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6話 新人使用人、如月あやの



 6話 新人使用人、如月あやの



 玄関の扉を開けると、アイドルと言われても違和感の無い可愛らしい女性が、今時のメイド服を身に纏い、お盆を持ったままボーッと立っていた。


 女は三人の姿に気が付くと、お盆をズイッと突き出した。


「水。どうぞぉ」


 草野は若い女と真の顔を交互に見た後に「見抜さん、御堂さん。彼女が如月あやのさんです」と、紹介をした。


「はじめまして。私は見抜探偵事務所の見抜真といいます。お冷やありがとうございます」


「助手の御堂護です。いただきます」


 自己紹介とお礼を述べてから、二人はキンキンに冷えた水を一気に流し込んだ。


「すいませぇん。草野さんの分は用意し忘れてしまいましたぁ」


 人によっては腹が立つであろう、語尾をやたらと伸ばす敬意の伴っていない彼女の言葉に、草野は特に気にした様子も見せずに「あぁ、大丈夫ですよ。私は診療室に飲み物があるので」と、返した。


 草野は去り際に「それでは見抜さん、御堂さん。真相解明の程、よろしくお願いします」と、軽く頭を下げ、診療室へと向かって歩き出した。


 真は草野から如月に視線を変えた。


「私達は葛城歳三さんが亡くなった件について、葛城一美さんから依頼があって調べているのですが、如月さんからもお話を聞かせてもらっても良いですか?」


「そのために来たんですけどぉ。『”余計な事を言わず”、さっさと終わらせて来い』って言われてるんで、早めでお願いしまぁす」



 如月の言葉に、廊下はシンと静まり返った。



「なんですかぁ?」


「あぁ、いえ。分かりました」


 御堂が小声で「言葉遣いもどうかと思うが、『余計な事を言わず』だってよ。それを俺達に言うか?」とボヤき、真は「皆が皆協力的じゃないって事さ」と小声で返した。




 8月11日、11時45分。

 応接室にて。



 テーブル越しに向かい合うように座ったものの、如月の視線は真や御堂に向けられることはなく、彼方此方に泳いでいた。


「早速本題に入りますが、如月あやのさん。葛城歳三さんが亡くなった日の行動について、覚えている範囲で構いませんので、教えていただけないでしょうか?」


「”オババ”と一緒にいましたぁ」


「”オババ”? 花巻ウメ子さんのことですか?」


 如月は眠そうな表情のまま、首を傾げた。


「他にいなくないですかぁ?」


「な、なるほど。朝食の準備だったり掃除をして一緒だったということですよね?

 花巻さんからも同じように聞いているのですが、確認のために詳しく教えてください」


「ぇえ? 一度聞いた話をもう一度聞くんすかぁ? それって時間の無駄じゃないすかぁ?」


「確認のためですので」


「”オニーサン”、時代はタイパですよぉ、タイパ」


 相変わらず視線が彼方此方に泳いでいる如月を数秒見つめた真は、小さく深呼吸をした。


「分かりました。では、花巻さんから聞いていない事をお聞きします。夕食の後、花巻さんと別れてから何をしていましたか?」


「オババと別れてからぁ? えぇと、散歩してましたぁ。散歩していたら騒がしくなってたんで、見に行ったら”トーシュサマ”が死んでましたぁ」


「散歩とは? 外ですか?」


 如月は人を小馬鹿にするような見下した笑みを浮かべた。


「ぇぇ? ”タンテー”さんは、あの日雨が降っていたこと知らないんですかぁ? そんな日に外に散歩に行くわけないじゃないですかぁ」


「確かにそうですよね。では、散歩中に普段と違うモノを見聞きしませんでしたか?」


「普段と違うモノぉ?」


「例えば『パァン』って音が聞こえた覚えはありませんか?」


「さぁ? 聞こえたような気もしまぁす」


「何時頃ですか?」


「『細かく質問されたら答えるな』って言われてるんで、答えられませぇん」


「誰に言われたのですか?」


「”伸二様に言われました”ぁ」と、答えた直後に、如月は思い出したように「あ、伸二様に『俺が言ったと言うな』って言われてるんで、忘れてくださぁい」と、付け加えた。


「な、なるほど」


 御堂が真と如月の顔を交互に見やったが、真は御堂の視線に軽く頷きながらも、そのまま話を続けた。


「次の質問に移りましょうか。ナイフを洗ったのは如月さんですか?」


「ナイフ? あぁ、洗ったような気がしまぁす」


「何故洗ったのですか?」


「『洗え』って言われたから、洗いましたぁ」


「『洗え』と言ったのは、伸二さんですか?」


「そうでぇす」


「なるほど。洗うように言われたナイフは、どんな風に汚れていました?」


「”真っ赤に汚れてました”ぁ。血なんですかねぇアレ。汚いし臭いし嫌でしたよぉ。

 あぁ、そういえば”洗面台も少し汚れてたんで一緒に洗いました”。ピカピカにぃ」


「洗面台も汚れていた? 赤く汚れていたということですか?」


「あぁ、でもぉ、ナイフを洗ってる時に気が付いたんで、その汚れかもぉ。汚れがどうかしたんですかぁ?

 タンテーさんも此処で、”シヨーニン”として働くんですかぁ?」


「いや、気になったもので」


 真の質問が止まったのを見て、御堂は軽く咳払いをしてから、誰に言われた訳でもなくビシッと手を挙げた。


「俺からも質問が」


「なんですかぁ?」


「ナイフを洗えと言われた時、おかしいと思わなかったのか? 証拠隠滅に繋がるだとか」


「難しい事を言われても分かりませぇん。洗えって言われたから洗ったんですぅ。なにか間違ってますかぁ?」


「何も疑問に思わなかったと?」


「使用人が、命令された内容にわざわざ疑問持つわけないじゃないですかぁ。”言われたことは何でもやります”よぉ」


「だからといって、『アイツに向かって銃を撃て』って言われたって撃たないだろ? それと同じで」



 御堂が話している途中だったが、如月は当然のように「撃ちますよぉ。『撃て』って言われたら」と答えた。



「え?」


「何かおかしな事言いましたぁ? 撃てって言われたら撃ちますよ。そう命令されたんならぁ」


「自分で何を言っているか分かっていますか?」


 見かねた真が話に割り込んだが、如月は首を傾げて「分かってますよぉ」と頬を膨らませながら反論した。


「なるほど。では、単刀直入にお聞きします。『葛城歳三を撃て』と言われましたか?」



 如月の視線がグルリと円を描いた後、真の両目をしっかりと捉えながら、満面の笑みを浮かべた彼女は一言。



「そんなこと命令する人、いるわけないじゃないですかぁ」



 如月の回答により静まり返った応接室内は、正午を告げる掛け時計のオルゴールの音色に包まれた。

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