国家女性保安庁特殊研修資料 ─部外秘─
第一章 制度の起源と社会背景
1-1 暴露時代のはじまり(2028〜2035)
21世紀後半、都市社会では暴力が“行為”ではなく“情報”の形で拡散するようになった。
SNSは加害者を可視化し、炎上と糾弾が司法に先行した。
「暴力とは可視性の奪取である」という言葉が当時の社会学者によって残されている。
2033年、政府は「女性自衛支援法案」を提出。
身体的弱者の自衛権強化を名目とし、護身具の携帯を許可。
しかし、翌年の“誤射致死事件”を機に、倫理的な線引きが崩壊する。
「意図の有無」をどう判断するか。
それは、やがて“害意”という概念の発明に行き着く。
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1-2 武装許可法の制定(2040年)
女性武装許可法(WADL)第1条
女性は自己防衛のため、害意を有する男性に対して武装的手段を行使できる。
害意の存在は、合理的に想定される場合を含む。
曖昧な一文が、この社会の根幹を変えた。
“合理的に想定される”とはつまり、
感情と直感が法的根拠になったということだ。
当初、政府は限定的な都市圏で試験導入を行い、
治安の安定を理由に全国展開を決定した。
その過程で、倫理学・心理学・法学の多くが制度に従属していった。
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1-3 害意の社会化
制度導入以降、社会全体が「害意を読む訓練」を始めた。
それは心理的能力ではなく、防衛本能の制度化だった。
・学校では「危険察知リテラシー」科目が必修化
・SNSでは「害意検知スコア」が共有され、個人の危険度が可視化
・恋愛感情や好意の表現は、誤解リスクとして抑制される
この時期の文化史家は言う。
「人々は愛する前に、害意の不在を証明するようになった。」
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第二章 社会構造と生活様式
2-1 分離社会の成立
2045年、教育現場で男女完全分離が始まる。
共学制度は廃止され、以後「性別教育分離法」として固定化。
企業・行政でも性別分業が進行し、
女性は管理と防衛、男性は維持と補助の役割を担うようになる。
市街地では“女性居住区”が中心に整備され、
夜間、男性はその区域に立ち入らない文化が定着。
タクシーや公共交通機関にも性別運用が導入された。
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2-2 家庭の変容と出生政策
2052年、人工授精申請制度が導入。
独身女性が政府提供の遺伝子バンクを利用し、単独で出産・育児を行うことが可能に。
父親欄は出生届から消え、「母系単位社会」への転換が進む。
家族という構造は、感情よりも機能によって定義されるようになった。
「愛される母」よりも「社会にとって安全な母」が理想像となり、
男性の存在は「提供者」へと還元されていった。
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2-3 都市文化と抑止の象徴
2070年代の都市には、「女性住んでいます」という張り紙が至る所に見られる。
これは犯罪抑止のためのサインであり、同時に文化的記号でもある。
また、煽り運転防止のため、男性ドライバーが助手席に女性型人形を乗せることが流行。
この“偽装同行”は一種の護符であり、社会的祈りの形でもあった。
都市の安全は、現実ではなく演出された平和によって維持されていた。
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第三章 思想とメディア
3-1 正しい死と報道
報道機関は「女性による防衛行為」を積極的に報じた。
その際、必ずつけられるラベルがあった──
“正当防衛が認められた”。
この言葉は、次第に倫理的免罪符として機能し、
やがて人々はその裏にある死を“正しいもの”と受け入れるようになる。
文化批評家の言葉を借りれば、
“この国では、誰かの死が誰かの安心に変換される。”
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3-2 検閲と感情の抑制
2070年代、恋愛・家族・感情を主題にした作品が検閲対象になる。
表現の自由を理由にした抗議運動もあったが、
政府は「感情の刺激は暴力を誘発する」として黙殺。
芸術や文学は「非生産的感情」とされ、
代わりに「道徳的な映像芸術」──国家が認可した安全な物語──が流行する。
それらの作品は、観る者の心を動かさないことが最高の評価だった。
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第四章 AI統治と倫理の自動化
4-1 HazardEyeシステム
2065年、国家女性保安庁(NWAA)がAI判定システム「HazardEye」を導入。
個人の視線・発話・行動パターンから、害意スコアを算出する。
スコアが一定を超えると、相手の許可証が自動的に作動する。
つまり、“撃つ”という判断から人間が排除された。
このAIの学習データは非公開だが、一部報道では
「初期アルゴリズムは女性の感情ログから生成された」とされる。
すなわち、恐怖の記録が国家の倫理の基礎になったのだ。
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4-2 誤判定事件と反体制記録者
2068年、AIの誤判定により無害な男性が射殺される事件が発生。
政府は「システムエラー」と発表するが、詳細は非公開。
以後、地下メディアでは“真実の記録者”と呼ばれる人々が現れる。
彼らは映像を密かに撮り、AIの誤判定事例を記録した。
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第五章 心理と倫理の残滓
5-1 恐怖の習慣化
社会学では、人間が「恐怖に慣れる」ことを“感情の凍結”と呼ぶ。
この世界では、それが制度化されている。
人々は怒りも喜びも抑制し、
感情を持たないことが成熟の証とされた。
愛や同情は“害意を招く危険因子”として教育で制限され、
人間関係はすべて「安全距離」で測られる。
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5-2 観察研究対象「橘花音香」「未奈川葉介」
橘花音香は「制度の子供」であり、
未奈川葉介は「制度に取り残された大人」とも言える。
二人の関係は、社会的には不適切であり、法的には監視対象となる。
つまり、
「愛すること=害意を拒む行為」
であるなら、彼らは世界そのものへの反逆者と位置付けられる。
以上の点を留意し監視強化を実施。




