13話 探偵の助手、御堂護
13話 探偵の助手、御堂護
8月13日、05時35分。
見抜探偵事務所にて。
「犯人はお前だッ!」
人生で一度は言ってみたいセリフに、鼓膜を激しく揺さぶられた御堂は、机に突っ伏して寝ていたことに気が付いた。
目の前にある、開いたままのノートパソコンの画面端には、5時35分と表示されていた。
「5時35分!? 寝ちまったのか!?」
自分が鮮やかに事件を解決した光景が、儚い夢だと知った御堂は、深い溜め息をついた。
「おはよう、御堂。とりあえず、水を飲め」
事務所の給湯室から歩いてきた真が、水の入ったコップを御堂に差し出した。
「お、おう。ありがとう」
真に手渡されたコップに入っていた水を、ゴクゴクと喉を鳴らして、一気に飲み干した御堂は、コップをノートパソコンの隣に置いた。
「すまん、真。寝てたみたいだ。続きをやらないと」
御堂はマウスに手を伸ばしたが、真は「その必要はない」とでも言うように、ノートパソコンを閉じた。
「お、おい」
「なんだ。寝ぼけているのか? ”安井警部補に貰った防犯カメラのデータチェックは、全部終わった”だろ」
「え? いつ?」
「午前3時ぐらい。だから、お互いに仮眠したんだ」
御堂は頭をガシガシと掻き、込み上げてきた欠伸を隠さずに盛大に放った。
「わりぃ。全然覚えてない。ちょっと、シャワー浴びてくる」
「そうした方が良い。僕はもう浴びてきた」
よく見るまで気が付かなかったが、真の髪はまだ少し湿っていた。
「今日は、どんな予定なんだ?」
御堂にとっては、何気ない今日の予定の確認だったが、真は顔をしかめた。
「関係者を葛城邸に集めて、真相を解明しようと決めたじゃないか。それも忘れたのか?」
「え? つまり、犯人が分かったのか?」
「確たる証拠が手元に無い部分もあるが、大筋は仮眠前に話した通りだ。まず」
そこまで言った真は、一度口を閉じ、一呼吸してから再び口を開いた。
「いや、此処から先の話は、シャワーで文字通り頭を冷やして、意識を覚醒させてからの方が良い」
「あ、ああ。そうするよ。冷房が効いてるとはいえ、寝汗もかいたみたいだし」
御堂はタオルと着替えを用意し、シャワールームへと向かった。
蛇口を捻ると、思わず声が出そうになる程の冷たい水が、勢い良く頭の上に降りかかり、寝起きの火照った身体をギュッと引き締めた。
「”真が分かったってことは、俺にも分かるはず”なんだ」
目を閉じ、冷水が頭の先から足の先まで伝う感触を繊細に感じながら、御堂は思考の海へ潜った。
「まず、防犯カメラの映像で分かったことを思い出そう」
数秒間、思い出すことに意識を集中させると、仮眠前の記憶が断片的に蘇った。
「一つ目。”事件当日、赤いワンピースの女は、鳴間駅近くからタクシーに乗った”。
そして、”それ以降、同日にタクシーは葛城邸に行っていない”」
ここから導き出される答えは、”赤いワンピースの女はタクシーで葛城邸を訪れたが、帰りはタクシーを使っていない”。
”歩いて帰った”か、”協力者に迎えに来てもらった”か、”そのまま葛城邸に残ったか”だ。
「二つ目。葛城邸に続く道の防犯カメラの映像から、以下の事が分かった。
まず、葛城伸二について。
”事件当日の7時30分頃に、葛城邸の方向から市街地の方向へ、黄色のヴェロッサが通過”。
そして、”17時30分頃に、同じ道を、市街地の方向から葛城邸の方向へ、黄色のヴェロッサが通過”。
なお、”濃いカーフィルムが貼られており、誰が乗っていたかは不明”。
しかし、”ナンバーが一致していることから、車の持ち主は葛城伸二”で間違いない。
次に、草野達郎について。
”事件当日の5時15分に、草野が運転する白の軽自動車が、市街地の方向から葛城邸の方向へ通過”。”その後、事件当日は、白の軽自動車は防犯カメラの前を一度も通っていない”。
最後に、それ以外の車両。
”事件当日の21時10分に市街地の方向から葛城邸の方向へ、パトカーが3台通過”。
”事件当日、他の車両は映っていなかった”」
補足情報として、”防犯カメラの箇所から、葛城邸までの道は一本しか無く、迂回路は存在しない”。
また、通常の速度で車を走らせた場合、防犯カメラの場所から葛城邸までは、約30分”。
ここから導き出される答えは、”事件当日、葛城伸二は、朝7時頃から夕方18時頃まで、葛城邸には居なかった”。
”草野達郎は、朝の6時頃に葛城邸に到着して方、車で外には出ていない”。
そして、他に車が映っていなかったことから、”第三者が車で葛城邸に向かった可能性は無い”、と考えても良いだろう。
つまり、”協力者が迎えに来た可能性”は無い。
「ということは、”犯人は会ってきた人物の中にいる”」
そう考えて、間違いないだろう。
「”この事件は共犯の可能性が高い。共犯者は葛城伸二と如月あやの”。そうに決まっている」
御堂はシャワーの水を止め、シャンプーを手に出して、ガシガシと頭を掻きながら泡立てた。
「如月あやのには怪しい点がある。
”犯行時刻にアリバイがない”。
”動機のある葛城伸二の言葉に忠実”。
”『撃て』と言われたら、撃つと答えてしまう人間性”。
”彼女が歳三の部屋に行き、歳三を射殺し、何食わぬ顔をして部屋を後にする”。
そこに何の矛盾も存在しない」
御堂は蛇口をひねり、冷水で泡を流し始めた。
無数の泡が腿を伝い、排水口へと流れていくのを見ていると、御堂の頭に疑問が過った。
「”本当に矛盾は存在しないだろうか”?」
葛城伸二と如月あやの共犯説。
これに矛盾する証拠があるだろうか?
頬を伝う泡が、撫でるように御堂の首筋へと垂れてきた時、御堂は「矛盾があるじゃねぇか」と、呟いた。
「”赤いワンピースの女は如月あやのの変装”、”窓に立てかけられたハシゴは、侵入もしくは脱出時の経路”ということで矛盾はなくなる。
だが、”血のついたナイフ”はなんだ?
”被害者である葛城歳三を含めて、葛城邸にいた全員が、出血を伴う傷をしていないのに、何故血のついたナイフが存在している”?
やはり、事件当日夜に包丁で怪我をしたと主張する、葛城歳三の愛人、乃木つばめが関係しているのか?」
全ての泡を洗い流したにも関わらず、頭の中のモヤモヤを流せないまま時が過ぎた。
「ナニカが足りない。それとも、前提が違うのか?」
答えを出すことが出来ないまま、御堂はシャワールームを後にした。