第四章:大地と空の試練
夜明け前の荒野は冷え切っていた。
薄青く染まり始めた地平線に、一人の旅人が歩いている。
その背には《龍脈剣》がしっかりと収められ、李玄耀は魂の洞窟での試練を越えた。
しかし、胸の奥に巣くう影は、いまだに消え去っていない。
剣は彼を選んだ。しかし、彼自身は自分を赦せずにいる。
悔恨と迷いは未だ断ち切れぬまま、心に重くのしかかっていた。
「……何が変わったっていうんだ、俺は……」
呟いたその時、突然地面が爆ぜた。
「ぬおおおおおおお!!!」
砂が舞い上がり、巨大な拳が地中からせり上がる。
「……は?」
呆気に取られる玄耀の目の前に現れたのは、岩のように筋肉を纏った巨漢──樹雷だった。
「いやー、久々に叫んだら喉がすっきりしたぜ!」
上半身裸で、大木を肩に担ぎながら、にやりと笑うその男。自らを「放浪の拳闘士」と名乗った。
その言葉に、玄耀は本能的に感じ取る。
(……この男、ただ者じゃない)
全身から発せられる“大地”の気配、踏みしめるごとに地が震え、樹雷の存在感が異常に大きかった。
「で、あんた……名前は?」
「李玄耀。流れ者だ」
「流れ者か。語りたくない過去があるってのは、俺もよく分かる」
その軽い調子に、玄耀はふと問いかけた。
「お前も、語りたくない過去を持ってるのか?」
樹雷は一瞬、目を細めた。そして、静かに語り始めた。
「昔、七人の仲間と一緒に戦っていた。みんな夢を語る奴らで、明るくってさ。『この拳で、誰もが笑って暮らせる世界を作ろう』って、真剣に言ってたんだ」
その時、樹雷の声に微かな震えが混じった。
「でも、気づいたら、みんな死んでた」
その言葉に、玄耀は思わず息を呑む。
「なぜ、笑える……?」
樹雷は一瞬黙った後、低く、そしてやや乾いた声で言った。
「泣いてても腹は減るからな」
その言葉は、皮肉とも取れるが、どこか苦しげでもあった。
「守りたかった奴らみたいに、俺も“誰かを守る人間”であり続けたいんだ」
玄耀はその言葉に心を揺さぶられる。
(……思穎と同じだ)
その時、玄耀は樹雷の心の奥底に、長い間抱え続けてきた痛みがあることを感じ取った。
樹雷はその痛みを笑顔で隠し、拳を振ることでしか前に進めないのだろう。
そして、樹雷は続ける。
「悔いはあるに決まってんだ。でも、悔いてる暇があったら、もう一発殴ってるほうがいい」
「泣いてる奴がいたら、そいつの隣で立っててやる。それがオレの拳だ」
その言葉に玄耀は黙り込む。
樹雷の言葉はただの理屈ではない。
彼の中にある痛みと、痛みを背負いながらもそれを進む力に変える意志が感じられた。
それは、玄耀がこれまで抱えてきた悔恨とも、どこか似ていた。
──そしてその夜、焚き火を囲みながら、樹雷は語り続けた。
自分の過去を語らない玄耀に、一言も触れず、ただ一緒にいてくれた。
翌朝、二人は肩を並べ、荒野を歩き出した。
その時、玄耀は初めて気づいた。
(この旅に、同じ道を歩む者がいても……悪くない)




