第六章 三元帥集結
魔界の奥深く、古代城塞の玉座の間に三つの影が集まった。
「バルログが堕ちました」
闇魔導士ネクロマンサーが重々しく報告した。黒いローブに身を包んだ彼女の声には、僅かな驚きが込められていた。
「王女防衛隊を侮りすぎたか...グラディウスに続いてバルログまで」
氷皇帝フロストマイアが氷の玉座から立ち上がった。青白い肌に銀髪を持つ彼の表情は、いつもの冷静さを保っていたが、その瞳には動揺が見て取れた。
「己の力を過信するグラディウスならまだしも、慎重で計算高いバルログまで倒されるとは。王女防衛隊、あなどれぬ」
風神ハリケーンが宙に浮きながら口を開いた。
「両元帥、お気づきか。ルナ姫が完全無効化能力を持つことに」
ネクロマンサーとフロストマイアが驚いて振り返る。
「どういうことだ、ハリケーン」
「ルナの付き人、田中という名の人間がいる。奴は人間だが、おそらく能力者。魔力を無効化する力を持っている」
ハリケーンの言葉に、二人は色めき立った。
「それが本当なら...」
「グラディウスもバルログも、その能力で無力化されたということか」
フロストマイアが拳を握る。
「ならば、作戦を変更する必要がある」
ハリケーンが提案した。
「同時に三方向から仕掛けよう。私が田中を引き付ける。ネクロマンサーは防衛隊を相手取れ。フロストマイア、お前はルナを直接狙う」
「分散させるということか」
「そうだ。田中の無効化能力も、同時に三箇所は対処できまい。これで奴らを一掃できる」
三元帥は頷き合った。かつて古代魔王ダークロードを打ち破り、現在の魔界内戦を引き起こした三巨頭。今度こそ、完璧な作戦でルナと王女防衛隊を葬り去ろうとしていた。
「では、決行は明日の夜明けだ」
フロストマイアが宣言すると、三つの影が それぞれ異なる方向へ消えていった。
――
山をも削り取るほどの巨大な竜巻が起きる。
巨大な羽を広げ風神ハリケーンが田中の上に飛来した。
ハリケーンはまだ田中の無効化能力を信じ切れていなかった。ただルナにそれほどの実力が備わっているとは思えなかった。防衛隊然り。
かつて神族であったハリケーンは魔族殲滅の任を受け魔界にやってきた。
たった一人で魔族を蹴散らし、1万年の間魔界を支配してきた古代魔王ダークロードを封印した建て役者はハリケーンであった。
だがルナだけは殺せなかった。そのため魔界は分裂し、アルファを解放してしまった。
この安定が俺が望んだものだったのか。ハリケーンは苦悶した。
風が止んだ。
ハリケーンは必死で羽をはばたかせたが、風がない…。「く、苦しい…」
墜落してハリケーンは死んだ。
「危なかった、空を飛ぶやつで助かった」
田中は間一髪落ちてくるハリケーンの脇をすり抜けた。
ネクロマンサーが防衛隊に立ちふさがり、呪文を唱えた。ネクロマンサーの身体から無数に溢れるノミやシラミやかさぶたが地に落ちると、そこから死霊共が湧き出た。
ネクロマンサーの体は数千年に及ぶ魔族たちの死骸からできていた。
カラスが一匹飛んできた。「ハリケーンは死んだ、ハリケーンは死んだ」
ネクロマンサーは耳をうたがった。ハリケーンは田中を足止めするだけの役割だったはず、戦いが始まる前に倒されてしまった?気が動転し、制御を失った死霊共はネクロマンサーの本体を喰いはじめ、彼は消滅した。
「ルナ姫、あなたの氷像はさぞ美しいでしょうね」
フロストマイアは、静かに彼女の後ろに立っていた。
冷たい冷気がルナを凍えさせる。逃げ出そうにも神経が言うことを行かない。全身が動かなくなった。
フロストマイアの冷気は精神から浸透する魔界の冷気。
ルナは呪文を唱えた「イグニス・フラーマ」
激しい火炎の玉が出来上がるが、フロストマイアの一吹きで押し流される。
「これで、バルログや、グラディウスを倒せたとはとても思えませんね」
田中がやってきた。
「あ、ルナ、その人知り合い?」
「…違…う…」
ルナが震える唇でそう言った瞬間、冷気は去り、フロストマイアは炎に包まれて死んだ。