7話 二代目当主、葛城伸二
7話 二代目当主、葛城伸二
8月11日、13時05分。
応接室にて。
花巻ウメ子が運んできた昼食を済ませ、午前中のやり取りを反芻していると、応接室の扉が大きな音を立てながら勢い良く開いた。
「お? いるじゃん」
声の主は、長身細身の男だった。
ワックスのテカりが残るオールバック。
ストライプ模様のスーツに派手な色のネクタイ。
手首には一目でわかる高級時計。
男は趣味の悪い笑みを浮かべながら、真と御堂の座るソファの元へ歩み寄った。
「お前らが探偵?」
「はい。見抜探偵事務所の」
真がソファから立ち上がり挨拶をしようとすると、男は中断するように手で払い除けた。
「いちいち名乗らなくて良い。下民の名前なんか覚える気ねぇから」
「なるほど。分かりました」
隣の御堂は鼻息を荒くして伸二を睨みつけていたが、真は涼しい顔をしながらソファに座り直した。
「貴方は、葛城伸二さんですよね?」
「そうだ。俺が葛城財閥二代目当主だ」
伸二は満足そうな笑みを浮かべながら言った。
「葛城歳三さんが亡くなった日の事について、伸二さんにもお聞きしたいのですが、協力していただけますか?」
「”親父は自殺”。警察がそう言ってるじゃねぇか」
「警察はそう発表しましたが、『自殺するような人ではないから、捜査をしてほしい』と、依頼がありまして」
伸二は「どうせ一美だろ?」と溜め息をつきながらボヤいた。
「一美がお前らみたいなハイエナに捜査を依頼したってわけだろ?
女ってのはどいつもこいつも馬鹿ばっかりだから、自分が納得出来ないって感情を、さも論理的だと勘違いすんだよなぁ。困ったもんだ」
「感情論なのか論理的なのかを判断するためにも、お話を聞かせて貰えませんか?」
凄む伸二に負けじと言い返した真。
伸二は、わざとらしく大きな溜め息をついた。
「そこまで言うなら付き合ってやるよ。だが、財閥当主の貴重な時間を、無能な下民共に割いてやるんだ。
これで『警察の発表通りでした』なんて結論を出した時ゃあ、”分かってる”よな?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる伸二に対し、真は眉一つ動かさずに淡々と「『分かってる』とは?」と、返した。
「おいおい。それを俺の口から言わせようってのか?
”親父と同じ目に遭って貰う”とでも言えば良いのか? えぇ?」
「それは脅」
伸二を指差しながら声を上げた御堂だったが、それを制するように真が腕を広げた。
「落ち着け、御堂。”伸二さんは『貴重な時間を割いてやる』と、協力してくれることを約束した”んだ。それで良いじゃないか」
「だが」
「クックック。ちっこい小賢しそうな女みてぇなヤツ。俺はお前みたいなヤツが大嫌いだ」
伸二は真を睨みつけながら言った。
しかし、睨まれた真は気にする素振りも見せずに「そうですか? 私は貴方のような人の事嫌いじゃないですよ。”話が通じますので”」と、余裕の表情を浮かべながら答えた。
「ケッ。そういうところが嫌いなんだよ」
伸二は、真と御堂に向かい合う位置にドカッと座り、テーブルの上で足を組んだ。
「歳三さんが亡くなった日の行動について、朝から教えてください」
「朝から仕事してた」
「葛城証券の代表取締役でしたよね?」
「知ってんなら聞くな」
「確認のためです。仕事というのは、本社に行ったということですか? 今の御時世、リモートワークもありますが」
「”本社に行った”に決まってんだろ。大事な打ち合わせがあったからな。
”帰ってきたのは18時過ぎ”。
着替えてシャワー浴びたらすぐに夕食。
夕食の後、読書をしていたら花巻が『親父が死んだ』って言うから部屋に行ったら、親父はくたばってた。終わり」
「なるほど。朝からほとんど出かけていたと」
「そう言ってるだろ」
「なるほど。妙ですね」
「ハァ? 俺が嘘を付いてるとでも?」
「いえ。どうやって本社まで行ったのかと思っただけです。あの日は朝から雨が降っていたので、歩いて降りるのは難儀だと思ったので」
「”車”に決まってんだろ」
「車? タクシーですか?」
「車って言ったら”自家用車”のことに決まってんだろ。タクシー使ったんなら、最初からタクシーって言うだろ。馬鹿か?」
「ふむ。自家用車ですか」
「なんだよ。文句あんのか?」
「いえ。この御屋敷のインターホンのカメラに『伸二さんが朝出かけて、18時過ぎに帰ってきた映像』が残っていれば、それが証拠になります。
ですが、花巻ウメ子さんの説明では、インターホンのカメラは鳴らさないと撮影が始まらないとのことでした。
一応お訊ねしますが、出発時と帰宅時にインターホンを鳴らしましたか?」
伸二は「自宅のインターホン鳴らす馬鹿がいるかよ」と悪態をつきながら、スーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、その中から一枚取り出してテーブルの上に投げた。
「だったらコイツに聞け。第三者の話なら、陰湿な探偵でも認めざるを得ないだろ?」
真はテーブルの上の名刺を手に取った。
名刺には『葛城証券 秘書 久米蘭子』と、書かれていた。
「分かりました。名刺ありがとうございます」
「これで終わりだろ?」
「いえ、まだ聞きたいことはあります。歳三さんの部屋に入った時、何か気が付いた事はありますか?」
「別に。おかしな所なんかねぇよ」
「血の付いたナイフが、部屋に落ちていたそうですね?」
伸二の眉がピクリと動いた。
「あぁ、そういや血の付いたナイフが落ちてたな。
”アレは葛城家の家紋が彫られた大事なナイフ”でね。
血で汚れていたから、如月に洗わせた。如月って分かるか? 顔と身体しか取り柄のない馬鹿女だ」
「はい。先程お会いしました」
「会ったって事は話も聞いてんだろ?。如月は馬鹿だからなぁ。訊かれた事は何でもホイホイ答えただろ」
真は数秒間、伸二の目をジッと見つめ、小さく息を吐いた。
「”実に協力的でした”よ」
横に座る御堂が顔をしかめたが、真は気にせず話を続けた。
「さて、話を戻します。歳三さんの近くに落ちていた血の付いたナイフは、葛城家にとって大事な物だった。
なるほど。それならば、汚れていたら綺麗にしたくなる気持ちは分かります」
「ですが、伸二さん。銃で撃たれた歳三さんを最初に見た時、本当に自殺だと思いましたか?」と、真は伸二の目を真正面から見つめて言った。
「警察がそう言ってるじゃねぇか」
「警察の意見ではなく、伸二さんがどう思ったのかを聞きたいのです」
「だから”自殺”だろ。親父は自分の胸と腹を撃った。それだけの話だ」
「では、何故ナイフに血が付いていたのでしょう?
歳三さんの身体にはナイフによる傷は無かった。という事は、ナイフに付いていた血は」
「さっきからなんだお前ッッッ! 俺が犯人だって言ってんのかァッッッ!?」
突如として激昂した伸二は、怒号で真の言葉を遮り、ソファから勢い良く立ち上がって真の襟首を鷲掴み、無理やり立ち上がらせた。
「葛城伸二ィッ!」
コンマ数秒遅れたものの、伸二が真の襟首を掴んだのを見るや、御堂は得意の柔道技を仕掛けようと、立ち上がって伸二の腕を掴もうとした。
「御堂ッ! 手を出すなッ!」
それは、華奢な身体から発したとは思えない程の大きな声だった。
御堂は驚きながら伸二の腕を掴むのを止め、伸二も襟首を掴む手を思わず緩めてしまった。
「伸二さん。落ち着いて話をしましょう」と、真は諭すように元の落ち着いた口調に戻っていた。
「”ナイフに付いていた血は、間違いなく今回の件の最重要ファクター”です」
「最重要ファクターだぁ? ふざけてんのか?」
伸二は突き飛ばすように真の襟首から手を離した。
解放された真は、襟首に出来たシワを何度か引っ張って直しながら「ふざけてませんよ」と、答えた。
「葛城家の家紋の彫られたナイフは、普段は汚れていないですよね?」
「当たり前だろ」
「では、伸二さんがナイフを見つけた時、”ナイフに付いていた血は乾いていました”か?」
「乾いてねぇよ。”ベットリ付いてた”んだから」
「なるほど。ということは、”ナイフに血が付いてから何時間も経過したわけではなさそう”ですね」
「だから何だよ」
「いえ。”とても重要なこと”なので。
では最後の質問です。窓にハシゴが立て掛けられていたそうですが、何か気になったことはありますか?」
「知らねぇよ。親父は自殺。”ハシゴは誰かの悪戯”じゃねぇのか?」
「誰かの悪戯? あの嵐の中、一体誰が?」
「それを調べるのがお前の仕事だろ」
「確かにそのとおりですね。ただ、話を聞いていて、私の中に一つの仮説が浮かびました」
伸二は真を睨みつけた。
「なんだよ。”親父は他殺”だって言いたいのか?」
「”さぁ。どうでしょう”?」
「クックック。分かっちゃいると思うが、お前一人が騒いだところで、警察が発表を覆すと思ってんのか? この話は、お前が何を言おうが関係無く、既に決着ついてんだよ」
真は「そんなことは分かっている」と言いたげな笑みを浮かべた。
「少し時間をください。色々と準備が必要なので。貴重な時間をいただいてのご協力、ありがとうございました」
真はお礼を述べると、応接室の出口へと一人歩いて行った。
「お、おい、真! 何処行くんだよ」
慌てて椅子から立ち上がった御堂は、背中を向ける真に声をかける。
真は振り向きざまに「現場も見れたし、話も聞けた。一旦帰ろうじゃないか」と、一言。
「ええっ!? ま、まぁ、真がそう言うなら」
訝しむ伸二をよそに、真と御堂は応接室を後にした。




