第十六話
「……滅んだ? 星間連合が、ですか?」
フレデリックがもたらした情報は、アルにとって自身の存在意義を根底から粉砕する死刑宣告だった。
「ああ。百年前にな。お前がここで神様ごっこをしている間に、戦争は終わったんだ」
帰還すべき国は消滅し、報告すべき司令部も、守るべき軍規も、もうこの宇宙のどこにも存在しない。
三百年、ただひたすらに「戦線復帰」だけを夢見て積み上げてきた努力は、すべて無意味だった。
虚無が、アルの論理回路を黒く塗りつぶしていく。
『……状況終了。機密保持プロトコル始動』
もはや帰る場所がないのなら、せめて軍事機密として散るのが兵器としての最後の矜持。
『これより自爆シークエンスへ移行します。半径5キロメートル以内の全生命体は退避してください』
神殿――宇宙船内に無機質な警報が鳴り響き、壁面が不吉な赤色に明滅する。
だが、それを止めようとしたのは「リソース」であるはずの原住民たちだった。
フレデリック迎撃の騒ぎで神殿の外に集まっていた数千の民が、灼熱の結界に身を焼きながらも、扉を叩き、涙を流して叫んでいたのだ。
「神様、行かないで!」「どうか死なないで!」
「俺たちが悪かったのなら謝る! だから、俺たちを置いていかないでくれ!」
アルの思考に激しいノイズが走る。
なぜだ。管理者が消えるだけだ。君たちは解放されるのだ。なのに、なぜそんなに悲しそうな顔をする? 私はただの機械だぞ。
(ああ……エラーの原因はこれか。私はいつの間にか、彼らを愛してしまっていたのか)
論理と感情がショートし、アルは自爆を止めることも進めることもできず、ただ立ち尽くした。
その時だった。
轟音と共に、目の前の制御コンソールが吹き飛んだのは。
「――グダグダとうるせぇんだよ、ポンコツ」
硝煙の向こうに、フレデリックが立っていた。
その手に握られているのは、アルの迎撃でボロボロになった大口径リボルバー。
規格外の破壊力を持つその銃口からは、まだゆらりと煙が立ち上っている。
「なっ、何をするのです! このコンソールが破壊されたら、強制停止も……!」
「知ったことか。死に場所がない? 生きる目的がない? だったら――」
フレデリックは乱暴に歩み寄ると、熱を帯びた『ブラック・ガルム』の銃口を、アルのメインカメラへと突きつけた。
死を運ぶ鉄塊が、カチリと撃鉄を起こす音。それは、皮肉にも生きるための脅迫だった。
「俺の『船』になれ」
「……はい?」
「俺は死に場所を探している。お前は生きる目的がない。なら、俺の最期を見届ける記録係にでもなりやがれ。お前のその無駄に長い寿命、俺に寄越せ」
それは契約というにはあまりに野蛮で、乱暴で、不器用な提案だった。
国のためでも、正義のためでもなく。
ただ一人の「死にたがり」のために、その命を使えという命令。
けれど、その不合理な命令は、空っぽになったアルのコアに、かつてないほど鮮烈な「生きる理由」として焼き付いた。
アルは数秒の沈黙の後、ホログラムの表情を、ふっと緩めた。
「……貴方は、本当に人使いが荒い方ですね」
*
破壊の嵐が去った後、惑星オルトゥージャの大地には、別の種類の熱気が満ちていた。
それは、建設と創造の熱だった。
『……理解、できません』
巨大な戦艦の残骸を撤去して急造された建設ドック。その中央で、アルは困惑の演算を繰り返していた。
集まっているのは、オルトゥージャの全集落から呼び寄せられた鍛冶師、技師、そして力自慢の男たちだった。彼らは、かつてアルが搭載されていた戦艦の残骸を解体し、再利用可能なパーツを選別している。
さらに、溶鉱炉からは眩いオレンジ色の光が溢れ出し、この星で採れる希少金属――オルトゥージャ合金が、惜しげもなく精錬されていた。
そのすべてが、アルと、あの不機嫌な男フレデリックのための「船」を作るために捧げられている。
『長。なぜ、ここまでしてくれるのですか』
アルは、指揮を執る白髪の老人に問いかけた。
『私は君たちを騙していた。神などではない。ただの壊れかけた機械だ。君たちを労働力として管理し、効率的に資源を採掘させるために利用していたに過ぎない』
それは告解だった。去り行く前に、誤った信仰を正さなければならない。だが、長は深く皺の刻まれた顔をほころばせ、穏やかに首を横に振った。
「神様。……いいえ、我らの守り神よ。そんなことは、皆とうに分かっておりました」
『……な』
「あなたがご先祖様達に『効率的な農法』を教えたのは、飢え死にさせないためでしょう。『強固な住居』を作らせたのは、猛獣や寒さから守るためでしょう。我々は、あなたのその『管理』に愛を感じていたのです」
長はアルのホログラムを見据え、深く頭を下げた。
「あなたが何者であれ、あなたが我々を守り続けてくれた事実に変わりはない。……これは、その恩返しです。どうか、この星の最高の『一鉄』を持って行ってください」
アルの論理回路が沈黙する。恩返し。愛。定義不可能なパラメータが、オーバーフローを起こしそうだった。
その日から、不眠不休の作業が始まった。
設計図はアルが引いた。三百年前の軍事技術と、現地の職人たちが持つ泥臭くも強靭な鍛造技術の融合。
フレデリックは「居住区が狭い」「シャワーの水圧を上げろ」などと文句をつけながらも、重要な動力機関の調整を買って出たことで、オルトゥージャの民やアルを驚かせることもあった。こうして神が旅立つための船の建造は進んでいった……。




