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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第二章:『美しく醜い世界』
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第十二話

 命からがらカジノを脱出し、宇宙船キャリコへと滑り込む。

 エアロックが閉鎖され、船が緊急発進する轟音が響いた。


 ブリッジの床に座り込んだまま、シオンはまだ震えていた。

 目の前では、フレデリックが何事もなかったかのようにコートを脱ぎ捨て、コンソールで追撃がないか確認する。


「はぁ……。ナノマシンスーツは無事か? 修理代は高くつくぞ」


 その軽口が、シオンの心に火をつけた。

 恐怖ではない。どうしようもない怒りと、悲しみが混ざり合った感情。


 シオンは立ち上がり、ふらつく足でフレデリックに歩み寄った。


「……どうして」


「は?」


「どうして、あんなことを……! 貴方は、確かに死んで……!」


「ああ。それが俺の戦術だ」


 フレデリックは悪びれもせず、シオンに振り返る。


「盾が必要なら体を使う。どうせ直るんだ、コストはゼロだろ。……あの状況でお前を守るには、あれが一番手っ取り早かった」


 コストはゼロ。

 自分の命を、まるで使い捨ての部品のように言う。

 シオンは堪らず、フレデリックの胸倉を両手で掴み上げた。


「ふざけないでっ!!」


「……おい」


「命を……自分の命を、道具みたいに使わないでください! そんなの……そんなの、耐えられない!」


 涙がボロボロと溢れ出し、シオンの頬を伝う。

フレデリックの行動もそうだったが、あの時自分が言ってしまったーー貴方は『不死身』なんでしょう? だったら、どんな罠だって……!ーー

その言葉が如何に軽率で彼の尊厳を傷つけるものだったかとシオンは自身を恥じていた。


 フレデリックは少し驚いたように目を見開く。


「二度と、死なせません」


「……は?」


「貴方が自分の命を大事にしないなら、私が貴方を守ります! 貴方が何度死んでもいいと言うなら、私はその一回も許さない!」


 シオンは、フレデリックの目を真っ直ぐに見据えて宣言した。

 それは王命のように強く、祈りのように切実な響きを持っていた。


「私は強くなります。貴方を盾になんてさせないくらい、もっと……!」


「……チッ」


 フレデリックは困ったように視線を逸らし、乱暴に頭を掻いた。

 また彼の中の古いトラウマが刺激されたからだ。


「……勝手にしろ。だが、口だけなら誰でも言えるぞ」


「見ていてください。私は、レイオンの王ですから!」


 シオンは涙を拭い、強く言い放つ。

 その瞳には、今までとは違う、戦士としての覚悟の光が宿っていた。


          *


 静寂に包まれた最上層のオフィス。

 先ほどまでの銃声と爆発音は、今はミュートされたモニターの中で明滅する光のデータとなっていた。


 カルマンディは、デスクに投影された二つの戦闘記録を食い入るように見つめていた。

 一つは、シオンが放った「蒼い炎」。そしてもう一つは、フレデリックが見せた「回復力」の記録だ。


「……あり得ない」


 カルマンディの指が震えた。恐怖ではない。歓喜だ。

 彼はまず、シオンのデータを拡大した。


「質量保存の法則を無視している。外部からのエネルギー供給なしに、彼女は『無』からこれだけの熱量を生成したのか? ……永久機関、いや、それ以上だ。これが兵器転用できれば革命が起きる」


 そして、視線をもう一つのウィンドウ――フレデリックの生体データへ移す。


「そして、この男だ。死んでもおかしくないダメージを瞬時に回復させている……あの偽善者が生み出したナノマシン技術ということか……しかし、回復を前提とした異常な戦闘ロジック……」


 カルマンディの瞳が、爬虫類のように細められた。


「素晴らしいサンプルだ。この男の戦闘思考パターンは、『アレ』の学習データとして最適解になり得る」


 彼は立ち上がり、子供のように目を輝かせて笑い出した。


「は、ははは……っ! 素晴らしい! 最高だよ!」


 普段の冷徹な彼からは想像もつかない、狂気を孕んだ笑い声。

 控えていた黒服の部下たちが、気味悪そうに顔を見合わせる。

 部屋の隅で縮こまっていたガレッゾも、おずおずと声をかけた。


「あ、あの……ボス? あいつら、逃がしちまいましたが……」


 ガレッゾは死を覚悟していた。

 ドローン部隊を壊滅させられ、逃亡を許したのだ。今度こそ「処分」されると思った。


 だが、カルマンディは満面の笑みでガレッゾに歩み寄ると、その両肩をガシリと掴んだ。


「よくやった、ガレッゾ君!!」


「へ……?」


「君のレポートは正しかった! あの王女は無限のエネルギー源だ! 君は私に莫大な利益の種、枯れることのない『金のなる木』を持ってきてくれたんだ!」


「は、はぁ……。じゃあ、俺の処分は……」


「帳消しだとも! ボーナスも弾んでやる!」


 カルマンディは上機嫌でガレッゾを解放すると、デスクに戻った。

 部下の一人が進み出る。


「ボス、直ちに私設部隊を向かわせますか? まだ近くに……」


「待て。やめたまえ」


 カルマンディは手を挙げてそれを制した。

 その表情は、先ほどの狂喜から一転、冷静沈着なビジネスマンの顔に戻っていた。


「彼らはニールの子飼いだ。今回は正当防衛として話をつけるが、追撃してエコーズを敵に回すのはリスクが高すぎる」


 彼はレイオンの秘宝を手に取り、ゆっくりと揺らした。


「ならば、彼らにもう一度出向いてもらおうじゃないか。彼らが欲しがる餌を撒いて待つのさ」


「餌、ですか?」


「ああ。彼らの目的はこの『ペンダントの奪還』だ。ならば、その情報を流してやればいい」


 カルマンディはニヤニヤと笑い、モニターに映る【闇市場】の計画書を表示させた。


「次の舞台は『アビスマーケット』だ。あそこに最高の商品としてペンダントを出品する。……そして、彼らがノコノコと現れたところを、アレのテストも兼ねて一網打尽にする」


 完璧なシナリオだ。

 カルマンディはレイオンの秘宝を掲げ、照明に反射する青い光りを見つめた。


「準備を進めろ。最高のショーに招待してやろうじゃないか。……待っているよ、私のお姫様」


 レイオンの秘宝から漏れる微かな光りが、何かの予兆のように不穏に揺れていた。


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