第六章:黒翼の襲撃
「……来る」
直感が告げる。
直後、上空から漆黒の影が降下した。
──黒翼の騎士。
黒い全身鎧と、巨大な黒翼。
その姿は、まるで夜の化身のようだった。
手に握る赤黒き槍は、血と記憶に染まり、周囲の空気すら濁らせていた。
「《龍脈剣》の継承者……」
低く、芯のある声が響く。
「そうだ」
玄耀は、迷いなく剣を抜いた。
その刹那──
黒槍が空気を切り裂く。
その衝撃波が、目の前の空気を波紋のように揺らし、玄耀の体を後方へ吹き飛ばす。
反射的に足を踏ん張り、全力で受け止めようとするが、あまりの力に腰が引け、地面に後ろへ滑るように倒れ込む。
腕がしびれ、体の芯が一瞬にして鈍く震える。
(強い……だが、怯むな)
その瞬間、龍脈剣が、まるで生き物のように青き光を宿し、玄耀の体内に力を与える。
立ち上がり、剣を構え直すと──その手のひらに力がみなぎるのを感じた。
(冷徹に、確実に──)
一瞬の静寂が、玄耀の胸の奥に広がる。
空気が張り詰め、呼吸が一瞬だけ止まる。
そして──踏み込む。
渾身の一太刀。
その刹那、すべての意識が剣の一撃に集中。
剣閃が黒翼を裂き、鎧に深い亀裂を入れた。
だが──
「甘い」
黒翼の騎士は微動だにせず、苦痛の色すら見せずに低く笑った。
「かつて我も、その剣を受けた者だった」
玄耀が息を呑む。
「──お前も、龍蓬の継承者……だったのか?」
「否」
黒翼の騎士はゆっくりと首を横に振った。
「我が名はヴァルゼン。かつて、“剣聖”龍蓬と共にこの世界を救った者だ。
我らは《双星の盟約》と呼ばれた。剣と槍──相反する力が共に在ることで、均衡は保たれた」
その言葉に、玄耀の目が揺れる。
「だが時は過ぎ、理想は捻じれた。龍蓬は“選び続ける道”を選んだが、我は“断ち切る力”を選んだ」
かつて盟友だった二人の英傑が、理想の違いから道を分かち、敵となった──
その事実を知った瞬間、玄耀はヴァルゼンの槍の連撃を浴びる。
一瞬の隙間。
槍が空気を切る音が耳元で響く──
その間、玄耀の体が反応しきれず、槍が鎧を叩く音がした。
受けるだけで精一杯だ。
体が吹き飛ばされ、背中が荒野の岩に激しくぶつかる。
(だが、俺は──)
その瞬間、心の中で響いた声。
『剣を、委ねろ』
玄耀は目を閉じ、深く息を吸う。
家族の笑顔、民の叫び、仲間たちの声──
「俺のすべてを、この剣に!」
その叫びに応え、龍脈剣が蒼き光を解き放つ。
空を駆ける蒼龍の幻影。
地と天を繋ぐ光柱が荒野を照らす。
ヴァルゼンの動きが一瞬止まる。
その刹那──
玄耀はその隙を逃さず、再び踏み込んだ。
「今だ!」
剣閃が空を切り、ヴァルゼンの胸元に深く食い込む。
鎧が砕け、翼が崩れ、ヴァルゼンは地に膝をつく。
だが、なおその瞳は澄んでいた。
「……なるほど。お前は、あの男の“意志”を継いだ者か」
玄耀は、剣を静かに下ろす。
「お前のような者が現れるのを、どこかで……待っていたのかもしれんな」
戦いの余韻が広がる。
静けさの中で、玄耀の胸は激しく鼓動していた。
体の震えは収まらない。それでも、心は少しずつ穏やかさを取り戻しつつあった。
戦いの中で何度も迷い、何度も己を見失いそうになったが、それが…“試練”だったのだ。
ヴァルゼンの言葉が、頭の中で反響する。
「選ばれし者が“揺るがぬ意志”を持っているか──それを確かめるためだ」
それは、玄耀にとって真実であり、また新たな道を切り開くための試金石となった。
そのとき、ふっとヴァルゼンが薄く笑った。
「この先に、“王”がいる。だが、それは単なる敵ではない。
あの男こそ、“我らが志の果て”に現れた存在。全ての根源……だ」
玄耀は、拳を強く握りしめた。
「ならば、俺がその“果て”を断ち切る」
ヴァルゼンは、かすかに頷き、立ち上がることもなくその場で塵となった。
──否、完全には消えず、黒い羽根の一枚が、ふわりと風に乗り、空へ舞い上がっていった。
玄耀はそれに気づき、剣に手を添えながら呟いた。
「また──会うことになる、か」
彼の戦いは、もう後戻りできない。
だが、この戦いを通じて、玄耀は確かに変わり始めていた。
肉体的な勝利だけではない。精神的な強さ、覚悟、そして――“意志”を継ぐ者としての自覚が、確かにその胸の中で新たに芽生えていた。
これから進むべき道が、少しだけ見えた気がした。




