第十一話
無機質な広間に、乾いた電子音が響いた。
ホールの天井から投影された巨大なホログラム。そこに映し出されたのは、タブレット端末を片手に、退屈そうに数値をチェックしているカルマンディの姿だった。
『――やあ。エコーズの番犬とレイオンの王女、私はカルマンディだ』
「あなたが……!」
シオンはフレデリックの背後からその映像を睨みつけた。
カルマンディは視線を上げず、事務的な口調で続ける。
『単刀直入に言おう。ガレッゾの不始末は、我が社の管理不足だ。そこで提案がある。……シオン王女、君が我々と専属契約を結ぶなら、ガレッゾの身柄を引き渡してもいい』
「……契約?」
『ああ。君の持つ「特殊な生体情報」と、レイオンの資源採掘権。それらを我が社に提供してほしい。君には相応のロイヤリティと、レイオン復興や発展のための資本を約束しよう。……ウィン・ウィンの関係だと思わないか?』
シオンは拳を握りしめた。
この男は、略奪も、誘拐も、すべてを「商売」という言葉で塗り固めている。そこには被害者への共感も、命への敬意も一切ない。
「……お断りします」
『ほう? 条件が不満かな』
「貴方が見ているのは『数字』だけです。そんな男に、父が守ったレイオンの未来は売り渡せません!」
シオンは一歩前に出て、凛と言い放った。
「私の要求は変わりません。ガレッゾの身柄と、奪われたレイオンの秘宝を返しなさい! それが唯一の条件です!」
無機質な広間に、カルマンディの大きなため息が響いた。
『……非合理的だ。感情で利益を捨てるリーダーは、組織を壊滅させるよ……国もまた然り』
カルマンディが、カメラ越しに冷ややかな視線を送る。
『交渉決裂だ。これ以上の対話はコストの無駄だな。――確保しろ』
ガガガガガッ!!
無感情な号令と共に、周囲を取り囲んでいたドローンと構成員が一斉に発砲を開始した。
交渉の余地など最初からなかったかのような、機械的な殲滅行動。
「チッ、真向から啖呵を切ってどうすんだ!」
フレデリックがシオンを抱き寄せ、近くの柱の影へと滑り込む。
コンクリートの柱が瞬く間に削られ、粉塵が舞う。
「ご、ごめんなさい! でも……!」
「謝ってる暇があったら頭を低くしろ! アル、退路検索!」
『敵包囲網、密度上昇中。……厳しいですね、正面突破しかありません』
フレデリックはリボルバーを連射しながら身を乗り出し、正確無比な射撃でドローンを撃ち落とす。だが、敵の数が多すぎる。
(私のせいだ……)
シオンは唇を噛んだ。
自分が無鉄砲に突っ込んだせいで、罠だと知りながら飛び込んだせいで、フレデリックを窮地に追い込んでいる。このままでは、ジリ貧だ。
(私が……やらなきゃ!)
「……はぁぁぁぁっ!」
シオンは叫び、フレデリックの制止を振り切って柱の影から飛び出した。
自身の持つ力を最大限集中させ、掌から蒼い炎を解き放つ。
「おい、待てお姫様! ペース配分を考えろ!」
「くらえぇっ!!」
シオンの声と共に、蒼い炎が津波のように広間を薙ぎ払った。
構成員たちが悲鳴を上げながら吹き飛び、数機のドローンが熱で溶解して爆発する。
圧倒的な破壊力。戦況は一瞬で覆ったかに見えた。
「はぁ……はぁ……ッ!」
だが、代償は大きかった。
感情に任せた力の放出。シオンは膝をつき、激しく肩で息をした。
視界が揺らぐ。動けない。
その一瞬の隙を、敵無人機は見逃さなかった。
『目標、沈黙。――自爆シークエンス承認』
瓦礫の山から、半壊したドローンが一機、赤いランプを激しく明滅させながら飛び出した。
狙いは、動けないシオン。
「――っ!?」
シオンが顔を上げる。
目の前まで迫った死の赤色。避けられない。
「チッ、世話の焼ける……!」
ドローンがシオンに激突する直前、黒い影が横から割り込んだ。
フレデリックだ。
彼はシオンを突き飛ばし、自らその爆発の中心へと身を投げ出した。
ドガァァァァァァァンッ!!
鼓膜をつんざく爆音。
シオンは爆風で転がりながら、見た。
炎と黒煙の中で、フレデリックの上半身が弾け飛ぶ様を。
「フレデリック……!?」
絶望が喉に張り付く。
だが、次の瞬間。
煙の中から、蒼白い光りが明滅するのが見えた。
シュゥゥゥゥッ!!
逆再生の映像のように、飛び散った肉片が瞬時に収束する。
白煙の中から現れたのは、傷一つない姿で再生したフレデリックだった。
彼は再生したばかりの腕でリボルバーを構え、爆発の余韻に紛れて残っていた敵を次々と撃ち抜いていく。
ズドン! ズドン!
「……いってぇな、クソが」
全滅。
静まり返った広間で、フレデリックは首をコキリと鳴らした。
シオンは腰を抜かしたまま、声なき声を漏らす。
「あ……ああ……そんな」
「アル! ルート確保できたか!」
『はい、搬入用エアダクトが開きました! 急いで!』
フレデリックは呆然とするシオンの腕を乱暴に掴み、引き立たせた。
「行くぞ! 増援が来る前にずらかる!」
「あ……は、はいっ!」




