3話 事件現場、歳三の部屋
3話 事件現場、歳三の部屋
8月11日、10時10分。
葛城歳三の部屋にて。
「此処が御父様の部屋です」
一美に案内された真と御堂は、葛城邸の二階にある歳三の部屋を訪れていた。
北側には、廊下に続く鍵付きの扉。その扉の左右に二つの扉。
東側には、様々な国や年代の剣や銃が飾られた棚。
西側には、日本語だけではなく、英語やフランス語、中国語の本がビッシリと収まっている本棚。
南側には、両開きの窓の近くに、三人同時に横になれそうなサイズの大きなベッド。
「この扉は?」
真が、廊下に続く扉の左右にある扉を交互に指差しながら訊ねた。
「お手洗いとお風呂があります」
そう言いながら一美が片方の扉を開けると、無駄に広いトイレ。
もう片方の扉を開けると、洗面台の備え付けられた脱衣所に繋がっており、磨り硝子の扉の奥には、休憩用のホテルにあるようなマットやその他玩具もある広めの浴室があった。
「自室がラブホみたいだな」と御堂がボソリと呟いたので、真は脇腹に肘打ちをした。
「この洗面台であやのがナイフを洗ったそうです」と、一美は脱衣所の洗面台を指差しながら言った。
「なるほど」
真が洗面台に近付くと、何かに気が付いたように排水口に顔を近付けた。
「排水口から強い薬品の臭いがしますね。何か心当たりはありますか?」
「あぁ、実は”一昨日から下水の流れが急に悪くなりまして、昨日、業者の方に点検と清掃をお願いしました”。
薬品の臭いがするのは業者の方が使った薬品が原因だと思います」
「一昨日。ということは、歳三さんが亡くなった次の日からですか。流れが悪くなった原因は分かりましたか?」
「簡易的な点検では原因までは分からなかったみたいで『”何か”が詰まったのだろう』という話になりました。
薬品による清掃でも直らなかったら、もう少し大掛かりな工事になるそうです。何日か様子を見て欲しいということで、業者の方は帰りました」
「ここで血塗れのナイフを洗ったんだから、血が管の中で固まって詰まったんじゃないか?」と御堂が口を挟んだ。
「はい。そうかもしれません」
御堂と一美が頷く横で、真は洗面台を覗き込むように前屈みになった。
「顔を近付けて分かったのですが、”洗面台に細かい傷痕がいくつもあります”ね」
「そ、そうですか?」
一美が真の横に並び、同じように前屈みになって洗面台を覗き込んだ。
「此処は少し欠けてますから、分かりやすいと思います」
そう言いながら、真は傷を指でなぞった。
真の手が退いてから、一美も同じ場所を指でなぞった。
「言われてみれば確かにそうですね。ですが、”洗面台の傷痕と、御父様が亡くなった事”が関係あるのでしょうか?」
「今の段階では何とも言えません」
一美が納得いかない表情を浮かべる一方、真の興味は既に脱衣所から離れていた。
「ホントだ! 硬い物で引っ掻いたみたいな傷がある」
自分も確かめたいとウズウズしていた御堂は、洗面台を指で擦り、真と一美が脱衣所から出ているにも関わらず、一人騒いでいた。
一足先に本棚の前に立っていた真は、一美と御堂が戻ってくるのを確認してから「この辺りに歳三さんは倒れていたのですか?」と訊ねた。
「はい。本棚に寄りかかるように座っていました」
「なるほど」
真は血の染みを踏まないように気を付けながら、葛城歳三が倒れていたであろう場所を凝視した。
木製の本棚には、抉れている箇所が二つあった。
「本棚に弾痕がありますね。この弾痕は何時のモノかご存じですか?」
「御父様が亡くなる前日に部屋に入った時は無かったと思います。”弾は御父様の身体を貫通した”ので、その痕じゃないかと」
「なるほど。痕を見るに、発砲した角度は」
真が”弾痕から予測した発砲箇所に視線を向けると、その先には両開きの窓とベッドがあった”。
「葛城歳三さんが自ら引き金を引いていない限り、銃を撃ったのは窓の方からだと思われますね」
真は窓際へと向かい、鍵を外してからゆっくりと外に向かって窓を開き、「いやぁ、良い景色ですね」と呟いた。
真はしばらく遠くを眺めた後、視線を下に向けた。
視線の先には、色とりどりの花が植えられた花壇があったが、”葛城歳三の部屋の真下だけは茶色の土が剥き出しになっていた”。
「下に花壇があるようですが、この部屋の真下だけ花がありませんね」
「その窓にハシゴが立て掛けられていたのですが、犯人がハシゴを立てる際に踏み荒らしたのだと思います。
踏み付けられた花は、もう育たない状態だったので、草野先生が片付けました。
先生が大切に育てていた花なのに」
「かかりつけ医の草野先生が花壇の手入れを?」
「はい。先生は花を育てるのが趣味のようで、一緒に庭木の手入れもお願いしています。
御父様が亡くなった日、”この窓に立てかけられていたのは、先生が使用している庭木の手入れ用のハシゴでした”。
普段は庭の隅にある物置小屋にしまっているのですが、鍵は掛けていないので、小屋から盗み出したのだと思います」
「なるほど」
真は数秒考えこんでから、ゆっくりと窓を閉めた。
ベッドの周りを確認し始めた真は、ベッド脇に置かれた大きなバスケットを見つけた。
サッカーボール二つなら余裕で入る大きさのバスケットの横には、お洒落なゴミ箱が置かれている。
「このバスケットは?」
「あぁ。それは私が御父様に頼まれて買ったバスケットです。御父様に『大きな籠は無いか?』と相談された事がありまして、その時に買いました」
蓋が開いていたので、真は中を覗いてみたが、”バスケットには何も入っていなかった”。
「何も入っていませんが、事件当日も?」
「はい。”あの日も空っぽ”でした」
「一体、何に使っていたのでしょうか?」
「そうですねぇ」と一美は困惑の表情を浮かべた。
「私も用途までは聞いていないので分かりません。”御父様と個人的なお付き合いのある人が使う”のではないでしょうか?」
真は喉まで出かかった声を呑み込み、一呼吸置いてから「なるほど」と相槌を打った。
その後、しばらく室内を物色した真は一美に向かって一礼した。
「ありがとうございます。一通り気になる所は確認しましたので、この後は他の方から当時の事を聞こうと思います」
「分かりました。草野先生やウメ子達には見抜さん達の事を伝えてありますので、忙しいタイミングじゃなければ大丈夫だと思います。ただ、弟の伸二については、その」
一美の声はみるみる小さくなり、最後には視線を逸らした。
「伸二さんは、この件について蒸し返される事を快く思っていないというわけですね。そう珍しい事でも無いので、一美さんが謝ることではありませんよ。」
「いえ、その。伸二は間違いなく、失礼な事を言うと思いますので。先に謝らせてください」
一美が何度も頭を下げながら謝ったが、不意に一美がバランスを崩して倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
真と御堂が慌てて駆け寄ったが、一美は「大丈夫です。すみません」と謝りながら、助けはいらないと手で合図を送り、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ありません。少し部屋で休ませてください」
「無理しなくて大丈夫ですよ。後は私達の方で調べますので。ご協力ありがとうございます」
「お帰りになる際は、電話をいただければタクシーの手配をしますので」
「タクシーも私の方で呼びますので大丈夫ですよ。色々あって大変だったでしょう。どうかお休みになってください」
「すみません。依頼した私がこんな状態で。どうか、よろしくお願いします」
一美はもう一度深く頭を下げると、フラフラとした足取りで自室へと歩いて行った。




