第十話
ステーション『アラクネ』の中層エリア。
薄暗い貨物搬入口の陰で、シオンは自分の姿を鏡代わりのウィンドウに映し、絶句していた。
「……あ、あの、アル? これは一体……?」
『潜入用のカモフラージュ・モードです。カジノのセキュリティコードをハッキングするには、スタッフになりすますのが最も確実ですから』
インカムから聞こえるアルの声は、どこか楽しげだった。
シオンが纏うナノマシンスーツは、形状を劇的に変化させていた。
漆黒の装甲が消失し、代わりに現れたのは――光沢のあるエナメル質のボディスーツだ。しかも、背中が大胆に開き、脚部はハイレグに近い形状で網タイツが覆っている。頭にはウサギの耳のようなセンサーユニット。
いわゆる、カジノの「バニーガール」スタイルだった。
「こ、こんな恥ずかしい格好で歩くのですか……!?」
「似合ってるじゃないか。客の視線釘付けで、誰も俺たちの顔なんて確認しない」
フレデリックは、自身のコートをカジノの黒服風に変形させ、ニヤニヤとシオンを眺めている。
「うぅ……っ。父様が見たら卒倒してしまう……」
シオンは顔を真っ赤にして身体を隠そうとするが、すぐにハッとして手を止めた。
今の自分は、ただ守られるだけのお姫様ではない。足手まといにならないよう、役に立たなければならないのだ。
「……い、いえ。文句は言いません。これでペンダントが取り戻せるなら、裸で踊れと言われても踊ってみせます!」
「おーおー、ご立派な覚悟だことで。だが踊らなくていい、普通にしてろ」
フレデリックは肩をすくめ、顎で通路の先をしゃくった。
「行くぞ。情報屋のネタじゃ、この奥の従業員通路からVIPエリアへ抜けられるはずだ」
*
カジノ・フロアは、光と欲望のるつぼだった。
極彩色のホログラムが舞い、スロットマシンの電子音とチップが触れ合う音が絶え間なく響いている。
その喧騒の裏側、従業員専用通路を二人は進んでいた。
シオンは緊張でガチガチになっていた。
すれ違うスタッフに見つからないよう、フレデリックの背後に張り付き、抜き足差し足で歩く。その姿は「潜入のプロ」というより「初めて万引きをする子供」のようで、逆に怪しかった。
「……シオン。もっと肩の力を抜け。逆に目立つ」
「は、はいっ! 自然に、自然にですね……!」
シオンは深呼吸をし、キリッとした表情を作ってモデルウォークをしようとするが、慣れないハイヒールでカクッと足を挫きそうになる。
『おや、センサー反応なし。監視カメラもループ映像に切り替わっていますね』
アルが不思議そうに呟いた。
順調すぎるのだ。
厳重な警備を想定していたが、通路には見張り一人おらず、ロックされた扉も全てフリーパスで開いていく。
「……臭うな」
フレデリックが足を止め、通路の奥を睨んだ。
静かすぎる。まるで「どうぞお入りください」と言わんばかりだ。
『罠の確率、98%。……マスター、引き返すべきでは? 敵は我々の侵入ルートを把握し、誘導しています』
「だろうな。ガレッゾが隠れているって情報自体、俺たちを釣るための餌だ」
フレデリックは銀のリボルバーのグリップに手をかけた。
だが、シオンが一歩前に出た。
「……進みましょう」
「あ?」
「罠でも構いません。ガレッゾがこの先にいる可能性があるなら、行くしかありません!」
シオンの瞳は必死だった。
路地裏での失態――自分の甘さが招いた危険を、ここで挽回したいという焦りが見える。
「それに、もし敵が待ち構えているなら、逆に好都合です。向こうから出てきてくれるなら、探す手間が省けます!」
『シオン様、それは勇敢ではなく無謀です』
「アルの言う通りだ。死にに行くようなもんだぞ」
フレデリックはため息交じりに警告するが、シオンは引かない。
「私にはフレデリックがいます! 貴方は『不死身』なんでしょう? だったら、どんな罠だって……!」
「……はっ」
フレデリックは呆れたように、しかしどこか愉快そうに鼻を鳴らした。
俺を信じている、というよりは、俺を「最強の道具」として使い倒す気満々だ。その図太さは、確かに王族の資質かもしれない。
「いいだろう。お姫様の仰せの通りにしてやるよ」
『マスター!? 本気ですか?』
「乗りかかった船だ。それに、俺もコソコソするのは性に合わん」
フレデリックは通路の突き当たり、豪奢な装飾が施された両開きの扉を指差した。
情報によれば、この奥がガレッゾの隠れているVIPルームだ。
「アル、戦況分析とバックアップを頼む。……パーティの時間だ」
フレデリックが扉を蹴り開ける。
バンッ!!
勢いよく開いた扉の向こう。
そこは、ガレッゾの隠れ家などではなかった。
だだっ広いホール。中央にはポーカーテーブルが一つ置かれているだけで、人の気配はない。
だが、壁際にズラリと並んでいた「それら」が、侵入者に反応して一斉に起動音を上げた。
ギュイィィン……!
無機質なカメラアイが赤く光る。
二足歩行の警備用ドローン。両腕にはガトリングガン。
そして、その後ろにはサブマシンガンを構えたカルマンディファミリーの構成員たちが、二十人以上も待ち構えていた。
フレデリックは、自分たちに向けられた数十の銃口を見ても、眉一つ動かさなかった。
「……やっぱりな。歓迎会にしちゃ、随分と派手じゃないか」
銃口が一斉に火を噴く直前。
フレデリックはシオンの前に立ち、銀色のリボルバーを抜き放った。




