14話 真相解明
14話 真相解明
8月13日、10時00分。
葛城邸、応接室にて。
葛城邸の応接室には、多くの人が集まっていた。
葛城家の関係者だけでなく、伸二の秘書の久米、アパレル店員の本田、タクシー運転手の谷岡、愛人の乃木、さらには”青色の作業服を着た男”の姿もあった。
多くの人間が集まっているにも関わらず、誰も口を開かなかったため、冷房の動作音だけが部屋に響いていた。
ガチャリと応接室の扉が開くと、部屋にいる全員が扉の方向を凝視した。
「呼び出した本人が遅刻してしまい、申し訳ありません」
真は、深く頭を下げてから部屋に足を踏み入れた。
その後ろから、御堂も申し訳なさそうに頭を何度か下げながら、真に続いた。
「この度は、お集まりいただきありがとうございます。
さて。早速ですが、本題に入らせていただこうと思います。本題とはズバリ、”葛城歳三さんの死の真相”についてです」
「ちょっと待てよ」
苦言を呈したのは伸二だった。
「はい。何でしょうか?」
「なんで関係ねぇ奴らも集まってんだよ」
「”ここに集まっていただいた方は、今回の歳三さんが亡くなった件と何かしらの関係があります”。情報提供者という意味も含めてですが」
「そこに突っ立ってる作業服の野郎も関係者だってのか?」
伸二が作業服の男を睨みつけると、作業服の男は助けを求めるように、真に視線を送った。
「彼には、”後ほどご協力いただくかもしれないのでお呼びしたのです”。話を再開しても良いですか?」
「ケッ。分かったよ」
伸二が、面倒くさそうに手を払う素振りを見せると、真はニコリと笑った。
「結論から言うと、”葛城歳三さんは自殺したのではありません。他殺です”」
皆が思い思いに話し始める前に、真は人差し指を高く掲げ、その後に自分の口に当てた。
「一旦、私の推理をお聞きください。なお、犯人の名前はあえて伏せさせていただきます。
何故なら、犯人の名前を明かすと、話が耳に入らなくなるからです。
話が終わるまでの間、私は犯人のことを、”犯人X”と呼びます」
真は、これから話し始める合図だとでも言うように、コホンとわざとらしい咳払いをした。
「葛城歳三さんが亡くなった経緯から、お話しましょう。
”犯人Xは、赤いワンピースとツバの深い帽子を身に纏い、大きなバスケットを持って、15時50分に葛城邸にタクシーで来訪”。
タクシー運転手の谷岡さん、そして、訪問時のインターホンの対応をした花巻さん。間違いありませんか?」
「その女性なら、アッシが送り届けましたよ。顔は見てないんですけどね。ヘヘッ」と、谷岡は頭を掻きながら答え、ウメ子は「はい」と、一言だけ言った。
「話を続けます。恐らく、”犯人Xは、とある準備をしてから歳三さんの部屋に向かった”と思います」
「”とある準備”ってなんだよ」
「”窓に立てかけられたハシゴ”を準備したのです。
他の時間帯でも準備自体は可能ですが、”犯人Xの正体”を考えると、このタイミングで準備するのがベストだからです」
「だから、犯人は誰なんだよ」
「それは最後に話します」
真は、伸二の問いを切り捨てて、話を再開した。
「犯人Xがハシゴの準備をした後、発砲音がした20時20分を迎えます。
草野さんと一美さんは、発砲音を耳にしましたよね?」
「はい、玄関前にいる時に聞こえました」
「私は自室にいる時に聞こえました」
「しかし、歳三さんは自室で銃を発砲する悪癖があった。
そのため、異常事態だと思われず、部屋の確認が行われたのは、21時00分頃になってから。そうですよね? 花巻さん」
「はい。毎晩飲んでいる薬をご用意し、部屋を訪れた際に発見しました」
「検死が出来ていないので、詳細な時間は分かりませんが、”20時20分から21時00分の間に亡くなった”という点については、揺るぎない事実ということで宜しいですか? 草野さん」
「は、はい。それは、間違いないと思います」
部屋は涼しいというのに、草野は頬を伝う汗を拭いながら答えた。
「事件発覚後、奇妙な謎が三つ浮き彫りになります。
一つ目、先程申し上げた、”窓に立てかけられたハシゴ”。
二つ目、犯人Xである”赤いワンピースの女の行方”。
三つ目、誰を切ったのか分からない”血まみれのナイフ”」
真は、深呼吸を挟んでから話を再開した。
「順番にお話ししましょう。まず、一つ目の謎、”窓に立てかけられたハシゴ”。
結論から言うと、ハシゴは犯人Xの偽装工作です」
「偽装工作だって!?」
声を上げたのは、伸二だった。
「はい。犯人Xは、”窓から侵入したわけでも無ければ、窓から脱出したわけでもありません”。
”犯人Xは、扉から入り、扉から出て行った”のです」
「ハシゴが偽装工作って証拠はあんのかよ?」
「あります」
真が即答すると、伸二は「嘘だろ?」と狼狽えた。
「歳三さんの部屋の真下にある花壇から、窓にハシゴが触れないように立てかけると、このような見た目になります」
真は、タブレットを操作して、″ハシゴを立てかけた時の写真″を見せた。
御堂が「この写真を撮っていたから、来るのが少し遅れたんです」と補足したが、全員の興味はタブレットの写真に向けられていた。
「その写真のどこが偽装工作の証拠に」
そこまで言った伸二は、真の発言の意図を理解し、舌打ちをした。
「そういうことかよ」
「し、伸二。どういう事?」
写真を見てもピンとこなかった一美が、苛立ちを顕にしている伸二に声をかけた。
「”ハシゴってのは、こんな角度じゃマトモに使えない”。知らねぇのか?」
「え?」
男性陣は、伸二の言葉で「あぁ」と納得の声を漏らしたが、一美や久米のような女性陣はピンと来ていない様子だった。
「伸二さんの仰る通りです。ハシゴというのは、”安全に昇り降り出来る角度は75度”と云われています。
事件当日の状態を再現すると、角度は約50度でした。
数字で聞くとピンとこないかもしれませんが、安全と云われている75度というのは、このぐらいの角度です」
真はそう言うと、タブレットの画面をスライドし、ハシゴを立てかけた別の写真を、新しく表示させた。
「事件当日のハシゴの再現写真と比べると、一目瞭然ですよね。”事件当日に立て掛けられたハシゴは、安全に昇り降り出来る角度では無かった”のです」
誰もが「へぇ」とか「確かに」と、納得するような反応を示す中、伸二だけは顔を歪ませて真を睨みつけていた。
「”危ないってだけで、昇り降りが不可能ってわけじゃねぇ”だろ?
そこのデカブツみてぇな”重い奴が、角度が緩やかなハシゴに体重を乗せたらハシゴは倒れる”だろうよ。
だが、”体重の軽い小柄な女なら昇り降り出来る”かもしれねぇじゃねぇか」
伸二が、御堂にチラリと視線を向けながら言った。
視線に気が付いた御堂は、ギロリと伸二を睨んだが、真の推理を優先し、怒りの言葉を、喉元で何とか呑み込んだ。
「なるほど。伸二さんは、”ハシゴの角度だけでは納得出来ない”という事ですね。
分かりました。では、”犯人Xがハシゴは使わなかった”事を、別の視点から立証してみましょう」
「出来るモンならやってみろよ」
「”ハシゴは、花壇の中に設置されていました”。ということは、”ハシゴを使って部屋に侵入しようとした場合、必ず花壇の土を踏むことになります”よね?」
「当たり前だろ」
「事件当日は強い雨が降っていましたから、”花壇の土は泥のようになっていたはず”です。
”泥が付着した靴で部屋の中を歩けば、部屋の中に足跡が残るはず”ですよね」
皆が頷く中、伸二は舌打ちをした。
「靴底の泥を落とすか、靴を脱いでから部屋に入ったんだろ」
「”強い雨と風の中、不安定な角度のハシゴの上で、泥が付着した靴底を、室内に入っても足跡が一切残らないほど綺麗にした”?
それとも、”泥のついた靴は、ハシゴの上で脱いだ”?
どちらも無理があります。
”そこまでして足跡を残したくなかったのなら、ハシゴを使わずに扉から入る方法を選ぶはず”です」
伸二は、真の答えを予測していたように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「”犯人が親父の部屋に入る時にハシゴは使わなかった”って話は、お前の言い分を認めてやるよ。
だが、”部屋を出る時にハシゴを使ったのなら、足跡の問題は関係無い”よなぁ?」
「それでは、この写真を見ていただきましょう」
真は、タブレットを再び操作し、歳三の部屋から撮影した写真を見せた。
写真には、窓の下枠から少しだけハシゴの先が見えているのが写っていた。
「今度はなんだよ。別に、おかしくねぇだろ」
「”重要な点は、窓の高さ”です。この部屋の窓も同じぐらいの高さにあるので、イメージしやすいと思います」
真は、皆の視線が窓に向くように、手で誘導した。
「”窓の下枠は、床から約1メートル程の高さにあります”。
ハシゴの先端は窓の下枠からギリギリ見える程度。
”窓枠以外に掴める物が無い状況で、足場も無しに、ハシゴに身体を移動させるのは極めて困難”ではないでしょうか?」
窓の近くに立っていた乃木が、窓辺に歩み寄り「腰より高いじゃん。アタシには無理かも」と、一人笑い出した。
伸二は、大きく一回息を吐いた。
「身体がデカい奴は重さの問題があって、身体が小さい奴は身長の問題があるって事か?」
「さすが伸二さん。その通りです」
「ケッ。”ハシゴは偽装工作”って認めりゃ良いんだろ?」
「納得出来たのなら、こちらとしても嬉しい限りです」
顔は笑っているものの、ぶつかり合う両者の視線は、激しい火花が飛び散っていた。
「さて、二つ目の謎、”赤いワンピースの女の行方”について話しましょうか。結論から言うと」
「歩いて帰ったか、協力者が送った。その辺りだろ」と、伸二は真の推理に被せるように言った。
「いいえ。”犯人Xは、歩いて帰ったわけでも、協力者が送ったわけでもありません”。
緊急通報を受けて、すぐにこの屋敷に向かった警察官は『誰ともすれ違っていない』と言ってました。
さらに、この辺り一帯の防犯カメラの映像を確認しましたが、20時20分以降に、山から降りてくるような人影も、パトカー以外の車両が通過する様子も映っていませんでした。
”犯人は、この屋敷から市街地に逃走する手段が無い”のです」
「おいおい。”犯人は、この家に隠れていた”とでも言うつもりか?
いくら親父の愛人だろうが、赤の他人を匿ってやる義理はねぇぞ」
「匿った意思の有無に関係なく、”犯人Xは、この家に隠れていた”のです」
真の言葉に、一美と草野は顔を見合わせ、戸惑いの表情を見せた。
花巻は表情を崩さず、如月はポカンと口を開けて、窓の外を見ていた。
「”犯人Xが何処にいたのかも、おおよそ分かっています”。ですが、それは、”犯人Xの正体が分かれば自ずと分かります”ので、次の話をしましょう」
久米や本田のような、葛城邸に住んでいるわけでも勤めているわけでもない人々は、言葉には出さないものの、自分達は探偵に疑われていないと悟り、疑いの眼差しを葛城家の人々に向けた。
「三つ目の謎、”血まみれのナイフ”。探偵業をしている私が言うのもおかしな話ですが、私の推理が外れていることを祈るばかりです」
真は覚悟を決めるように、深呼吸を挟んでから、続きを口にし始めた。
「結論から言いましょう。”ナイフに付いていた血は、犯人のモノでもなければ、被害者のモノでもありません”」
「な、何言ってんだよ。真! ”赤の他人の血”とでも言うのかッ!?」
真の推理を邪魔しないようにと、ずっと黙っていた御堂だったが、思わず疑問を口にしてしまった。
「いえ。”赤の他人というわけでもありません”」
「じゃあ、そこに突っ立ってる”親父の愛人の血”だって言うのか? 大層な怪我をしているみてぇだし」
伸二の言葉により、皆の視線が突然自分に向いた事に驚いた乃木は、包帯の巻かれた左手は無実であるかのように、皆に見せつけた。
「こ、この怪我は韓ドラ見ながら料理してたら、包丁をグサァッ! ってやっちゃったの」
乃木は、怪我をした当時の様子を、ジェスチャーで必死に表現したが、彼女の大袈裟なジェスチャーと場の緊張感は、あまりにも噛み合っていなかった。
「”乃木さんの血でもありません”。先程の防犯カメラの話で、市街地に逃走する手段は無いと結論付けられた点から、彼女がこの屋敷で怪我をした可能性は無くなります」
「じゃあ、誰なんだよ」
「”犯人Xの赤子”です」
応接室に長い沈黙が訪れた。
真と”犯人X”以外の誰もが、真の言葉を受け入れるのに時間がかかった。
「何だって? 犯人の赤子? 何でいきなり赤子が出てきて、ナイフの血の正体って話になるんだよ」
伸二の言葉は、この場の全員の気持ちを代弁していた。
「それでは、私がこの結論に至った経緯を話しましょう」
「歳三さんにも、葛城家の皆さんにも、ナイフによる傷は無かった。
そこから導き出される答えは、”犯人Xは外部の人間であり、既に現場から逃走した”。
しかし、歳三さんの愛人関係の情報を探る一方、並行して防犯カメラの映像の調査も進めると、事件当日、”犯人Xが逃走する手段は無い”という結論に至りました。
”外部犯では無い”という結論は、言い換えれば”犯人Xは内部の人間”ということになります」
「おい。それは」と、伸二が口を挟んだが、真は立てた人差し指を自分の口に、トントンと優しく当てた。
「内部犯の犯行と考えた時、”殺人事件と関係無いと考えていたある件”が、頭を過ぎりました。
”下水の詰まり”です。
一美さん、下水の詰まりは直りましたか?」
真が一美に問いかけると「業者さんのおかげで、多少良くなりましたけど、まだ流れが悪いような気がします」と、答えた。
「”何故、下水の流れが悪くなったのか?”
ここに何か秘密があるのではないかと考えました。
専門家にお聞きします。血のついたナイフを洗っただけで、ここまで詰まるのでしょうか?」
青い作業服の男は、自分が話しかけられたことに少し遅れて気が付き、慌てて口を開いた。
「大量の血を流せば詰まるかもしれません。ですが、”ナイフについた血を流すぐらいだったら、詰まることはない”と思います。
洗い流した血が原因というよりは、ティッシュとか、ガーゼとか、そういった”固形物を一緒に流した”のではないかと思います」
「”固形物を一緒に流した可能性”。ここで、三つの物的証拠が頭を過ぎりました。
”赤いワンピースの女が持って来たバスケット”。
”洗面台の無数の傷”。
”赤いワンピースが訪問した際の異音”。
バスケットというのは、これです」
真が指を差した所に、大きなバスケットが既に置かれていた。
「ピクニックに行くのであれば、このぐらい大きなバスケットでも、違和感はありませんが、普段使いするには、少し大きすぎる気がしませんか?」
「バスケットが少し大きいってだけで、文句言うのか?」と、伸二が悪態をついた。
「荷物が大きいとか、多かったのなら、私も納得します。
ですが、事件当日、”部屋に残されていたバスケットは、何も入っていなかった”。そうですよね? 一美さん」
「は、はい」
一美は、不安そうな表情を浮かべながら答えた。
「谷岡さん。赤いワンピースの女性をタクシーで送った時、バスケットは多少の重みがあったのですよね?」
「はい。大変そうだったので、ちょっとお手伝いさせて貰ったんですよ。中は見てないですが、空っぽでは無いと思いましたよ。ヘヘッ」
「タクシーに乗った際には、何かが入っていたのに、事件発覚後は空っぽになっていた。
そこから導き出される答えは、”バスケットの中身を何処かに破棄した”。
屋敷から外に出ず、一体何処へ? 他の人にバレずに破棄するとなると、方法はかなり限られます」
「トイレに流したって事か? だけど、赤子が出てくる理由にはならないぞ」と、御堂は皆の気持ちを代弁した。
「そうですね。情報を整理する必要があります」
真は、一呼吸置いてから続きを話し始めた。
「ここで一旦、歳三さんの愛人との関係について整理しましょう。
歳三さんは、女性に資金や権力を提供する代わりに、避妊や中絶を許さない肉体関係を持ちかけていたそうです」
「そうなの。ヤバいよね」
ここぞとばかりに、乃木が真の話に便乗した。
「犯人Xは、資金もしくは権力目当てに、歳三さんと肉体関係を持ち、出産まで至ったと思われます。
そして、赤子を隠しながら運ぶために、バスケットを購入したのです」
「バスケットは、御父様が私に買ってくるように言った物ですが」
一美は、恐る恐る真の推理に口を挟んだ。
「犯人Xが『ベビーカーや抱っこ紐では目立つ』と、歳三さんに相談したのでしょう。
そして、歳三さんの提案でバスケットを購入した。
バスケットなら、”泣き声は漏れてしまう”ようですが、窒息の恐れ無く、姿を隠して運べますので」
真の言葉に、伸二は「御託は良いから、証拠はねぇのか?」と、突っかかった。
「確たる証拠と呼ぶには弱いですが、バスケットの中に赤子を隠していた可能性が高い映像があります。
花巻さん。赤いワンピースの女性が訪れた時のインターホンの映像を、再生していただいても良いですか?」
「分かりました」と、渋々応えたウメ子だったが、映像を見せること自体は拒まなかった。
赤いワンピースの女が、葛城邸を訪れた時の映像が流れ、「数秒後に、異音がするので耳を凝らしてください」と、真が補足したことで「アアアア」という音を、皆がしっかりと聞き取った。
「これで、お見せする情報は全てです。推測も踏まえて、本事件を振り返りましょう」と、真は宣言した。
「約一年前。”犯人Xは、資金援助を目的に歳三さんと肉体関係を持ちました”。
最初は一度きりと思っていたのかもしれませんが、日が経っても状況は好転せず、何回も関係を持つ内に、妊娠してしまいます。
犯人Xは、さぞ驚いたことでしょう。しかし、歳三さんは中絶の許可を出さなかった。
日に日に体調に変化が現れますが、経営者という立場と妊娠に至った経緯の問題があり、犯人Xは産休を取ることが出来ませんでした。仕方なく、リモートワークを選択したのです。
実の父との子を妊娠するという、支払うにはあまりにも大きすぎる代償を払ったとはいえ、援助された資金を使い、広告を次々と出すことが出来ました。
しかし、どれほど広告を出しても、売上はあまり伸びず、見限った社員は次々と辞めていきました。
悲劇のトリガーとなったのは、赤子の誕生です。
恐らく、歳三さんは子育てに非協力的だったのでしょう。
経営不振と従業員不足に追い込まれていた犯人Xは、ある決断をします。
”実の父と、父との間に出来てしまった子を殺すこと”を。
事件当日の朝、犯人Xは出勤する伸二さんの車に乗せてもらい、市街地に向かいました。
そして、犯人Xは歳三さんにタクシーで帰る旨を伝え、バスケットに赤子を隠し、タクシーで自宅へ戻ります。
愛人のフリをして帰ってきた犯人Xは、物置小屋にあるハシゴを、外部犯と思わせるために窓辺に立てかけました。
夕食後、犯人Xは歳三さんを射殺。
そして、”産まれてくることを誰にも祝福されなかった赤子”も殺しました。
財閥の当主である歳三さんの遺体は、社会の目もあるため、いつまでも隠すことは出来ない。
しかし、”世間に知らされていない赤子は、存在したという事実さえ、消すことが出来る”。
狂気じみた判断を実行に移そうと、犯人Xは、赤子の存在自体を隠蔽するために、ナイフでバラバラにしました。
洗面台に無数の傷があったのは、赤子の肉や骨を切る時に出来たのです。
犯人Xは、”細かくした赤子だったモノ”をトイレに流したのでしょう。
しかし、いくらナイフを使っても、肉や骨を小さくするのには限度があります。それらが下水管内で詰まり、下水の流れが悪くなったのです。
以上が、出来ることであれば外れていてほしい、私なりの真相です」
本田は「嘘よね?」と声を震わせながら、犯人Xの顔を凝視していた。
「どこか間違った所はありましたか? 葛城一美さん」
伸二を除く全員の視線が、一美に向けられた。
「証拠がねぇんなら、それは全部お前の妄言なんだよ」
真を睨みつける伸二だったが、皆の視線を全身に浴びていた一美は、両手で顔を覆い、大きなため息をついた。
「もう良いよ、伸二」
「姉貴。もう良いって何だよ」
「あぁあ。どうでも良い。全部がどうでも良い。アハハッッッ!」
イマイチ噛み合っていない姉弟の会話は、一美の気味が悪いほど高い笑い声が、強引に終わらせた。
一美が、顔を覆っていた両手をゆっくりとズラすと、地獄の底から蘇ったかのような、ドス黒い深淵を宿した真っ黒な瞳が、真を射抜くように見ていた。
部屋はシンと静まり返っており、誰かのツバを飲み込む音が、応接室内の皆の耳に届いた。