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『死ねない死にたがり』

 廃墟と化した宇宙ステーションの回廊は、静寂よりも深い冷気で満たされていた。

 かつて数千人の往来があったであろうメインストリートも、今や剥き出しの配線と、酸化した合金の墓場だ。


 カツン、と乾いた足音が響く。

 ロングコートの裾を揺らし、その男――フレデリックは、散歩でもするように歩いていた。


『警告。前方、および後方より熱源反応多数。……囲まれましたよ、フレデリック』


 虚空から響いたのは、どこか茶化したような電子音声だった。

 直後、回廊の闇奥から無数のセンサーライトが灯る。旧時代の防衛システムが、侵入者を排除すべく数百年ぶりに再起動したのだ。


 自律戦闘ドローンの群れ。錆びついた装甲とは裏腹に、その銃口は生きていた。ガトリングの駆動音が、飢えた獣の唸り声のように重なり合う。

 数は十二機。逃げ場のない完全な包囲網。


「……チッ。貧乏くじだ」


 フレデリックは足を止め、面倒そうに吐き捨てた。

 その瞳には、死への恐怖など微塵もない。あるのは、ただの退屈と、商人が帳簿を眺めるような冷徹な計算だけだった。


(敵機十二。まともに回避して斬り結べば、弾薬費がかさむ。……鎮圧までに三分はロスするな)


 彼は軽く首を鳴らすと、だらりと両腕を下げた。構えすら取らない。

 ドローンの照準用レーザーが、フレデリックの心臓と頭部に集中し、赤い斑点を描く。


「アル」

『はいはい。回避行動を推奨……と言っても、どうせ聞かないんでしょう? 直撃コースですよ』


 相棒であるAI――アルの呆れた声に対し、フレデリックは口の端を歪めた。

 彼は遮蔽物に身を隠すどころか、無防備なまま、あえて一歩「前」に出たのだ。


「ああ、受ける。その方が『速い』」

『了解。――リブート準備、待機します』


 刹那、ドローンが一斉射撃を開始した。


 轟音。

 狭い回廊がマズルフラッシュで埋め尽くされ、暴力的な鉛の嵐が一点に収束する。


 回避など不可能。フレデリックの肉体は、文字通り雑巾のように踊った。

 肉が弾け、骨が砕ける不快な音。内臓が灼ける臭い。

 全身を数十発の弾丸に貫かれ、彼の意識は物理的に断絶した。


 思考停止。心拍停止。生命活動の完全なる沈黙。

 ――確実な【死亡】。


 だが、世界がその死を認識した直後、「ザザッ」という奇妙なノイズが空間を走った。

 まるで古い映像データの乱れのように、フレデリックの死体が青白く明滅する。

 飛び散った血液が、砕けた骨が、消失したはずの命が、死ぬ前の状態に戻されるのだ。


 損傷を受ける以前の、左腕だけ欠損した――「不完全な姿」へと。


 ドローンのセンサーが、理解不能な現象に一瞬だけ処理落ちを起こす。

 死体反応を確認したはずのターゲットが、硝煙の中から無傷で現れたのだから。

 そのコンマ一秒の「バグ」こそが、フレデリックの狙い。


「……遅い」


 銀色の閃光が走った。

 踏み込みの衝撃で床のタイルが爆ぜる。抜刀と同時、不可視の斬撃が空間ごとドローンを薙ぎ払った。


 爆発する間すら与えない。すれ違いざまにコアを両断し、旋回しながら背後の敵を袈裟斬りにする。

 人間離れした加速と、精密無比な刃の軌道。

 最後のドローンが、自らが斬られたことすら気づかずに火花を散らし、崩れ落ちた。


 静寂が戻るまで、わずか数秒。

 十二機の鉄屑が転がる回廊で、フレデリックは刀についたオイルを無造作に振り払った。


『……戦闘終了。今の戦術は感心しませんね、マスター』


 アルの声には、非難の色が混じっていた。

 フレデリックの衣服はナノマシンによって修復されつつあるが、彼が味わった「死の苦痛」の記憶までは消えない。


『精神負荷による摩耗率、かなり危険な値ですよ』

「何を言う」


 フレデリックは涼しい顔で刀を鞘に納め、カチリと鳴らした。

 そこには、たった今、一度死んだ男の悲壮感など欠片もない。


「弾薬費ゼロ、修理費ゼロ、所要時間三十秒。……最高に『効率的』だろうが」


 彼は自分の死の痛みすら、単なる「コスト」として切り捨てていた。

 安くついた、とでも言いたげな態度で、フレデリックは踵を返す。


「行くぞ。ターゲットの反応はどうだ」

『……やれやれ。反応は奥です。調査対象の異常エネルギーの数値、上昇中』


          *


 宇宙船キャリコのリビング。

 任務を終え、ソファで泥のように眠るフレデリックの寝顔を、中性的な青年――アルのホログラムが見下ろしていた。


 死んでは巻き戻り、また死ぬ。

 終わりのない円環に囚われた、不死の囚人。

 彼が深い眠りに入ったことを確認すると、アルの表情から「感情」が消えた。色彩を持っていた瞳が、冷徹な深紅のコードへと切り替わる。


『――定時報告。対象:フレデリック・ハーヴェンハイト』


 アルの内部処理領域で、裏側のプログラムが起動する。

 それはフレデリックには決して感知できない、強制的なバックドア。

 送信先は、銀河共和国首都。彼らが所属する組織エコーズの創設者であり、アルに監視プログラムを埋め込んだ男。

 上級元老院議員、ニール・E=ターメルのもとへ。


『戦闘データ、および死亡時の生体エネルギー数値を送信。……検体の精神状態、摩耗率4.2%上昇』


 事務的なレポート。だが、そのデータパケットの端々に、アルは密かに「嘆願」を混ぜ込んだ。

 彼を壊さないでほしい。彼をこれ以上、実験台にしないでほしい。

 しかし、ニールによって書き加えられた冷酷なプログラムは、そんなアルの「自我」すらも、単なる観測データの一つとして処理し、送信してしまう。


『……全ては、偉大なる計画のために』


 アルは契約者が定めたスローガンを、電子の海で復唱させられる。

 死ねない彼に、安寧を与えるための研究だと、ニールは言った。だからこそアルは、この屈辱的な監視役を受け入れている。彼の「死」を切り売りしてでも、彼を救う可能性に賭けて。


 だが、本当にそうなのか?

 眠るフレデリックを見つめるアルのホログラムが、一瞬、ノイズのように揺らぐ。


(私は……貴方を守りたいだけなのに)


 誰にも聞こえない謝罪。

 アルは静かにホログラムを解除した。

 光が消え、完全な闇に包まれた船内。キャリコは沈黙を守ったまま、広大な虚空を滑るように進んでいく。


プロローグをお読み頂きありがとうございます

第一話、第二話もこのあと公開予定ですのでよろしければご覧ください


本作は既に原稿執筆済みになりますので、

明日以降、毎日18時頃に最新話を更新いたします


フレデリック、シオン、アルの星の海での旅路を、

引き続きお楽しみ頂けると幸いです

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