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#9−12:支配者の資格



✦✦✦ 《資格を問う時》 ✦✦✦


 魔王取引所の最上階。

 特別会議室の奥で、二人の魔王が向かい合う。


 特別会議室は静寂のなかに冷たい緊張を孕んでいた。黒曜石の床に映るのは、天井を這う魔導燈の青い光。

 四方の壁には魔導スクリーンが淡く波打ち、情報が“呼吸するように”流れている。


 ゼグラントとK。


 壁際に並ぶ魔導スクリーンが、市場のリアルタイムデータを映し出していた。

 巨大な魔法掲示板には、最新の市場評価が刻まれる。


【魔王市場速報】

 ――Kの時価総額:7.2兆魔晶(評価S)

 ――ゼグラントの市場支配力:低下【中↓】

 ――影鬼の影響力:市場全域に拡大


 ゼグラントはグラスを揺らしながら、穏やかな声で言った。


「ようこそ、K」


 Kは黙って睨み返す。

 ゼグラントは微笑んだ。

 

「お前の影鬼、市場で話題になっているな」


 グラスの氷がカランと音を立てる。


「だが、市場の王は“信用”を支配する者だ」


「その“信用”さえ崩せば、お前の王座は保てない」


 Kは、淡々と断じた。


 ゼグラントは静かに笑った。


「……ほう。構造そのものに手を出すとはな。

つくづく厄介な男だ、お前は」


 Kはゼグラントを見下ろした。

 一瞬の沈黙。空気が張りつめる。


 ゼグラントとKは、最初から交わるはずのない軌道を歩いている。

 それは対話ではなく、衝突しか生まない距離だった。


 ゼグラントが語る“支配”の論理は、表向きには整っていた。

 ……だがKは、すでにその理屈に息苦しさを感じていた。

 

 “支配”と“安心”をすり替え、市場を鎖で縛った男。

 それを「価値」と呼ぶなら、その価値はもう賞味期限切れだ。


「お前の“秩序”は幻想だ。その正体は、恐れにすがった支配だ」


 ゼグラントは眉一つ動かさない。

 

「違うな。俺が築いたのは“支配”だ」

「市場は自由じゃない。価値を管理し、信頼を“見せかけでもいいから”保てる奴が王になる」


 ゼグラントは笑う。


「つまり、市場はコントロールできる」

「……まあ、理想だけで経済が回るなら、魔王なんて要らんのだがな」


 ゼグラントは一泊おく。


 「口で変革を語る者は多い。……だが、お前ほど“やってのける顔”をしてる奴は珍しい」



 Kは静かに言った。


「ならば、その信頼を根本から揺るがせばいい」


 ゼグラントの指がグラスを滑る。


「ほう……どうやって?」


 Kは口角をわずかに上げた。


 影鬼は、ただの戦力じゃない。

 市場に潜む“取引の歪み”や“改ざんの痕跡”を見抜く、監視の目だ。


 ゼグラントの瞳が鋭くなる。

 

「俺の市場支配の“秘密”を暴くつもりか?」


 Kは口元に笑みを浮かべた。

 

「お前が握る価値が、正当な取引の上に成り立っているのか──市場の者たちは、

それを知りたがっている」


 ゼグラントは無言でグラスを傾けた。

 そして、低く笑う。


「面白いな。だが、それはお前にとってもリスクだぞ」


「どういう意味だ?」


「市場は水と同じだ。何かを壊せば、すぐに全体の形が変わる。

不正を暴けば、逆に市場全体に不安が広がる危険もある」


 ゼグラントはグラスを回しながら、わずかに身を乗り出す。

 

「だが、投資家は混乱を嫌う。“影鬼”が恐怖をもたらすだけなら、資本は逃げるだろう」

「市場の未来を保証できなければ、資金は――必ず“安定”を求めて、別の場所へ流れる」


 Kは黙る。


 ゼグラントは薄く笑う。


「市場を塗り替えるなら、“新たな安定”を作らねばならん。

影鬼は恐怖を広げるが、それが市場の安定になる保証はどこにある?」



✦✦✦《市場を巡る最後の宣告》 ✦✦✦


 Kは目を閉じ、一呼吸おいた。

 

 部屋の空気が一瞬だけ、微かにざわめいた。スクリーンに走る魔力の軌道が、Kの背後で緩やかに脈動する。

 ゼグラントの支配する空間に、別の“意志”が混じり始めていた。


「確かに、お前の言う通りだ。市場は信用がなければ成り立たない」


 ゼグラントは満足げに頷く。

 

「理解が早いな」


 Kはゆっくりと目を開き、はっきりと告げる。

 

「だからこそ、影鬼を進化させる」


 Kの中にあったのは、もはや反逆ではなかった。

 それは“新しい時代”を築くという、確信だった。


 ゼグラントが目を細める。


「進化……?」


 Kは魔導スクリーンを指した。


【魔王市場速報】

 ――影鬼の評価:市場管理者(+60%)

 ――投資家の影鬼関連投資率:急上昇(+75%)

 ――ゼグラント派の信頼指数:低下(▲50%)


 Kは静かに言った。


「“監視役”となった影鬼は、もはやただの脅威ではない」

 

 投資家たちは、その目が信頼の保証になると考え始めている。

 

「これからは、市場を見守り、正しさを守る存在になる。“秩序”そのものとしてな」


 ゼグラントの支配は、“恐怖を制御する技術”だった。

 だが、Kの掲げるものは、“恐怖の先に希望を見せる力”だった。


 ゼグラントの表情がわずかに変わる。

 Kは視線を市場データへ向け、静かに続けた。

 

「投資家たちは気づき始めた。影鬼こそが市場の信頼を守る力になると」

「影鬼がいる市場こそが“信頼できる場所”だと、投資家たちは感じ始めている」


 ゼグラントの指が止まる。


「……お前、まさか……」


「……お前の市場ルール? そんなもの、俺の手で書き換える」


 Kはゆっくりと笑った。その瞬間、自身の内に“旧時代を終わらせる決意”が輪郭を帯びた。


 Kにとって、市場の覇権は目的ではない。

 ただ、召喚制度を壊すための、一枚目の布石にすぎなかった。


 ゼグラントは静かに立ち上がり、窓の外を指した。


「市場は“信用”でできている。でもそれは、ただの資金や利益の話じゃない」

「魔王たちの繋がり、投資家が抱く信頼感――そうした見えない絆こそが土台だ」

「お前の戦略は、それらを破壊し、基盤を揺るがそうとしている」


 Kは短く答えた。


「俺がやるのは破壊じゃない。再構築だ。

……恐れではなく、信じたくなる未来のために」


 ゼグラントは薄く笑う。


「ならば試してみるがいい」


 ゼグラントはグラスを傾けた。

 

「……だが、市場は、崩した者に優しくはない」


 Kは静かに言う。


「淘汰されるかどうかは、お前が決めることではない」


 ゼグラントは微笑む。


「ならば、これが最後の忠告だ」


 グラスを持ち上げ、静かに続ける。


「市場だけで、俺を倒せると思うなよ……K」


 ……だが、“本当に危険な者”は、負けることすら計算している。


 Kは立ち上がる。

 

 この言葉を口にする覚悟が、“あの敗北の自分”を切り離す――。

 

「ただ壊すだけでは、未来は生まれない。

“壊した先に何を創るか”――それに答えられる者だけが、支配者を名乗れる」

 

「……そして俺には、その資格があるかどうかさえ、まだ分からない」


 それでも、この足を止める理由にはならない。

 答えは歩いた先でしか得られないのだから。

 

 Kはわずかに眉を動かし、黙って歩き出した。

 

 ゼグラントの瞳が細まる。


 Kは背を向け、部屋を出た。


 Kの足音が、黒曜石の床に乾いた響きを刻む。

 ドアが閉まると、静寂だけが残った。

 その静けさの中で、魔導スクリーンに“影鬼市場”の評価が一度だけ点滅し、消える。


 それでも、世界は止まらない。

 ひとつの支配が幕を下ろし、別の問いが静かに歩き始める。

 ……本当の戦いは、そこから始まる。


 沈黙。


 その直後、ゼグラントはグラスを置いた。

 魔導スクリーンに目を落とし、評価の数値が消えた直後、指をひとつ弾いた。

 ……その瞬間、遠く別の取引所で、何かが静かに起動する。



 ――支配とは、世界を塗り替えた後の人の矜持

 無銘の言葉





 【次回予告 by セリア】

「“嘘か本当か”より、“信じたいかどうか”で世界が動く。

……だから怖いのよ、情報って」


「揺らぐ“支配者の信頼”と、“守護者の誤解”」

次回《揺れる真実》、『疑念の中の支配構造』。

“影鬼”が暴走か、それとも守護か――市場は真実より、物語を選ぶのよ。


「セリアの小言? そうね……信じられたいなら、まず疑われる覚悟をしなさい。

“強さ”じゃない、“耐える声”が最後に市場を動かすのよ」



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