第一話
惑星レイオン。
それは銀河の辺境宙域に浮かぶ、蒼き宝石だ。
大気の成分、重力係数、恒星との距離。すべてが奇跡的なバランスで保たれたこの星は、荒涼とした宇宙において「楽園」と呼ぶにふさわしい豊かさを誇っていた。
雲ひとつない蒼穹の下、城壁が陽光を反射して輝いている。
今日は、年に一度の収穫祭。城下町は色とりどりの花と果実、そして人々の笑顔で溢れかえっていた。
「――見事な眺めですね、お父様」
王族専用の馬車。その窓から身を乗り出すようにして、少女は感嘆の声を上げた。
シオン・エルメリア・レイオン。
この惑星を統べるレイオン王家の第一王女。
透き通るような白い髪が風になびき、宝石のような蒼い瞳が、沿道で手を振る民衆の一人一人を映し出している。
「シオン、身を乗り出しすぎてはいけませんよ。はしたない」
「あ、申し訳ありません、お母様。でも……みんなが笑っています。この国の民がこんなにも幸せそうなのを見ると、私まで嬉しくなってしまって」
シオンが屈託のない笑顔で振り返ると、隣に座っていた王妃エレナは困ったように、けれど愛おしげに微笑んだ。
その向かい側で、厳格な面持ちで腕を組んでいた国王――レイオン王ガイウスが、ふと表情を緩める。
「シオン。よく見ておきなさい」
「はい?」
「この笑顔こそが、我ら王家が守るべき『宝』だ。レイオンの秘宝……我らの血に宿る『蒼き力』は、決して他者を傷つけるためにあるのではない。この平穏を、民の明日を守るためにあるのだと」
父の言葉は、いつになく重く、そして優しかった。
シオンは姿勢を正し、深く頷く。
「はい、お父様。肝に銘じます。私もいつか、お父様や歴代の王のように、この国を――」
守れる王になります。
そう続けようとした、その時だった。
フッ、と世界から色が消えた。
太陽が雲に隠れたのではない。もっと異質な、重く冷たい影が、パレードの列を、城下町を、そして王城さえも覆い尽くしていく。
「……え?」
シオンが空を見上げる。
青かったはずの空に赤い閃光が幾筋も発生していた。
大気を引き裂く轟音と共に、巨大な「鉄の塊」が降下してくる。雲よりも巨大なその影は、優雅な鳥などではない。空の外から這い出てきた、鋼鉄の捕食者だった。
民衆の歓声が、悲鳴へと変わる。
色彩豊かだった祭りの光景が、逃げ惑う人々の混沌へと塗り替えられていく。
「な、何なのですか……あれは……!?」
「衛兵!民の避難誘導を!近衛師団は迎撃態勢をとれ!」
父王の怒号が響くのと同時に、大地が揺れた。
どこか遠くで、何かが爆ぜる音がした。平和という名の薄氷が、無残にも砕け散った音だった。
*
(……くそっ、アラートがうるさい!)
上空数千メートル。降下する宇宙戦艦のブリッジで、男は爪を噛んでいた。
ガレッゾ。兵器売買を生業とするマフィア、カルマンディ・ファミリーの構成員にして、今回のレイオン侵攻の責任者。
痩せぎすの体に、不釣り合いなほど高価なスーツを着込んでいるが、その背中は脂汗で濡れている。
「おい! 着陸地点の確保はまだか! さっさと王宮を制圧しろ!」
「ガレッゾ様、地対空防衛システムからの反応はありません。……本当に、原始的な星ですね」
「油断するんじゃねぇ。ナメてかかると痛い目を見るぞ」
部下に怒鳴り散らしながら、ガレッゾはコンソールのモニターを睨みつけた。
映し出されるのは、逃げ惑う「未開人」たちの群れ。
彼にとって、この風景は金脈にしか見えない。
(失敗は許されねぇ……。もう後がないんだ)
組織内での立場は崖っぷちだった。
度重なる失敗。ボスであるカルマンディからの冷たい視線。「次はないぞ」という無言の圧力。
このレイオンに眠ると言われる秘宝――銀河共和国も解析できていない未知のエネルギーを手に入れれば、一発逆転だ。幹部への昇進はおろか、独立して自分の組織をもつことだって夢じゃない。
「人生をかけた大博打なんだ……負けるわけにはいかねぇんだよ……!」
ガレッゾは血走った目で、眼下に広がる王宮を見下ろした。
美しき平和な国。
だが、彼にとっては踏み台に過ぎない。
「全砲門開け。威嚇射撃だ。抵抗する気力を根こそぎへし折ってやれ」
無慈悲な号令と共に、宇宙戦艦の腹部ハッチが開く。
そこから吐き出された無数の自律戦闘ドローンの群れが、悲鳴をあげる大地へと降り注いでいった。




