#9−14:俺が、市場だ
✦✦✦ 《影鬼の逆転戦略》 ✦✦✦
魔王市場の夜は、不気味なほど静まり返っていた。
だが、その沈黙の奥には、確かに何かが――崩れ始めている音があった。
Kの拠点では、魔導スクリーンが市場の揺らぎを映し出している。
【魔王市場速報】
――Kの時価総額:6.5兆魔晶【小↓】
――影鬼市場の評価:不安定(Bランク)⬇
――投資家の不信感:拡大中【小↓】
Kは椅子にもたれ、じっとスクリーンに映る数字を追い続けていた。
「ゼグラント……やはり仕掛けてきたか」
Kはスクリーンを見つめ、数字の意味を噛み締めた。
「だが、この揺らぎも、俺にとっては新たな秩序の始まりだ」
エリシアが冷笑を浮かべる。
「影鬼が暴走してるって噂、跳ね回ってるわよ? しかもK様が裏市場と手を組んでるって。
もうおとぎ話みたいな脚本ね」
エリシアが口元を吊り上げて笑いながら皮肉をこぼす。
一方で、アルカナの声は冷たく、感情の波をまったく含んでいなかった。
「ゼグラントの狙いは明確です。噂の流布タイミング、拡散範囲、投資家心理の傾斜から見ても、信用切り崩しに特化した動きと判断されます」
「拡散タイミング、投資家心理の傾き……統計的に見て、意図的操作と断定して差し支えありません」
Kは目を細めた。
事実かどうかじゃない。“そう信じさせる物語”があるかどうかだ。
Kはスクリーンの数字を見つめ、口元をゆるめた。
答えは一つ――この混乱を、物語に変えるだけだ。
「この混乱に、俺の名前でページを開く。召喚制度を終わらせる、始まりの一文を書こう」
✦✦✦ 《影鬼の仮面 》✦✦✦
Kは影鬼たちに低く告げた。
「市場に出ろ。ただし、争うな」
「姿は見せるな。情報を拾い、投資家が“偶然見つけた”と思えるように動け」
影鬼たちは静かに頷き、影の中へと消えていく。
Kの狙いは明確だった。
影鬼は「市場の目」。
投資家たちが“見張られている”と錯覚するだけで、疑念は秩序に変わる。
ゼグラントが仕掛けたのは、影鬼の市場価値を貶める情報操作だった。
しかし、Kはその情報を"意図的に"利用し、戦術を組み立てていた。
“混乱を、秩序に見せかける”こと。
影鬼は混沌の象徴ではなく、“市場の秩序”そのものにすり替える駒だった。
影鬼たちは市場の裏側に沈み、ゼグラント派が残した不正の“痕”を、静かに拾い上げていった。
【魔王市場速報】
――ゼグラント派閥の不正取引が発覚!
――影鬼が市場の監視役として機能?
――Kの市場評価:6.5兆魔晶 → 7.8兆魔晶(+20%)⬆
エリシアが満足げに笑う。
「皮肉ね……かつては“災厄”と呼ばれた影が、今や“秩序の証”だなんて」
だが、全てが順調というわけではなかった。
影鬼の行動記録の一部が、魔導情報網を通じて広まった。
「監視されている」と感じた投資家たちは、恐怖を募らせながらその記録を仲間内の魔導通信に回し始めた。
「Kの影鬼が市場の隅々まで“見ている”。……そうでもしなきゃ、制度そのものは崩れない」
市場に再びざわめきが広がった。監視と支配の境界が、誰にも見えなくなっていた。
Kはスクリーンを見つめたまま、わずかに眉をひそめた。
「……やりすぎたかもしれないな。……でも、もう止められない」
その声は、誰の耳にも届くことなく、影に沈んでいく。
「監視されている」という恐怖が、“ならば秩序がある”という安心感へと裏返った――それがKの狙いだった。
自嘲のように吐き出した言葉は、返答もなく、ただ空間に沈んだ。
……けれどそれでも、止めるつもりはなかった。
皮肉にも、その騒動が「影鬼は市場に実在する」という証を刻んだ。
混乱すら、秩序の布石に変わったのだ。
アルカナも静かに頷いた。
「ゼグラントの計画が、逆にKの市場評価を押し上げたわ」
Kは静かに口を開いた。
「影鬼は、不正を見抜く“目”だ」
Kは短く言い切った。
「……混乱を起こす影じゃない。秩序の根だ。そう信じさせる、それだけでいい」
「市場の監視者としての役割を明確に示せば、ゼグラントの操作は自らの価値を崩す刃となる」
魔王市場の取引所では、新たな噂が流れ始めた。
「影鬼は市場のバランスを維持している……?」
「ゼグラント派の資金操作を暴いたのも、Kの影鬼らしい」
「ゼグラント……やりすぎたか?」
【魔王市場速報】
――ゼグラントの市場支配力:低下【小↓】
――影鬼市場の適正:安定(Aランクへ上昇)⬆
――投資家のKへの信頼度:増加【中↑】
ゼグラントの拠点では、側近たちが慌ただしく報告を繰り返していた。
「Kの市場評価が急速に回復しています!」
「……投資家ども、影鬼を味方と思い始めたみたいです」
ゼグラントは椅子に深く腰掛け、静かにグラスを傾けた。
「Kの影鬼は、本来なら市場を蝕む毒だった。だがあいつは……その毒を、治す薬に仕立てたのか」
ゼグラントは眉をひそめ、手元のグラスを一度、強くテーブルに置いた。
「市場は操作されるもの。だが、操作する者が狂人なら、その市場は何に変わる?」
ゼグラントは静かに立ち上がり、夜の市場を見下ろす。
「K、お前は市場を創る側に回ったと言ったな……。
ならば、お前が作る市場は、“正義”か、“新たな支配の怪物”か……?」
彼は苦笑し、立ち上がると窓の外を見つめた。
ゼグラントは低く呟いた。
「市場は操作できる。大事なのは“真実”じゃない……“誰が物語を支配するか”だ」
そして静かに、次の手を構想し始める。
✦✦✦ 《市場は誰のものか 》✦✦✦
沈黙。
Kは魔導スクリーンを見つめていた。
情報が更新されるたび、光の波が静かに揺らめく。
市場は影鬼を受け入れ始めた。いや――影鬼が市場になろうとしている。
今や影鬼という“新たな秩序の象徴”を軸に動き出していた。
「市場のルールは固定されたものではない。
影鬼の存在を市場の秩序として認識させることで、新たな支配の形を生み出す」
Kはふと、思考の渦から抜け出すように呟いた。
「……難しく考えすぎだ。誰かがそうだと言えばそうなる」
影鬼が秩序に見えた瞬間、それが新しい“かたち”になるんだ、きっとな。
Kは立ち上がり、スクリーンに映る市場の混乱を見据えた。
「影鬼は恐怖じゃない。
この世界の“秩序”そのものが、監視と透明性で作られるなら、影鬼はその“証明”だ」
Kの背後、魔導スクリーンの光が揺らめく。
映し出された市場のグリッドが、幾何学模様のように光を刻む。
その中に、黒い影が点在し、まるで血管のように市場全体に広がっていた。
透明な魔導ガラスに映るその姿は、K自身が“市場の中枢”に接続されたかのようだった。
……誰かが見てるってだけで、秩序って成り立つもんだ。だったら影鬼は、その証拠でいい。
Kの打ち手は、ただひとつ。
「影鬼=透明性」
“支配”ではなく、“見られている”ことで保たれる市場の秩序。
ゼグラントの支配力は、その視線に晒された。
「影鬼が見てる。……それだけで、妙に市場が静かに感じる」
誰もが気配を殺して歩いているような……そんな静けさだ。
エリシアが微笑む。
「つまり、Kが魔王市場の“影”になる、ということね」
Kは頷いた。
「もう俺は、支配される側じゃない。
ルールを書く者、“創る側”に立っている」
影が一斉に動いた。
闇の中から、無数の影鬼が市場へと飛び出す。
取引所、密輸ルート、裏金の流れ――すべての場所に彼らの影が忍び込む。
市場全体が、影の吐息に包まれる。
市場は、新たな支配の形を迎えようとしていた。
翌日。
魔王市場の取引所では、新たな噂が流れていた。
「影鬼は市場の秩序を守る者だ」
「Kが目指しているのは支配じゃない……市場を守り、最適化することだ」
「ゼグラントの市場操作は、影鬼によって監視されている」
【魔王市場速報】
――Kの時価総額:7.8兆魔晶 → 9.5兆魔晶【中↑】
――影鬼の市場評価:Sランクに到達!
――ゼグラントの市場影響力:崩壊寸前【中↓】
Kは微かに笑みを浮かべた。
「市場は……変わる」
支配ではなく、信頼で動く世界へ。
そう、もうあの時代には戻らない。
そして影鬼たちを見送りながら、少し間をおいて続けた。
信じたくなる価値――Kはその“兆し”を市場に描こうとしていた。
それが虚構でも、信じる者がいれば意味になる。
……そう、たったそれだけのことで。
Kは静かに立ち上がった。
奪うでも、壊すでもない。
市場を使って、“形そのもの”を書き換える。
それが、Kの戦い方だった。
そして、静かに呟く。
「市場を創るのは俺だ――でも、その価値を決めるのは、誰かの信じる目だ」
市場は、影鬼を拒絶しなかった。
それはつまり――この世界が、新たな支配の形を受け入れたということだった。
✦✦✦ 《四将、再集結》 ✦✦✦
その瞬間だった。
Kの足元に流れていた影が、突如として逆巻き、音もなく集まり始めた。
影が交差し、重なり、中心へと絞られていく――。
やがて、影が四つに裂ける。
地面に広がっていた影が、螺旋を描くように集束し、
やがて四つの柱のように立ち上がる――それは光を拒む黒の彫刻だった。
空気が張り詰め、床には自然と霜が浮かぶ。
静寂の中、影の柱が裂け、その中から――四将が現れる。
そこに現れたのは、Kの“影の側面”――四将たち。
すずがゆっくりと現れ、柔らかく微笑む。
「……あたし、今度は離れませんから」
その言葉の直後、すずは一瞬、目を泳がせた。
言ってしまった、という表情で視線をそらす。
……ビジネスパートナー。うん、それでいい。それが建前のはず、だったのに。
――なのに、なんでこんなに胸が痛くなるの。
考えるほど、Kの顔がチラついて、息が詰まる。
だからダメなんだってば、あたし。
市場の裏で奔走していた日々。
その全てが、Kの横に戻るためだった。
胸の内は言葉にしない。けれど想いは、滲んでいた。
ユリエルが巻物を掲げ、低く告げる。
「K様の紋章、完成しました。情報と真理、理論すべてがK様を指してます」
巻物を差し出す指先が、わずかに震えていた。
……この紋章のデータを解析するたび、脳が焼けそうになる。K様の痕跡。記憶。呼吸。残響――。
その全てが、神を超えた“存在そのもの”の証明。
真理を追う彼女にとって、Kの存在こそが最大の定数。
痕跡を追い、理論を編み、ようやく答えに辿り着いた。
「K様の匂い……ああ、尊い」
すずは、目を細めていった。
「ユリエルってほんと、残念美人」
ユリエルはすずの声などお構いなしだった。
以前Kから奪取したKの汗を拭いたハンカチを取り出し匂いを嗅ぎ恍惚としだす。
Kはそれを見て、微かに顔をしかめた。だが、咎めることもない。
……もう慣れた。いちいち否定しても、意味はないのだ。
「……それも、計算の内か」
ああして執着してる限り、ユリエルは俺を見誤らない。
すずは、ユリエルの姿に軽く眉をひそめた――が、すぐに視線をそらした。
……いいなぁ、って……何考えてんのあたし!?
あんなの変態だってわかってる。でも……でも……。
あたしだって、K様と……ち、チューくらい、してみたいよ……。
思ってしまった瞬間、全身が熱くなった。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
「~~~ッ、だめだってばあたしぃ……!」
影の中で一人、すずはジタバタと足をばたつかせた。
一呼吸はいると、カゲコが恭しく跪く。
「影の神が、王座に還られた。祝福と契約を」
その瞳に宿るのは、盲信を超えた確信。
“神の子をこの身に”という夢想は、もはや宗教を超えた宿命だった。
そして最後に、セルバスが一歩前へ出る。
「……命令を、待つ」
任務に徹し、沈黙を守っていた男が、何も語らず膝をつく。
それだけで十分だった。Kの剣として、ただそこに在る――それが誇りだ。
……すずにユリエルにカゲコ。相変わらずの暴走ぶりだな。
「まったくお前ら、K様の前だぞ……」
ため息をつくセルバス。だが、それでも俺は、K様の剣である。
エリシアが遠巻きに肩をすくめた。
「……あなた、ほんとに四将全部呼び戻すとはね。K、あなたの本気、ちょっとゾッとするわ」
一瞬の沈黙。
Kは、彼らを見つめて――ただ一言、静かに呟いた。
「選んだのは、お前たちだろ」
四将は、同時に跪く。
その額から、Kの足元へと黒い紋が刻まれていく。
それは、かつて“従属”の証だったはずのものが、今や“意志と選択”の刻印となっていた。
Kは静かに目を閉じた。
「……これからは、俺たちのかたちで、描いていく」
背後で揺れる魔導光が、Kの足元に長く影を伸ばしていた。
跪く四将の影と交差し、まるで一つの紋章のように床を染める。
その中央に、Kだけが立っている。
けれど――この秩序も、あの制度を終わらせるための通過点にすぎない。
こうして、市場支配の戦いは新たな段階へと突入した。
Kは、跪く四将を静かに見下ろし、ただ一歩、前に出た。
――迷いはない。だが、この道の先にあるものは、まだ誰も知らない。
「……次は、もっと深く潜るぞ」
誰も返事をしなかった。
ただ、影が――静かに震えた。
【次回予告 by セリア】
「混乱って、厄介よね。
でもその中で“静かに立つ者”こそが、本物の支配者なのよ」
「揺れる秩序と、逆転の一手」
次回《混乱を統べる者》、『崩れる支配、立ち上がる影』。
恐怖と噂の渦中で、“信じたい秩序”が誰の手にあるかが問われるわ。
「セリアの小言? そうね……“混乱に強い”ってだけじゃ駄目なの。
“混乱を利用して立つ者”こそ、本当に世界を動かす力になるのよ」




