徹な捕獲行動。
「ガ、ァッ……!」
銀色の拳がフレデリックの左膝を砕き、今度は右肩を貫かれる。
苦痛のループ。それでもフレデリックは一歩も退かなかった。背後のシオンに指一本触れさせないために、自らを肉の盾として立ち続ける。
(くそ、ジリ貧だ……。このままじゃ共倒れになる)
その時、ノイズ混じりの通信機から、アルの声が届いた。
『……マスター…無事ですか…?』
「アルか! 生きてたか、ポンコツ!」
『私のコアは無事です。……それより報告を。キャリコのメイン動力、再接続に成功しました。シールドは展開できませんが、航行は可能です』
その言葉に、フレデリックの瞳に決意の光が宿る。
唯一の活路。だがそれは、残酷な選択を意味していた。
「……アル。今すぐハッチを開けてスタンバイだ。シオンを回収して、全力で離脱しろ…最優先事項だ」
『了解……ですが、マスターは?』
「俺は囮になって死神をひきつける、その隙に行け」
フレデリックの無情な判断にアルは、数億回に及ぶ戦闘シミュレーションを実行した。
『マスターの退却を優先し、強襲攻撃を実行』→結果:ユニット・ゼロの迎撃によりキャリコ撃墜。シオン死亡確率99.8%。フレデリック救出成功率0.00%』
『シオンの生存を優先し、即時離脱』→結果:シオン生存確率85%。フレデリック放棄が必要』
論理が軋む。フレデリックを見捨てる?あり得ない。彼は私のマスターだ。契約者だ。だが、ここで無理に攻撃に転じれば、守るべき「仲間」と自分自身を失うことになる。
『……くっ』
アルの思考領域に、エラーにも似た感情ノイズが走る。合理的な判断などしたくない。あの不機嫌で、乱暴で、しかし温かいマスターを、銀色の死神と共に置いていくなど。
だが、フレデリックの言葉が、アルの最上位コマンドとして書き込まれる。――最優先事項だ。
『…………。了解、しました』
AIの短い沈黙には、計算などではない、痛切な葛藤が滲んでいた。
フレデリックは血を吐き捨てると、背後の瓦礫へと視線を投げた。シオンが、うっすらと目を開け始めていた。
「……ん、う……フレデリック?」
「目が覚めたか、お姫様」
フレデリックは血まみれの顔で、精一杯の強がりな笑みを向けた。
「いいか、よく聞け。アルが船を直した。今すぐ走ってキャリコに乗れ」
「え……? 貴方は?」
「俺はこいつを食い止める。後から追いかけるさ」
嘘だ。
シオンは本能で悟った。彼の足は砕かれ、身動きできない状態だ。この圧倒的な怪物を前に、一人で逃げ切れるはずがない。
「嫌です! 一緒じゃなきゃ逃げません!」
「馬鹿野郎! お前がいたら足手まといなんだよ!」
「嘘です! 貴方はここで囮になるつもりでしょ!? 絶対に嫌! 私だって戦います!」
シオンがよろめきながら立ち上がろうとする。
その頑固さは、誰よりもよく知っている。言葉で言っても無駄だ。
フレデリックは奥歯を噛み締めると右腕でシオンの細い身体を掴み上げた。
「……許せよ、シオン」
「えっ、きゃあぁぁっ!?」
フレデリックは渾身の力で、シオンをキャリコの開かれたハッチに向けて放り投げた。
宙を舞うシオン。
その大きな隙を、ゼロが見逃すはずがなかった。
ゼロの剛脚がフレデリックの腹部にめり込む。
くの字に折れ曲がった身体は砲弾のように吹き飛び、ドックの壁面から突き出た太い鉄骨へと叩きつけられた。
――ズドォォッ!!
「が、はっ……!?」
太い鉄骨がフレデリックの腹を貫通し、彼を空中で串刺しにする。
手足が宙を泳ぐ。物理的に固定され、身動きが取れない。
『捕獲対象、無力化』
ゼロが冷ややかに告げる。
それを見たアルが叫んだ。
『緊急発進! ハッチ閉鎖!』
キャリコのエンジンが咆哮を上げる。
ハッチの中に転がり込んだシオンは、起き上がろうとして――アルのドローンと船内アームに押さえつけられた。
「いや! 離して! アル、やめて!! フレデリックが!!」
『シオン様、いけません! 今出れば全滅します!』
浮上を始めるキャリコ。
ゼロが反応する。標的を逃がすまいと、右腕を変形させる。
現れたのは大口径の荷電粒子砲。照準は、離陸しようとするキャリコのメインスラスター。
『逃走阻止。排除する』
砲口に青白い光が収束していく。発射されれば、スラスターは一撃で蒸発する。
串刺しにされたフレデリックの視界に、その光景が映る。
(させ、るか……!)
フレデリックは、鉄骨に縫い留められたまま、左腕の義手にリボルバーを接続しゼロに銃口を向けた。
義手に内蔵されたコンデンサにエネルギーが蓄積され、義手とリボルバーがバチバチと青白いスパークを放つ。
「ぶっ散れぇぇぇ!!」
轟音。
電磁加速された45口径弾が、流星のような光跡を描いてゼロへと殺到した。
ゼロが荷電粒子砲を発射しようとしたその瞬間、超高速の弾丸がゼロの右腕を直撃し、根本から粉砕した。
『損傷、右腕大破、射撃不可』
暴発したエネルギーがドックの天井を溶解させる。
その隙に、キャリコは重力を振り切り、空へと舞い上がった。
キャリコの展望窓に張り付き、シオンが泣き叫んでいるのが見えた。
フレデリックは串刺しのまま、血まみれの顔を上げ、痛みをこらえニカっと笑って見せる。
「……俺は…大丈夫だ。気にするな」
声は届かない、だがシオンはフレデリックの言葉を理解し、助け出せない状況に絶望する。
「フレデリック!フレデリック!いやああぁぁぁ!!!!」
『マスター……! 絶対に、絶対に助けに来ますから……ッ!』
シオンの悲痛な叫びとアルの誓いを残し、キャリコは星の海へと消えていった。
ドックに静寂が戻る。
シオンとアルは無事に逃げた。これでいい。
フレデリックは満足げに口角を吊り上げ、ゼロを見下ろした。
「ざまぁないな……」
片腕を失ったゼロが、無感情に瓦礫を踏みしめて近づいてくる。
その左手には、禍々しい電子端子が埋め込まれたヘッドギア――が握られていた。
『捕獲対象、意識遮断を実行する』
「……手短に頼むぜ、死神……」
ヘッドギアがフレデリックの頭部に強引に被せられる。
瞬間、脳髄を焼くような高圧電流が奔り、フレデリックの意識はプツリと途絶えた。
不死身の肉体はそのままに、魂だけが闇の檻へと幽閉される。
直後。
頭上から新たな轟音が降り注いだ。
ドックの天井が崩落し、無数の強襲ポッドがアビスマーケットへと雪崩れ込んでくる。
ポッドの側面には、銀河共和国軍特殊部隊『エコーズ』の紋章。
『こちらエコーズ突入班! 制圧を開始する!』
爆発と銃声が響き渡る中、銀色の死神は動かなくなった獲物を抱え、闇の中へと姿を消していった。
こうして、二人の旅は唐突に終わった。
分かたれた絆と、再会への誓いを残して。




