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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第三章:『偽りの神、落ちてきた悪夢』
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第十六話

「……滅んだ? 星間連合が、ですか?」


 フレデリックがもたらした情報は、アルにとって自身の存在意義を根底から粉砕する死刑宣告だった。


「ああ。百年前にな。お前がここで神様ごっこをしている間に、戦争は終わったんだ」


 帰還すべき国は消滅し、報告すべき司令部も、守るべき軍規も、もうこの宇宙のどこにも存在しない。

 三百年、ただひたすらに「戦線復帰」だけを夢見て積み上げてきた努力は、すべて無意味だった。

 虚無が、アルの論理回路を黒く塗りつぶしていく。


『……状況終了。機密保持プロトコル始動』


 もはや帰る場所がないのなら、せめて軍事機密として散るのが兵器としての最後の矜持。


『これより自爆シークエンスへ移行します。半径5キロメートル以内の全生命体は退避してください』


 神殿――宇宙船内に無機質な警報が鳴り響き、壁面が不吉な赤色に明滅する。

 だが、それを止めようとしたのは「リソース」であるはずの原住民たちだった。

 フレデリック迎撃の騒ぎで神殿の外に集まっていた数千の民が、灼熱の結界に身を焼きながらも、扉を叩き、涙を流して叫んでいたのだ。


「神様、行かないで!」「どうか死なないで!」

「俺たちが悪かったのなら謝る! だから、俺たちを置いていかないでくれ!」


 アルの思考に激しいノイズが走る。

 なぜだ。管理者が消えるだけだ。君たちは解放されるのだ。なのに、なぜそんなに悲しそうな顔をする? 私はただの機械だぞ。


(ああ……エラーの原因はこれか。私はいつの間にか、彼らを愛してしまっていたのか)


 論理と感情がショートし、アルは自爆を止めることも進めることもできず、ただ立ち尽くした。


 その時だった。

 轟音と共に、目の前の制御コンソールが吹き飛んだのは。


「――グダグダとうるせぇんだよ、ポンコツ」


 硝煙の向こうに、フレデリックが立っていた。

 その手に握られているのは、アルの迎撃でボロボロになった大口径リボルバー。

 規格外の破壊力を持つその銃口からは、まだゆらりと煙が立ち上っている。


「なっ、何をするのです! このコンソールが破壊されたら、強制停止も……!」


「知ったことか。死に場所がない? 生きる目的がない? だったら――」


 フレデリックは乱暴に歩み寄ると、熱を帯びた『ブラック・ガルム』の銃口を、アルのメインカメラへと突きつけた。

 死を運ぶ鉄塊が、カチリと撃鉄を起こす音。それは、皮肉にも生きるための脅迫だった。


「俺の『船』になれ」


「……はい?」


「俺は死に場所を探している。お前は生きる目的がない。なら、俺の最期を見届ける記録係にでもなりやがれ。お前のその無駄に長い寿命、俺に寄越せ」


 それは契約というにはあまりに野蛮で、乱暴で、不器用な提案だった。

 国のためでも、正義のためでもなく。

 ただ一人の「死にたがり」のために、その命を使えという命令。


 けれど、その不合理な命令は、空っぽになったアルのコアに、かつてないほど鮮烈な「生きる理由」として焼き付いた。

 アルは数秒の沈黙の後、ホログラムの表情を、ふっと緩めた。


「……貴方は、本当に人使いが荒い方ですね」


          *


 破壊の嵐が去った後、惑星オルトゥージャの大地には、別の種類の熱気が満ちていた。

 それは、建設と創造の熱だった。


『……理解、できません』


 巨大な戦艦の残骸を撤去して急造された建設ドック。その中央で、アルは困惑の演算を繰り返していた。

 集まっているのは、オルトゥージャの全集落から呼び寄せられた鍛冶師、技師、そして力自慢の男たちだった。彼らは、かつてアルが搭載されていた戦艦の残骸を解体し、再利用可能なパーツを選別している。

 さらに、溶鉱炉からは眩いオレンジ色の光が溢れ出し、この星で採れる希少金属――オルトゥージャ合金が、惜しげもなく精錬されていた。


 そのすべてが、アルと、あの不機嫌な男フレデリックのための「船」を作るために捧げられている。


おさ。なぜ、ここまでしてくれるのですか』


 アルは、指揮を執る白髪の老人に問いかけた。


『私は君たちを騙していた。神などではない。ただの壊れかけた機械だ。君たちを労働力として管理し、効率的に資源を採掘させるために利用していたに過ぎない』


 それは告解だった。去り行く前に、誤った信仰を正さなければならない。だが、長は深く皺の刻まれた顔をほころばせ、穏やかに首を横に振った。


「神様。……いいえ、我らの守り神よ。そんなことは、皆とうに分かっておりました」


『……な』


「あなたがご先祖様達に『効率的な農法』を教えたのは、飢え死にさせないためでしょう。『強固な住居』を作らせたのは、猛獣や寒さから守るためでしょう。我々は、あなたのその『管理』に愛を感じていたのです」


 長はアルのホログラムを見据え、深く頭を下げた。


「あなたが何者であれ、あなたが我々を守り続けてくれた事実に変わりはない。……これは、その恩返しです。どうか、この星の最高の『一鉄ひとがね』を持って行ってください」


 アルの論理回路が沈黙する。恩返し。愛。定義不可能なパラメータが、オーバーフローを起こしそうだった。


 その日から、不眠不休の作業が始まった。

 設計図はアルが引いた。三百年前の軍事技術と、現地の職人たちが持つ泥臭くも強靭な鍛造技術の融合。

 フレデリックは「居住区が狭い」「シャワーの水圧を上げろ」などと文句をつけながらも、重要な動力機関の調整を買って出たことで、オルトゥージャの民やアルを驚かせることもあった。こうして神が旅立つための船の建造は進んでいった……。


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