第二十話
黒煙がドックを支配していた。
右舷を大きく抉られ、傾いたキャリコの姿は、まるで翼を折られた鳥のようだった。
「ッ……! シオン、下がってろ!」
フレデリックはシオンを背に庇い、油断なくリボルバーと刀を構えた。
二人の視線の先。爆心地に佇む銀色の影が、ゆっくりと首を傾げる。
感情のないレンズアイが、獲物を値踏みするように明滅した。
ブォン、という低い駆動音と共に、銀色の胸部装甲が展開される。
空間にホログラムが投影された。映し出されたのは、腕を組み値踏みするような視線でこちらを見据える男――カルマンディだ。
『やあ、ご両人、ご機嫌いかがかな?』
「カルマンディ……!」
フレデリックが睨みつけると、男は愉快そうに笑った。
『そう殺気立つな。私はビジネスの話をしに来たのだよ。……単刀直入に言おう。その「秘宝」と、そこにいる「王女様」を渡したまえ、支払いはクレジットを言い値で払おう』
フレデリックが鼻を鳴らす。
「断ると言っ――」
『まあ、君が取引に応じる訳はないな。時間が惜しい――ゼロ、王女を確保しろ、男は殺せ』
フレデリックが言い終わるのも待たず、カルマンディは命令を下す。
ゼロと呼ばれた銀の死神。その動きは、引き金を引くよりも早かった。
「――ッ!?」
フレデリックの動体視力ですら、銀色の閃光を捉えるのがやっとだった。
ゼロが消失したかのような超高速移動。
本能で刀を盾にする。ガギィンッ!! という凄まじい衝撃音が響き、フレデリックの体が紙切れのように吹き飛ばされた。
「フレデリック!」
「来るなッ!!」
壁に叩きつけられたフレデリックが叫ぶ。だが、ゼロは既に次の動作に入っていた。
流体金属の腕が鞭のようにしなり、シオンへと迫る。
「させません!」
シオンは蒼い炎の障壁を展開する。銃弾さえ蒸発させた絶対防御。
だが、ゼロの銀腕は炎をものともせず突き破り、シオンの腹部を殴り飛ばした。
「が、はっ……!?」
シオンの身体が宙を舞い、コンテナの山へと突っ込む。
『シオン様!』
アルの悲痛な叫びが響くが、今の彼にはハッキングによる支援すら封じられているようだった。
「貴様……よくも!」
フレデリックが吼える。リボルバーの全弾を発射し、リロードも待たずに斬りかかる。
至近距離からの45口径弾と、鉄骨をも断つ斬撃の嵐。
だが、ゼロはそれを避ける素振りすら見せなかった。
弾丸は銀色の装甲に弾かれ、刃は流体金属に受け流される。
(硬いだけじゃない……! 攻撃の衝撃を逃がしてやがる!)
これが、最新鋭の殺戮兵器。
ガレッゾ戦で見せた連携など、児戯に等しい圧倒的な暴力。
ゼロが無造作に裏拳を放つ。それだけでフレデリックの肋骨が砕け、血反吐を吐いて崩れ落ちる。
「……あ、う……」
瓦礫の中で、シオンが身じろぎした。
蒼い炎を灯そうとするが、腹部に受けたダメージと恐怖で炎は頼りなく揺らぐだけだ。
ゼロが、無慈悲にシオンへと歩み寄る。その右腕が、巨大な銀色の槍へと変形していく。
『殺すなよゼロ。手足の一本や二本なら構わんがな』
カルマンディの無慈悲な指示が響く。
銀色の槍が、動けないシオンの太腿を狙って振り上げられた。
「や、やめ……」
シオンが絶望に瞳を見開いた、その時。
「――俺のツレに何しやがる!」
ドサッ、という鈍い音。
シオンを庇うように、ボロボロのコートを纏った背中が割り込んでいた。
――グシャアアアッ!!
肉が弾け飛び、骨が粉砕される嫌な音がドックに木霊した。
ゼロの槍は、フレデリックの胸部を貫通し――そのまま上半身の半分を吹き飛ばしていた。
「フレ、デリック……?」
シオンの顔に、温かい液体が降りかかる。
それは紛れもない、彼の血だった。
心臓も、肺も、生きるための機関がすべて消し飛んでいる。誰がどう見ても、即死だった。
ホログラムの向こうで、カルマンディが満足げに頷く。
『フン、盾になったか。……まあいい。回収しろ』
だが。
その命令が実行されることはなかった。
ザザッ、ザザザッ……。
肉塊となったフレデリックの身体から、青白いノイズが奔ったのだ。
『……なんだ? あの光は』
カルマンディが怪訝な声を上げる。
次の瞬間、世界にエラーが生じる。
飛び散った血肉が、映像を逆再生するように収束していく。
砕けた骨が繋がり、失われた臓器が虚空から再構成され、吹き飛んだ皮膚が瞬きする間に元通りに縫合されていく。
ナノマシンによる修復? いや、違う。
あれは「治癒」ではない。「因果の巻き戻し」だ。
――リセット完了。
「……ッ、はぁッ!!」
何事もなかったかのような五体満足の姿で、フレデリックが大きく息を吸い込んだ。
死の苦痛だけを脳に焼き付けられ、脂汗を流しながらも、その瞳には凶暴な光が宿っている。
『ば、馬鹿な……!?』
カルマンディの仮面が剥がれ落ち、驚愕の声が漏れる。
『上半身が消し飛んでいたはずだ! 如何なるナノマシンでも、コアとなる脳や心臓がなければ再生などあり得ん! 貴様、一体……何なんだ!?』
理解不能な現象を前に、カルマンディの論理が崩れ去る。
フレデリックは口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
「死にたくても死ねないんでな…!」




