第十二章:灰燼に咲く花
黒翼の城が、空を覆っていた。
巨大な黒い翼がうねり、そこから闇の軍勢が、まるで雨のように地上へ降り注いでいく。
その元凶は、宮中の腐敗にあった。結界を守る力が次第に弱まり、ついには破壊された。そこから怒濤のように流れ込んできた闇が、今、世界を覆い尽くしているのだ。
かつて誇りと呼ばれた京師は、今や影の廃墟。
燃えさかる森、砕けた宮殿、崩れゆく地形──世界そのものが、少しずつ命を失っていく
悲鳴と慟哭、絶望が空を満たしていた。
だが、その中心にただ一人、剣を手に立つ者がいた。
玄耀。
その身は《源》と完全に繋がり、淡い蒼光をまとう超越者へと変貌していた。
だが、その瞳には、深く人間らしい「意志」と「祈り」が灯っていた。
「……この手で、守り抜く。民の未来を……もう、誰にも奪わせない!」
剣閃一閃。闇の兵たちは塵となって弾け飛んだ。
しかし、敵は終わりなく現れ、空間そのものが狂い始める。
(間に合わない──!)
そのとき、天を裂くように蒼き光が走った。
蒼い槍が闇を貫く。
光の中から現れたのは、白銀の双剣を携えた蒼蓮だった。
「遅れてすまん。……まったく、お前って奴は……」
皮肉屋で無口な彼は、誰よりも信頼できる戦友だった。
続いて、地が爆ぜ、地面が隆起した。
「ったくよ。先に主役面しやがって……ずりぃんだよ、玄耀」
拳と共に大地を砕く者──樹雷が叫んだ。
「終わりって奴に、喧嘩売るには最高の舞台だな!……最後まで付き合うぞ、玄耀!」
そして──風のように静かに、銀の髪をなびかせて現れたのは思穎だった。
「……あなたを、独りにはしない」
精霊を紡ぐ巫女は、その知略と心の強さで、幾度となく彼の絶望を支えた。
三人の姿に、玄耀は思わず息を呑んだ。
旅の記憶──火を囲み、語り合い、泣き、笑った日々が脳裏に甦る。
「……また、お前たちが……来てくれたんだな」
闇の兵が押し寄せるなか、仲間たちが剣を構える。
「ありがとな──ほんとに、ありがとう」
蒼蓮の双剣が空間を切り裂き、思穎の結界が意志を護る。
樹雷の拳が、世界の終焉に殴りかかった。
──これは、ただの戦いではない。
平穏な日常を取り戻すための、《未来》そのものだった。
「これは、俺たちの“未来”のための戦いだ。
家族を失った俺が、次の誰かを守る。
俺たちが過ごした日々を……今を生きる子供たちに、つなぐために!」
その言葉に応えるように、仲間たちはそれぞれの力を解放した。
戦場は、混沌と化した。
光と闇、火と水、雷と大地。
あらゆる元素がぶつかり合い、空が割れ、大地が砕けた。
玄耀たちは、必死に食い止めた。
だが、次の瞬間。
“それ”が現れた。
空を裂き、大地を砕き、世界を象る影──
それは、黒翼の巨人──《王の影》。
龍か、神か、獣か──すべての災厄を体現したような、終末の巨神だった。
(……こいつが……黒翼の本体……!)
圧倒的な存在感。次元すら歪む重圧。
仲間たちも限界に達していたが、誰も退こうとはしなかった。
「……最後くらい、カッコつけて死なせてくれよ」
蒼蓮が吐き捨てるように言い、樹雷が怒鳴り返す。
「ふざけんな!生きろ!未来に繋げるんだろうがッ!」
その瞬間──巨神の一閃が走った。
樹雷が、玄耀を庇うように前に出た。
「お前だけは……絶対、死ぬなよ……!」
仲間の叫びが、戦場に響いた。
振り返ったその先で、樹雷の身体が、巨神の一撃をまともに受け──地へ叩きつけられるのが見えた。
「……ッ!」
玄耀の動きが止まる。
世界の音が、一瞬で消えた。
拳を構えていたはずの仲間は、もう、立ち上がらなかった。
鮮やかな返り血が大地を赤く染め、風が、静かにその名を呼んでいた。
「……ジュライ……?」
声にならない声。
震える唇から、かすれるようにその名が零れ落ちる。
一歩、踏み出そうとする。けれど足が動かない。
「なぜ……俺は……!」
──また、守れなかった。
妹を。故郷を。仲間を。
何度、手を伸ばしても、誰かがこぼれ落ちていく。
(どうして……。どうして俺は、こんなにも……弱いんだ──!)
剣を持つ手が、力を失う。
立っているのがやっとだった。
そんな玄耀の胸に、過去の記憶が甦る。
あの旅の夜。
火を囲んで、笑っていた日。
「“一緒に、世界を変える”って言っただろ……!」
「理想なんて不確かなもんに縛られるなよ。信じたもんを、信じ切れ。それだけで十分だろ?」
──それが、樹雷の口癖だった。
「樹雷……!う、ああああああああああああ!!」
仲間の死に、玄耀は崩れそうになる。怒り、悔しさ、絶望。
(守れなかった……また、大切な仲間を……!)
だが、その時──思穎が、涙を湛えながら手を重ねた。
「……あなたは、立ち止まってはいけない。彼が、命がけで渡してくれた“道”を……」
蒼蓮が肩を貸す。「泣くのは終わってからにしろ、玄耀」
仲間の“遺志”が、彼の中に再び灯る。
「……そうだ。俺は、一人じゃない。誰かの願いが、俺を今も立たせてくれてる……!」
彼は《龍脈剣》を構える。
古の力が、呼応するように再び目覚めた。
──仲間の想いが、魂の奥底から燃え上がる。
剣に刻まれた祈り。旅の途中で交わした約束。
全てが一つになり、剣に「真なる源の力」が宿る。
「来いよ、黒翼──その影ごと、全部抱いてやる!!」
蒼き龍が咆哮し、天空を裂いた。
玄耀は、己の限界を超えて進化した。
彼の身体は、もはや肉体ではなかった。
“光そのもの”となり、世界の原初《真なる王》と融合した。
黒翼の巨神が、微かに言葉を発した。
「……なぜ抗う、人よ。お前もまた、絶望を知った者だろう」
その声には、怒りだけでなく、深い哀しみがあった。
玄耀は叫ぶ。
「お前の絶望も、悲しみも、俺たちは否定しない……だが!
それを理由に、未来を壊すことは……許さない!!」
仲間たちの力が、玄耀に重なる。
思穎の結界が、心を支え。
蒼蓮の刃が、闇を切り裂く。
──そして彼は飛んだ。
全てを懸けた、たった一度の突撃。
「これが、俺たちの“選択”だ!!」
龍脈剣が唸り、仲間の力が収束し、
玄耀の一撃が──黒翼の胸を、貫いた。
それは、世界に“選ばれた力”ではなく、“選び取った意志”による一撃だった。
その瞬間。
黒翼の巨神は、涙のようなものを流しながら崩れ落ちた。
(お前も……誰かを守りたかったのか)
青い空が戻り、大地が息を吹き返した。
──風が、優しく吹いた。
玄耀は、剣を収め、空を見上げた。
「……これでいい。誰かが笑える明日を──渡せたなら」
一輪の野の花が、崩れた瓦礫の中に咲いていた──それは、妹と見た、あの花だった。
──新しい時代が、確かにそこに、芽吹いていた。




