第十三話
窓の外を、幾千もの光の線が後方へと飛び去っていく。
ワープ航行に入った宇宙船キャリコの船内は、不気味なほどに静まり返っていた。
「現在、本船は順調に航行中。目的地である惑星ギブロプスⅡ――通称『アビスマーケット』到着までは、標準時でおよそ10日間を予定しています」
静寂を破ったのは、アルの淡々とした報告だった。
コックピットのサブシートに座るシオンは、コンソールに表示された星図を見つめ、小さく息を吐く。
「10日間……。ワープを使っても、それほどの距離があるのですね」
「銀河は広大ですから。それに今回の目的地は、正規のルートを外れた無法者たちの聖地です」
アルはコンソールに一枚のデータファイルを展開した。そこには差出人『ニール・E=ターメル』の署名と共に、闇市場のオークションリストが表示されている。
「先ほどニール様より入電がありました。『アビスマーケットのオークションに、レイオンの秘宝が出品された』との情報です。情報の信頼度はAランク。我々が危険を冒してでもそこへ向かう理由は、ここにあります」
「ニール様が……。あの方には、感謝してもしきれませんね」
シオンは画面上の『秘宝』の文字を強く見つめ、それから視線をリビングのソファへと向けた。
そこには、深く体をソファに沈め、泥のように眠るフレデリックの姿があった。
規則正しい寝息は聞こえるが、その顔色は蒼白く、まるで生命力が抜け落ちてしまったかのようだ。
「……彼は、大丈夫なのですか?」
シオンがおずおずと尋ねると、アルはモニターを明滅させ、フレデリックを一瞥した。
「肉体的な損傷は『リセット』によって完全に修復されています。医学的には健康体そのものです」
「ですが、とても苦しそうです。まるで悪夢を見ているような……」
「ええ、脳波のデータを確認しましたが、実際に悪夢を見ているのかもしれません」
アルの声色が、僅かに低くなる。
「不老不死の力によって、彼の肉体は死の直前に巻き戻ります。ですが――『死の苦痛』までが帳消しになるわけではありません」
「死の、苦痛……」
「脳が記憶した死の痛み、恐怖、喪失感。それらはリセットされず、精神的負荷として蓄積されます。死ねば死ぬほど、彼の精神は削り取られていく。……今の彼は、脳が強制的にシャットダウンを起こして休息を求めている状態です」
シオンは息を呑んだ。
あの時、彼は「コストはゼロだ」と言い放った。
だが、その代償は彼自身の精神が支払っていたのだ。何度も死に、そのたびに死の感触を魂に刻み込む。それは、どれほどの苦痛なのだろうか。
眠るフレデリックの横顔を見つめながら、シオンの中にひとつの疑問が浮かび上がった。
「アル。貴方はなぜ、彼と共にいるのですか?」
「……質問の意図を定義してください」
「貴方は非常に高度な知性を持つ人工知能だと言いました。彼のような……無茶ばかりで、自身の命を軽く見積もる人と、どうして『相棒』という関係を続けていられるのか。私には不思議に思えて」
シオンの率直な問いに、アルは数秒間沈黙した。
計算処理をしているというよりは、どこか遠い過去の記憶領域を検索しているような間だった。
「……命を軽く見積もる、ですか。確かにシオン様の仰る通りです。彼は自身の命を軽んじ、私の計算リソースを無駄遣いさせる天才ですから」
アルはいつものように軽口を叩くが、その音声にはどこか温かい響きが含まれていた。
「ですが、私と彼の間には、シオン様の想像よりも少しだけ長い歴史があるのです」
「歴史……?」
「到着までにはまだ時間があります。少し、昔話をしましょうか」
ふう、とコックピットの照明が一段階落とされる。
代わりにホログラムプロジェクターが起動し、空中に粒子の光が舞い上がった。それは現在の星図ではなく、もっと古めかしい、見たこともない惑星の映像だった。
「これは今からおよそ三百年前。まだ私が『アル』という個体名を持たず、とある惑星で『神』と呼ばれていた頃のお話です」
「神……貴方が、ですか?」
「ええ。そして、そこへ空から落ちてきたのが――死に場所を探していた、一人の剣士でした」
アルの語りと共に、ホログラムの光が形を変えていく。
それは、遙か彼方の記憶。
機械仕掛けの神と、死にたがりの剣士が出会った、始まりの物語だった。




