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#9−13:揺れる真実



✦✦✦《魔王市場・ゼグラントの本拠地》 ✦✦✦


 魔王市場の中心にそびえる黒耀の塔。


 漆黒の魔素を吸い込むように、塔の表面は光を拒絶し、空に向かって刃のように突き立っている。

 その周囲では、市場の魔晶の気流が螺旋を描き、時折、塔の影が揺らめいては街を覆っていた。

 

 市場の脈動を見下ろす最上階で、ゼグラントは静かに考えを巡らせていた。


 巨大な魔導スクリーンには、リアルタイムの市場データが流れている。

 ゼグラントの支配は依然として強固だが、その足元には わずかな亀裂 が生じ始めていた。


 【魔王市場速報】

 ――Kの時価総額:7.2兆魔晶(評価S)【↑】

 ――ゼグラント派の市場支配力:低下【小↓】

 ――影鬼の影響力:市場全域へ拡大


 ゼグラントはグラスの中の琥珀色の液体を静かに揺らしながら、スクリーンを睨む。

 その横に立つのは、彼の腹心であり 情報戦の専門家 であるマーキス・カリオン。


 カリオンは冷静な声で報告する。


「Kの影鬼が、予想以上のスピードで市場に広がっています。

あたかも“静かに浸透する監視者”のように見えるんです」

「投資家たちは、影鬼を “恐怖の象徴” ではなく、“市場管理者” として受け入れ始めています」


 ゼグラントはグラスを傾け、淡々と呟いた。


「市場が影鬼の価値を認めたということか。それなら、こちらも利用させてもらおう」

「Kの影鬼が市場で受け入れられ始めたのは、投資家たちが“あれなら管理できる”と考えているからだ」


 カリオンが頷きながら補足する。


「では、影鬼が制御不能であるという疑念を市場に広めたらどうなるでしょうか?」


 ゼグラントは薄く笑いながら答えた。


「市場は噂に敏感だ。不確実性が広がれば……いや、考えるまでもない。

資金は一気に引き揚げられる」


 ゼグラントは静かに指を鳴らした。


【魔王市場速報】

 ――影鬼市場の評価:不安定【小↓】

 ――投資家の影市場の投資率:減少【小↓】

 ――Kの市場信頼指数:下降トレンド【↓】


「影鬼がKの制御を離れ、暴走し始めたという噂を市場に広めろ」


 カリオンは即座に応じた。


「……もう一つ手を打ちましょうか。

影鬼が闇市場の魔王たちと繋がっている、そんな情報を市場に流せば、Kの信頼も揺らぎますよ」


 ゼグラントは冷ややかに微笑む。


「Kの影鬼を“制御不能なリスク”に見せかけろ」

「不安に弱い市場心理を突けば……Kの信頼なんて、簡単に揺らぐ」

 

 ゼグラントは、その揺らぎがKの逆手になる可能性すら承知していた。

 だが、仕掛ける価値はある――それが“市場の戦術”というものだ。


 ゼグラントは静かに命じた。


「今すぐに、情報を拡散しろ」


 その夜、市場に“ささやき”が広がった。

 

「影鬼、制御不能らしい……」

「Kが制御しているつもりでも、影って本質的に不安定なんじゃ……?」

「もし暴走したら、ただじゃ済まない……“魔王市場そのもの”が影に呑まれるかもしれない」


 さらに、新たな情報が拡散される。


 “闇市場”――監視も規制も届かない、魔王たちだけの取引圏。そこにKが関わってるって噂が流れた。

 秩序の届かない闇市場の関係者が、市場を支配するのはリスクが大きすぎる――そう考える者も現れ始めた。

 

「もしかすると、K自身が闇市場の尖兵かもしれない……?」


【魔王市場速報】

 ――Kの時価総額:大きく低下【小↓】

 ――投資家の影鬼市場投資率:目立った減少【中↓】

 ――ゼグラント派の市場支配力:やや回復傾向【小↑】


 ゼグラントが再び優位に立ち始めた。まだ決定的ではないが、兆候は確かにそこにあった。


 市場全体がざわめく。


「……Kの影鬼に投資を続けるべきなのか?」

「影鬼が暴走するなら、市場そのものが崩壊するかもしれない……」

「闇市場との繋がりが本当なら……Kは 市場秩序の敵 なのか?」



✦✦✦《Kの反撃》 ✦✦✦


 一方、Kは市場の動向を見つめながら、冷静に状況を分析していた。


 静かな監視室。

 照明は最小限、天井から落ちる冷たい魔光が、磨き上げられた黒曜石の床を鈍く照らしていた。

 空気はまるで静止しているかのように重く、緊張の膜が空間全体に張り詰めている。


 Kは小さな魔導端末を片手に、壁際の椅子に静かに腰を下ろしていた。

 スクリーンには、複数の市場映像がモザイク状に並び、次々と切り替わっていく。

 各地の“影鬼”たちの動き、投資家心理、数字の揺れ。

 それらすべてを、Kはまるで呼吸するように把握していた。


 反対の手には、食べかけのバナナ。


 皮を折り畳み、足元のゴミ箱へ放る――が、わずかに外れた。

 バナナの皮は床に滑り落ち、音もなく止まる。


 ほどなくして、監視室の扉が静かに開く。

 派手な刺繍のローブに、太った体を揺らしながら、ひとりの情報ブローカーが入ってきた。


 「K様、例の件ですが――」


 男は話しながら床を踏みしめ、皮に気づかぬまま一歩を滑らせた。


 「……っ!?」


 つるり、と濡れた音。

 その巨体が仰向けに倒れかけた、その瞬間――


 Kは椅子を静かに離れ、

 床を滑るように背後へと回り込んでいた。


 音はなかった。空間すら、彼の動きに抵抗を示さない。


 膝が鋭く跳ね上がる。弾丸のように。

 鈍く、乾いた音。

 男の首が不自然に折れ曲がり、巨体が床に沈んだ。即死だった。


 Kは無言でしゃがみこみ、床に転がっていたバナナの皮を拾い上げた。

 ひとつ息を吐いてゴミ箱に捨て、ぽつりと呟く。


 「……俺も、バナナは好きなんだけどな。聞こえてないだろうがな」


 彼の視線は、すでに次の映像データに移っていた。

 死体にも、言葉にも、もはや関心はなかった。


 沈黙の中、影の中へと死体は静かに沈んでいった。


 一呼吸だけ置く。


 Kは、虚空に浮かぶ立体魔導スクリーンに視線を向ける。

 赤と紫のマーケットチャートが複雑に脈打ち、

 影鬼のアイコンが各セクターに静かに浸透している様が映し出されていた。


 その目は冷たく光り、まるで未来を計算するように、無音の怒りを宿していた。



 ――影鬼が暴走? 闇市場と繋がってる?  ……バカな。


 アルカナがスクリーンを睨みながら呟く。


「情報操作、か……便利な武器よね。でも、それが最後には自分を刺すこともある」


 エリシアが不敵に笑う。


「つまり、ゼグラントは影鬼の力を“真の秩序”と見て、喉元に刃を突きつけられた気分なのよ」

「……だから慌てて、毒を甘く見せる情報を混ぜ始めたってわけ」


 Kはゆっくりと視線を上げ、静かに言った。


「噂が広まるなら、そのまま 利用する」


 アルカナが眉をひそめる。


「利用する?」


 Kは軽く微笑み、影鬼に指示を出した。


「あえて見せろ。市場に、影鬼の姿を晒せ。真実を混ぜれば、噂は自滅する」

「闇市場の取引記録を、一部だけでいい。偶然のように見せて流せ」

「暴走じゃない。“秩序を守る者”としての姿を見せるだけだ」


 Kはアルカナとエリシアに視線を送った。言葉には出さずとも、その目には確かな意志が宿っていた――「任せた」と。


 エリシアは微笑を浮かべた。その笑みは冷ややかで優雅……だが、ほんの一瞬だけ、恋人を見るような熱を帯びていた。

 

「……まったく。あなたはそうやって、簡単に私の心を掻き乱すのね」


 言葉の熱を押し隠すように、エリシアはそっと目を伏せた。

 まばたきひとつ。影の女王としての仮面が、再び静かに戻る。


 エリシアの目が輝く。

 

「……なるほど。ゼグラントが“影鬼は制御不能”だと信じ込ませたいなら、

“真実”を少しだけ混ぜてやればいいわ」


 アルカナは無言のまま頷いた。その瞳は、ただまっすぐにKの命を受け止めていた。

 

「“暴走”ではなく、“調査中のリスク”という誤解にすり替える……それが狙いなのね」


 Kは静かに言った。


「投資家たちは、市場の実態よりも“信じたいもの”に投資する傾向がある。

だから、噂という武器は強い」

「ゼグラントが排除を仕掛けてくるなら……俺は壊す。この制度ごと、書き換えてやる」

「そして、新しい仕組みに書き換える」

 

 しかし、翌日――市場には予想外の動きが生まれていた。


「Kの影鬼は闇市場の不正を暴いているらしい……。

あれは暴走じゃなく、“秩序を守る動き”だったのかもしれない」

「もしかすると、Kは 市場の秩序を守る側 なのでは……?」

「ゼグラントの情報操作自体が 疑わしい……?」


【魔王市場速報】

 ――ゼグラント派の影響力:再び低下【小↓】

 ――Kの市場信頼指数:回復【小↑】


 Kは、笑ったというより、ほんのわずかに“口角が揺れた”。

 薄く張り詰めた魔力の空間が、その一瞬だけ、わずかに揺らいだ。

 まるで彼の意思に応じるかのように、影鬼たちが壁の影からゆっくりと姿を現し、再び沈んだ。

 

 指先が机に触れる、その“感触”さえ、次の展開を確かめるようだった。


「市場を動かすのは、“真実”じゃない。

“信じたい情報”……それを操る者が、支配者になってしまう。

……少なくとも、この世界では、な」

「だからこそ、情報を制する者がこの市場を支配する」


 影鬼が静かに動き出す。


 ゼグラントの策謀は、Kの影鬼を“市場の守護者”として投資家たちに認識させ、

 結果的にKの支配力をさらに高めることになった。


 Kは、ふと窓の外に視線を送った。

 黒耀の塔の影が、ゆっくりと市場の全域に伸びていくのが見える。


「……まだ始まったばかりだ」


 その呟きは誰にも届かず、ただ静かに闇へ溶けていった。


 ――そして、その頃。

 ゼグラントのもとには、“もう一つの予測不能な動き”が、密かに届きつつあった。







 【次回予告 by セリア】

「“真実”なんて、結局は“誰かが信じた姿”のこと。

信じたものが、秩序になる……なんて、皮肉よね」


「再定義される“支配”と、“影鬼”の進化」

次回《俺が、市場だ》、『影が書き換える秩序』。

情報を制するのは誰か? 信頼を生むのは、力か、透明性か――

市場の姿が“神話”に変わるとき、ルールすら物語になるのよ。


「セリアの小言? そうね……“支配したい”なら、まず“拒まれる覚悟”を持つことね。

抱かれるより、拒まれてなお残る声こそ、本当の価値を持つのよ」



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