表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/90

#10ー3:情報が戦場を支配するとき



✦✦✦《静寂と策略》✦✦✦


 作戦室には、魔導スクリーンの無機質な音だけが響いていた。

 壁一面に広がる巨大なスクリーンには、無慈悲な赤い数字が刻まれている。


 数字が一桁動くたびに、赤い光がKの顔を断続的に照らし、その目の奥で何かが燃えていた。

 照明はなく、スクリーンの反射光だけが室内を無機質に染めている。


 Kの市場価値は、まるで地に落ちる岩のように下がり続けていた。


 Kは腕を組み、鋭い眼差しでデータを見つめる。

 一見、冷静なように見えるが、その手はわずかに拳を握りしめ、指の関節が白くなっている。


 その感情は焦りではない。怒りだった。


 ゼグラントの市場操作は、想定以上に巧妙で速い。

 一つの情報が流れるたびに、市場がわずかに揺れ、その影響が次々と波紋のように広がっている。


「……上等だな、ゼグラント。完璧すぎて、逆に隙がある」


 隣に立つ影鬼が、淡々と報告する。


「市場心理が揺らぎ、投資家の撤退が加速しています。

K様に投資していた者たちは、ほとんどがゼグラント側に資本を移動させました」


 Kは唇を噛む。スクリーンに流れる数字は、無情にも下落を続けていた。

 市場は感情で揺れる。だが——それだけでは勝てない。

 決着をつけるのは、冷徹な戦略と一手先を読む力だ。


「市場の評価が軍事的な標的を決める……」


 Kは微かに笑いスクリーンに映る赤い数字を睨みつける。

 まるで獲物を狙う獣のような目で――。

 

「この市場の血流を、俺が支配する」


 戦場を動かすのは兵ではない。数字だ。

 その数字を操る者こそ、戦場の王だ。


「Kの支配領域が不安定になっている」


「この機に乗じて、一気に拠点を落とせ」


 そんな噂が、魔王市場の中で急速に広がっていく。

 投資家たちは、その流れに敏感に反応する。


「Kの市場評価が落ち続けている……このままでは危険かもしれない」


「投資は撤退すべきか?」


 軍と市場は表裏一体、どちらが揺れてももう片方が崩れる。


 戦争と市場を同時に制する手法。


 ゼグラントは、その原則を熟知していた。



✦✦✦《影の作戦、噂の炎》✦✦✦


 Kは影鬼たちに指示を出した。


「影鬼の潜伏部隊を、市場の裏で動かせ」


「ゼグラント派の魔王たちの取引所に潜り込み、『Kの拠点を攻撃すれば市場価値が下がる』という噂を流せ」


 影鬼たちは静かに頷いた。

 彼らの仕事は、単なる戦闘ではない。

 情報を操作し、市場そのものを変えること。


 Kは続ける。


「この戦争の本質は、軍事力ではなく市場心理の支配だ」


「ゼグラントの市場工作が戦争を有利に進めるなら、 俺は市場そのものを操る」


 影鬼たちは即座に動き出した。


 黒布のようなマントが音もなく翻り、足音さえ吸い込まれるように消えていく。

 まるで影が壁を這い、都市の隙間へ染み込んでいくようだった。


 影鬼たちは、各地の取引所に潜り込んでいった。


 魔王市場の裏にある、影の投資家たちの会合。

 そこでは、魔王たちが資産運用について議論していた。


「Kの市場評価が下がっている。このまま投資を続けるのはリスクが高いな」


「ゼグラント派の魔王たちも攻撃を準備しているようだ」


 そこに、影鬼が静かに情報を流す。


「しかし、Kの拠点を攻撃すれば、市場価値が暴落するという噂もある」


「投資家たちは、市場の安定性を最も重視する。

もし戦闘が長引き、Kの拠点が陥落しない場合、逆にゼグラント側の評価が下がる可能性がある」


「ゼグラント側の市場価値が不安定になれば、大規模な資本流出が発生するかもしれない……」

 

 情報を流しても、市場は沈黙したままだった。数値は一切動かず、時間が凍りついたように。


「……踊らないか」


 作戦室で沈黙を見つめるKが、低く呟いた。

 セリアがスクリーンから目を離さずに言う。


「……息苦しいほど静かね。情報が、閉じ込められてる」


 数時間後、ようやく火種が落ちた。


 その夜、匿名の情報掲示板に投稿が現れる。


 ――『Kの拠点を攻撃すると、市場が暴落するらしい』


 最初に揺れたのは、小規模な取引所だった。

 わずかな売却が数字にうねりを生み、それを見た情報通の投資家たちが――『何かが起きている』と察知する。

 噂は、静かに、しかし確実に広がり始めた。


 噂は、静かに、しかし確実に広がり始めた。


 投資家たちの間で、次第に疑問が生じ始めた。


 

「本当にKの拠点を攻撃するべきなのか?」

 

「もし市場評価が暴落すれば、ゼグラント派の魔王たちの資産にも影響が及ぶ……」

 

「ゼグラント側の市場操作は強力だが、それでもKはしぶとい」

 

 市場に動揺が走る。


 ゼグラント派の魔王たちが、Kの拠点へ進軍しようとしていた。

 だが――。

 

「待て。状況が変わった」

 

「投資家たちの一部が、ゼグラント側の市場評価の低下を懸念している」

 

「攻撃を続けることで、逆に市場が混乱する可能性がある……」

 

「どうする? 攻撃を続行するか?」

 

「……少し様子を見る」

 

 市場心理が影響を与えたことで、戦場の進軍が鈍った。

 Kは、魔法スクリーンを見ながら小さく笑った。

 だがその目は、次の一手を見据えていた。

 

「……上々だ。影鬼の仕事は」



✦✦✦《ルールを書き換える者》✦✦✦


 作戦室でスクリーンを見ていたセリアが、静かに口を開いた。


「ゼグラントのやり方を真似しているだけね」


 Kは彼女を一瞥する。処分寸前の自分を拾い上げ、

 “感情”ではなく“判断”を教えてくれた――だからこそ、その言葉には、いつも一瞬の迷いが生まれる。


「だが、それだけでは不十分よ」


「ゼグラントは市場操作のプロ。 単に情報を流すだけでは、いずれ対策されるわ」


 Kは頷いた。


「分かっている」


「だからこそ、市場のルールそのものを変える必要がある」


 セリアが眉を上げる。


「……あなたは本当に、召喚制度を壊すためだけに動いてるの?」


 その声には、かすかな迷いがあった。


「……あのときと、今のあなたは……少し違って見える」


 Kはわずかに目を伏せる。

 静かだった。だがその沈黙が、何より雄弁だった。


「……勝たなきゃいけないんだ。それが、俺に残された最後のやり方だ」


 Kは静かに言った。だがその目は、静かすぎた。


「損得しか知らねぇ豚が、命の重さなんざ語るな」


 机の端に拳を叩きつける。パキ、と乾いた音。木材がわずかに裂けた。


 その衝撃で書類の束が一枚、ふわりと宙に舞った。

 赤いスクリーンの光がその紙を照らし、床に落ちるまでのわずかな間、空間が静止したように見えた。


「屑どもが一匹残らず市場に群れて、何が判断だ」


 スクリーンに映る市場の数字を見下ろすようにして吐き捨てる。


「くそっ、生ゴミが。燃えるゴミを出すのはおとといだろうが……」


 その声に、静かな熱が宿り始めていた。怒りではない――嫌悪だ。


「ゼグラント? 玩具がしゃべるな」


 さらに一段、低く呟く。


「腐った市場に群がる蠅どもが……群れて動くことでしか自分を守れない連中が……」


 スクリーンの赤い光に照らされながら、Kは最後に一言、噛みつくように言い放つ。


「……拾われてたまるかよ。誰にも」


 沈黙が落ちた。


 いつもなら瞬時に動き出す影鬼たちも、このときばかりは動きを止めていた。

 目配せすらなく、空気が凍りついていた。


 セリアは、スクリーンを見たまま、しばらく口を開かなかった。

 まるで言葉を探すように、ゆっくりと息を吐く。


「……Kらしくないわね。こんなに話すなんて」


 Kは一瞬だけ目を伏せ、そして再び顔を上げる。もう、平静を取り戻していた。


「……たまにはな」


 数秒の間を置き、Kはスクリーンに目を戻す。


「……少し喋りすぎたな。舌も疲れる」


 それは反省ではない。ただの観察。

 感情を分析し、捨て去る戦略家の目だった。


 影鬼たちは、再び音もなく戦場へと溶けていった。


 ここからが本番だ――数字は市場を動かし、意志が戦況を決める。


 Kは手元の書類に、無言で印を走らせた。


 そして、誰にも届かぬように――ほとんど息のような声で呟いた。


「……誰かに拾われたかったのは、きっと俺のほうだ」


 

 そのとき、中央取引所の奥―― 。

 誰にも知られぬ“旧召喚権管理室”に、古びた契約書がひとりでにページをめくった。







 【次回予告 by セリア】

「勝つための手は、時に“正しさ”から遠ざかるのよね」


「戦場に響くのは剣じゃない、スクリーンの脈動と数字の叫び。

Kの影鬼たちは市場を乱し、ゼグラントの防壁を突き崩そうとしてるけど……向こうも“読んでる”わ。

まるで、情報という名の刃で互いの胸元を探り合ってるみたい」


次回《市場を制す者、戦場を制す》

――《支配と制御、その違いが問われるとき》


「Kはね、自分が“揺れてる”って、まだ気づいてないのよ。だから……止まれないの」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ