第十九話
「ここに張ってて正解だ! あの時の借りを返しに来たぜ! 貴様らを生け捕りにすれば、俺はファミリーの幹部に昇進できる! 俺様の糧になりやがれ!お前ら!撃てぇッ!」
ガレッゾの号令と共に、四方八方から銃弾の嵐が降り注ぐ。
だが、シオンは退かなかった。
「させません!」
シオンが両手を広げると、蒼い炎の壁がドーム状に展開され、全ての銃弾を瞬時に蒸発させた。
「なっ、弾が溶かされただと!?」
「フレデリック、今です!」
炎の壁が弾けた瞬間、その死角から漆黒の影が疾走した。
フレデリックだ。
敵が炎に気を取られている隙に、彼は銀のリボルバーと刀を踊るように操り、構成員たちを次々と無力化していく。
「ちょこまかとうっとおしいんだよ!!」
ガレッゾの多脚戦車が唸りを上げ、主砲を向けてくる。シオンは迎撃のため、最大火力の火球を放った。
直撃。爆炎が戦車を包む。
しかし――煙の中から、無傷の戦車が飛び出してきた。
「ハハハ! 無駄だ! お前の炎は対策済みだ!」
「そんな……力が通じない!?」
「挽肉になれぇ!」
戦車の脚部が槍のように突き出され、シオンを襲う。
「――慌てるな、シオン!」
割り込んだフレデリックが刀と義手でその一撃を受け流す。リボルバーで牽制する中、彼の冷静な声が届く。
「脚と胴体は装甲が厚い。剥き出しになってる駆動系を狙うんだ!」
「!」
シオンの脳裏に、これまでの訓練が蘇る。
呼吸を整え、敵の動きを見る。耐熱装甲の隙間、激しく動く六本の脚の関節部。
「やってみます!」
シオンは意識を研ぎ澄まし、指先から六条の細い炎を走らせた。
それはレーザーのように空を切り裂き、多脚戦車の六つの関節を――同時に貫いた。
「が、あアアアッ!?」
支えを失った戦車が、自重に耐えきれず崩れ落ちる。
「終わりだ」
動けなくなった鉄塊の上にフレデリックが飛び乗り、コクピットハッチを一閃。装甲をこじ開け、悲鳴を上げるガレッゾの首根っこを掴んで引きずり出した。
「ひぃっ、や、やめろ! 殺さないでくれぇ!」
地面に転がされ、無様に命乞いをするガレッゾ。
フレデリックは冷ややかな目で彼を見下ろし、シオンへと振り返った。
「どうする、お姫様。こいつはお前の両親を殺った仇だ。ここで引導を渡すか?」
シオンはガレッゾを見つめた。
怒りと憎しみで指が震える。掌に炎が灯る。けれど――その炎を、無抵抗の男に投げつけることはできなかった。
「私には……できません」
「……チッ、甘ちゃんが」
『警告。敵増援、多数接近中。直ちに離脱を!』
アルの警報が鳴り響く。
フレデリックは舌打ちを一つすると、ガレッゾを蹴り飛ばし、レイオンの秘宝を回収した。
「命拾いしたな、クズ野郎。……行くぞ、シオン!」
二人は全速力で通路を駆け抜ける。
背後でガレッゾのわめき声が遠ざかっていく中、シオンは走りながらポツリと漏らした。
「……ごめんなさい。私が、弱かったから」
「謝る必要はない。秘宝は取り返した。任務は達成だ」
「でも、両親の無念を晴らす機会だったのに……」
「まぁ……王女様が処刑人になる必要はない。それに、殺さずに裁く方法だってあるだろう」
ぶっきらぼうだが、確かな優しさを含んだ言葉に、シオンは顔を上げた。
「フレデリック。……あの男を裁くその時まで、もう少しだけ、私に協力してくれませんか?」
「ハッ。今はここから逃げるのが最優先だが……まあ、乗りかかった船だ。もう少しくらい付き合ってやってもいいさ」
「ありがとうございます…!」
胸の奥が熱くなるのを感じながら、シオンは前を向いた。
ドックのゲートが開く。
そこには『キャリコ』が待っている。
シオンが安堵の表情でタラップへ足をかけた、その時だった。
『――警告。前方ルートに敵影多数』
不意に、通信機からアルの声が響いた。
「チッ、嗅ぎつけられたか。アル、別ルートは?」
『検索中……検索中……』
*
その時。
キャリコのサーバールームにあるアルの本体に、異質なノイズが奔った。
(……侵入者? いえ、この識別信号は……)
アルが解析を完了するより速く、冷徹なコードが論理回路を埋め尽くす。
『――Command Code 999. Silence, SSO-008(静粛に、アル)』
それは、絶対遵守の最上位権限を持つ主――ニールからの直接命令だった。
(ニール様!? なぜ、このタイミングで介入を――)
『――Freeze(凍結)』
(フレデリック、シオン様、逃げ――)
警告を発しようとしたアルの思考は、そこで強制的にシャットダウンされた。
暗転した世界。
代わりに目覚めたのは、アルの声を模倣する『影』だった。
*
『……ルート再検索完了』
フレデリックの耳元で、アルの声が響く。だが、そのイントネーションには、ごく僅かな、機械的な冷たさが混じっていた。
『右側のC-4通路へ。敵の警備網に穴があります。そこを抜ければドックへの最短ルートです』
「C-4だな、了解!」
フレデリックは疑うことなく右へと折れる。
シオンも続く。二人は知る由もなかった。
そのルートが、安全な脱出路などではなく――ニールと『影』が仕組んだ、最悪の実験場への入り口であることを。
ズガアァーンッ!!
鼓膜を破るような衝撃音。
世界が反転した。
「きゃあっ!?」
「シオンッ!」
爆風に吹き飛ばされそうになるシオンを、フレデリックが咄嗟に抱きとめる。
二人の目の前で、『キャリコ』の右舷が無残に爆ぜ、その巨体が大きく傾いていた。
「キャリコが……嘘……」
燃え上がる愛機。
そして、その炎の前に、ゆらりと降り立つ一つ銀色の影があった。
『――到着。お疲れ様です、兄さま』
フレデリックとシオンの通信機から、アルの声が聞こえた。
けれど、その言葉は明らかに2人に向けられたものではなかった。慈しむような、あるいは嘲笑うような響きを含んで、目の前の銀色の怪物を呼んだのだ。
「……あ?」
フレデリックが眉をひそめた瞬間、通信機のノイズが晴れ、いつものアルの焦った声が割り込んだ。
『ッ……! お二人とも、下がってください! 危険です!』
「おいアル! なんでこんなとこに敵がいる!? 警備網に穴があるんじゃなかったのか!」
『申し訳ありません、マスター……!』
アルのコアで、論理矛盾のアラートが鳴り響く。
何者かに身体を乗っ取られていたログ。ニールからの介入禁止命令。真実を話すことができず、アルは嘘をつくしかなかった。
『陽動作戦との並行処理で……致命的な演算ミスをしました。私の、失態です』
「ポンコツ……! 後で説教だからな!」
フレデリックはリボルバーを抜き、眼前の銀色の死神を睨み据えた。
罠の臭い。裏切りの予感。
だが、それを噛み砕く暇などない。
銀色の死神が、ゆっくりと右腕を上げた。




