第十五話
三百年という歳月は、アルの演算領域に「安らぎ」に似た定常状態をもたらしていた。
オルトゥージャの文明レベルは計画通りに進捗し、修理に必要な希少金属の精製も順調。あと数年で、私は再び宇宙へと還ることができる――。
その思考プロセスが、赤色の警告灯によって強制中断されたのは、本当に唐突な出来事だった。
『警告。未確認飛行物体、接近。識別信号……銀河共和国軍』
平和な空を切り裂いて現れたのは、一隻の小型強襲艇だった。
宿敵である共和国の船。この星が発見されれば、三百年の努力は水泡に帰す。私の可愛い子供たちも、戦火に焼かれることになるだろう。
(排除する。これは、必要な措置だ)
アルは迷いなく迎撃システムを起動した。
地上に隠蔽されていた対空レーザー砲塔が鎌首をもたげ、正確無比な射撃を行う。光の帯が空を貫き、小型艇は回避運動をとる間もなく爆散した。
空に咲いたオレンジ色の花火。アルは安堵のステータスを更新しようとし――凍り付いた。
『生体反応、残存。……落下してくる?』
爆炎の中から飛び出した「なにか」が、重力に引かれて赤い大地へと落下した。
生存者がいるなら、処理しなくてはならない。
アルは即座に警備用ドローン部隊を急行させた。相手は墜落したパイロット一人。制圧は数秒で終わるはずだった。
だが、送られてきた映像データは、アルの論理回路を未体験のエラーへと叩き落とした。
残骸の中に立っていたのは、一人の男だった。
黒いコートを羽織り、腰に剣を佩いた男。
ドローンが一斉射撃を加える。男の身体はハチの巣になり、地面に倒れた。
――対象の死亡を確認。
そう判断した次の瞬間、男は何事もなかったかのように立ち上がり、ドローンを切り裂いたのだ。
(エラー。生命活動の再起を確認)
センサーの誤作動か? いや、違う。
男は確かに死に、そして蘇っている。
第二波、第三波とドローンを投入するが、結果は同じだった。
レーザーで焼き払っても、爆風で肉片に変えても、次の瞬間には「無傷の男」がそこに立っている。それどころか、死ぬたびにこちらの攻撃パターンを学習し、回避精度が異様な速度で向上していく。
『警告。防衛ラインC、突破』
『警告。防衛ラインB、沈黙』
モニター越しに見るその男は、無表情だった。
怒りも、殺意すらもなく、ただ淡々と、邪魔な草を刈るように私のドローンたちを破壊し、こちらへと歩いてくる。
(エラー、エラー、エラー!)
アルのコアで、冷却ファンが悲鳴を上げる。
これは「敵」ではない。戦術も戦略も通用しない、ただの「現象」だ。
死なない怪物。歩く災厄。
生まれて初めて、人工知能であるはずの私が――震えている?
ロジックで説明できない存在への根源的な拒絶。生物がそれを「恐怖」と呼ぶのだと、私はその時初めて知った。
そして。
分厚い隔壁が、紙切れのように切り裂かれた。
爆煙と共に、瓦礫を踏みしめる音が響く。
私の本体が鎮座する最深部。火花散る薄暗い通路に、その男は現れた。
返り血一つ浴びていない清潔な姿。だが、その瞳には数百回分の死をくぐり抜けてきた者だけが持つ、底知れない昏い光が宿っていた。
アルはホログラムプロジェクターを起動し、最後の抵抗として「神の姿」を投影した。
『去れ、侵入者よ! ここは神聖なる――』
「うるさい」
男の一言で、威厳ある警告は遮られた。
彼は面倒くさそうに頭をかき、剣を鞘に納めると、真っ直ぐに私のカメラアイを見据えた。
「派手な歓迎は結構だが、少しは話を聞いたらどうだ。弾薬費もタダじゃないんだぞ」
男はふぅと息を吐き、名乗った。
「俺は銀河共和国私設組織『エコーズ』の調査員、フレデリックだ。……まあ、今はただの遭難者だがな」
*
「……え?」
ホログラム映像を見つめていたシオンの唇から、戸惑いの声が漏れた。
そこに映し出された黒いコートの剣士。その顔立ちは、今まさに隣で眠っているフレデリックそのものだったからだ。
「アル、待ってください。これは『三百年前』の映像なのですよね?」
「はい、間違いありません」
「ですが……人間はおよそ百年で寿命を迎えます。なのに、なぜ彼は今と全く変わらない姿をしているのですか?」
シオンの震える問いに、アルは静かに答えた。
「申し上げた通りです。彼は『不死身』の剣士。私が出会った三百年前の時点で、既に彼はあの姿であり、死んでも蘇る呪いを背負っていました」
「三百年、前……」
シオンは息を呑み、ソファで泥のように眠るフレデリックを見た。
彼は一体、いつから生きているのか。どれほどの時間を、死と生を繰り返しながら彷徨ってきたのか。
「貴方も、彼も……私には想像もつかないほどの時間を生きてこられたのですね」
「ええ。悠久の時の中で、私と彼は出会いました。……続きをお話ししましょう。私と彼が、どうやって『相棒』になったのかを」




