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#9−11:市場が選ぶ王



✦✦✦《市場を揺るがす影鬼の台頭》 ✦✦✦


 魔王取引所の中央広場。

 無数の投資家や魔王たちが集まり、市場掲示板の異変に釘付けになっていた。


 巨大な魔導掲示板には、紫紺の光が脈打ち、浮かび上がる数値が目まぐるしく切り替わっていた。

 群衆は呼吸すら忘れたかのように、それを見上げる。

 頭上の空間には、魔晶の粒子が薄く舞い、重苦しい沈黙とざわめきの間を、淡く揺れていた。


 魔王たちの勢力ランキングが、信じられない速さで入れ替わっていた。

 その中で、Kの名前が異常な勢いで上昇し、掲示板の注目を一身に集めていた。


 【魔王市場速報】

 ――Kの影鬼市場価値:3.8兆魔晶 → 7.2兆魔晶【大↑】

 ―― 影鬼の評価:市場適正【大↑】

 ――投資家の信頼度:急上昇【中↑】


 アルカナが低く呟いた。

 

「魔晶って、ほんと皮肉よね……魔力を蓄えて流通する結晶。

それが通貨ってことは、結局“誰が魔力をどれだけ扱えるか”が、この市場の支配構造を決めてる」


 一方で、ゼグラント派閥の魔王たちの評価は軒並み下降している。


「なんだ……これは?」

「Kの評価が、ゼグラント派の魔王たちを一気に追い抜いてる……!」


 掲示板の変動に反応し、魔王取引所の魔法通信端末が一斉に鳴り始める。

 投資家たちは、ざわめきながら取引を始めた。


「Kの銘柄、止まらず上昇してる! いま動かないと置いていかれる!」

「影鬼がまた伸びてる……これ、Kの戦略に乗せられてるってことか?」

「てか、ゼグラントの銘柄、最近重くない? なんか匂うんだよな……」


 市場の空気が、確実に変わりつつあった。


 市場の空気が、確かに変わり始めていた。

 Kの影鬼は、既存のルールを静かに押し流していく。


 ゼグラント派の魔王たちが、次々と 市場から姿を消していく。

 だが、それは偶然ではないと、市場の者たちは感じ始めていた。


 そしてその夜、中央市場の北端にて、ひとつの銘柄が“強制消失”の扱いとなった。


「……お前か」

「ああ。俺だ」

「もう決めたのか?」

「とっくに、な」

「そうか……」


 それだけのやりとりの後、音もなく気配が消えた。

 転送魔法の痕跡も、破壊の爪痕もない。

 そこに残されていたのは、開かれたままの銘柄票と、倒れた契約札。

 まるで、手続きを終える直前で“削除”されたかのようだった。


 ひとり、またひとり。

 魔王たちが、静かに市場から姿を消していく。


 ――翌日。


「……また一人、消えた?」

「本当に“失踪”……なのか?」


 誰も見ていない。誰も語らない。

 それでも、取引所の片隅で、淡く揺れる影だけが確かに残っていた。


小さな波が、静かに“次の戦場”へと広がり始めていた。


「ゼグラント派閥の魔王が連続していなくなるなんて……」

「影鬼の影が……市場全体に這い始めてる気がする」


 ゼグラント派というだけで、投資家に避けられ、信頼を一気に失う魔王も出てきた。

 

 その結果、投資家たちは ゼグラント派の魔王から資金を引き、Kへと投資し始めた。

 

【魔王市場速報】

 ――ゼグラント派投資家の撤退数:急増【大↑】

 ――市場の不安指数:上昇【中↑】


 取引所のホールでは、投資家たちが迷いながらも動き出していた。


「ゼグラントに資金を預けるのは、もうリスクが高すぎる……」

「Kの市場価値が急回復するなんて……これは“新たな支配者”の台頭ということか?」


 投資家たちの目線が、無言のままKの銘柄に集まる。

 市場の流れは、いつの間にか静かにKへと傾き始めていた。


 取引所の片隅で、Kは冷静に市場の流れを見つめていた。


「……市場は、恐怖と期待で動く」


 影鬼が支配者たちを次々に退け、投資家たちは“次のリーダー”を探し始めている。

 それは、ゼグラントの支配に対する 対抗勢力 として、Kの存在を市場に刻み込むものだった。


 エリシアが微笑む。

 

「投資家たちは、Kの影鬼を “市場を守る力” だと考え始めたわ」


 アルカナがデータを確認しながら頷く。

 

「市場で生き残るのは、強さよりも“信頼される者”よ。

Kは“怖れ”だけじゃなく、頼れる存在 になりつつある」


 Kはその言葉を、静かに受け止めた。

 信頼――その重みこそ、今の市場を動かす最大の通貨だった。

 

 Kは目を細めた。


「影鬼は、もう“恐怖の象徴”じゃない。混乱さえ飲み込んで、次の市場の土台になる」


 その目の奥には、わずかに揺れる迷いがあった。

 それでも彼は、感情を表に出すことを選ばなかった。


 ……だが、本当は分かっている。

 恐怖は使えば使うほど、人の中に根を張り、いつか己にも牙を剥く。


 Kは、ふと掲示板を見つめる視線を落とした。

 影鬼は使うほどに深く浸食する。それがいずれ自分すら蝕むことを、Kは誰より知っていた。


 それでもKは、顔色一つ変えずに言葉を続けた。



✦✦✦ 《覇権のゆくえ》 ✦✦✦

 

 魔王取引所の最上階。広大な窓の向こう、かすかに吹き荒れる風の音が響く。


 窓の向こうには、夜の帳が魔王市場を包み込み、

 その中心で掲示板の光が巨大な魔眼のように脈動していた。

 下界のざわめきは届かないはずなのに、その“眼”が、自分を静かに見返している気がした。

 

 ゼグラントの支配するオフィスには、妙な静寂が漂っていた。

 そこにいる者たちは、言葉を飲み込み、彼の一言を待っていた。


 側近が緊張した表情で報告を上げる。

 

「……Kの市場価値が急回復しました」

「投資家たちが、Kを“市場の抑止力” として認識し始めています」


 ゼグラントは無言のまま、巨大な窓の外を見つめた。


 眼下には、動揺する魔王市場の風景が広がっている。

 自身の名が掲げられたこの市場で、支配されることに怯え始めた魔王たちの姿が揺れていた。


 Kは、どこまでを見通しているのか――そう思わずにはいられなかった。

 ただの攪乱ではない。支配の構造そのものを揺るがそうとする意図が透けて見える。


 市場を揺らしているのは情報でも力でもない。

 それを読み、仕掛け、動かす者の意思だ。Kは、その本質に手をかけている。


「影鬼の影響で市場がここまで揺らぐとは」


 彼は静かに息を吐き、冷ややかに笑った。


「興味深いな、K。しかし、お前は市場の本当の恐ろしさを知っているのか?」


 ゼグラントの目が鋭く光る。


「市場はただ混乱で動くものじゃない。

本当の支配者とは――その混乱に新しいルールを作る者のことだ」

「だが市場は、ただ従う者のためにあるんじゃない。

支配するのは、“ルールを作る者”だ。そしてルールとは……強者の意志そのものだ」


 ――それを聞いたKは、静かに目を伏せた。

 

「……だから、お前は終わりだ」

 

 声の奥に、滲むような怒気が宿っていた。

 

「俺が――証明してやる」


 一瞬だけ、言葉の端がわずかに震えた――それをK自身が自覚するより早く、次の言葉が口をついて出た。

 

「市場のルールなんて、俺にとってはただの一枚目の壁に過ぎない」


 Kは、取引所の掲示板を見上げていた。


 巨大な掲示板の魔符が、Kの名前を中心に黄金の円弧を描いていた。

 その光は、まるでKを照らす“選定の輪”のように、静かに瞬いている。

 周囲の誰も気づかぬまま、Kの影鬼の銘柄だけが、不自然なほど滑らかに上昇曲線を描いていた。


 やがてKは、低く、はっきりと口を開いた。


「影鬼はもう、市場を脅かすだけの存在じゃない。

今や、市場を守る“信頼”の象徴にすらなりつつある」


 Kはふっと視線を掲示板から外した。まるで、次に目を向けるべきものを見定めるかのように。

 

「次に必要なのは……市場の覇権そのものを塗り替えることだ」


 投資家たちは“Kこそ次の王”だと囁き始めている――だが。


「……“市場の王”ね。勝手に言わせておけ」

「市場の王? そんな肩書きに興味はない」


「本当に壊したいのは、召喚制度――この世界を縛る根そのものだ」


 セリアがぽつりと呟いた。

 

「召喚制度って、外から魔力を引いて魔王を支配する契約構造よ。

表向きは魔法理論、でも実態は“誰が誰を使えるか”って力のシステム」

 

「市場は――ただの踏み石に過ぎない」


 Kにとって、市場はあくまで通過点だ。

 壊すことの先に見たい未来がある――召喚者が“自分の意思で生きられる”世界。

 それを築くためにこそ、破壊は必要だった。


 ……だが、その先に何があるのか――今は、まだ誰にも見えていない。

 K自身ですら、それを明確には言葉にできなかった。


 だが、それでいい。終わりを決めてから壊すような革命に意味はない。


 彼の歩みは、あくまで前を向いていた。

 

 ゼグラントの市場支配が揺らげば、彼に投資する者たちは必ず動く。

 その時、彼の影響力は急速に崩壊し、Kの支配する新たな市場が生まれる。


 セリアは書類をめくり、静かに言った。

「ゼグラントが崩れれば、市場は新しい支配者を求める。

でも、投資家は……未来に賭ける者。

彼らが求めるのは、“ただの支配者” じゃないわよ、K」


 アルカナが頷く。

 

「“市場の王”が誰か――投資家たちは、もうその問いに答え始めている」


 Kは静かに口角を上げた。

 指先が無意識に軽く動く。胸の奥に渦巻く感情を、静かに抑えながら。


「今の仕組みに満足してるような奴に、市場はついてこない」

「新しい秩序を創れる者だけが、次の王になれるんだ」


 Kはゆっくりと歩みを進め、影鬼たちがその後に続いた。

 セリアは、一歩引いた位置からその背中を見つめていた。

 かつては「制御不能」と評したその男に、今は確かな信頼を抱いている――そんな視線だった。


 そして、彼は最後に静かに言い放った。


「俺が市場の潮流を変える。召喚制度の終わりも――この手で迎えさせる」


 市場に始まり、市場に終わる――そんな幻想を、俺は壊す。


 セリアが小さく肩をすくめた。

 

「市場の王だなんて、ずいぶん偉そうじゃない?」


 Kは顔をそらしたまま、淡々と答える。

 

「言ってない。勝手に周りが騒いでるだけだ」


「……でもその顔、まんざらでもなさそうよ?」


 Kは口元だけで笑った。


 ――そして、その先に何を創るのか。

 それを決めるのは、K自身ではないのかもしれない。


 その笑みに、迷いも、不安もなかった。

 ただ――その瞳の奥に、一瞬だけ揺らいだものがあることを、誰も気づかなかった。


 そしてその夜、中央市場の北端にて、ひとつの銘柄が“強制消失”の扱いとなった。

 小さな波が、静かに“次の戦場”へと広がり始めていた。


 セリアが、低く息を吐いた。

 

「……やっぱり、Kの“やり方”って、どこか底知れぬものを感じるわ」


 アルカナは、しばらく無言でデータを見つめてから、淡々と応じる。

 

「でも、それが市場を守るって……皆、もう理解してる」


 誰も“名前”は出さない。けれど、それでも全員、気づいていた。




 


 【次回予告 by セリア】

「“支配したい”って言葉が出た時点で、もう、その人は“支配されてる”のよ」


「資格を問う者と、資格を捨てて歩む者」

次回《支配者の資格》、『崩す者と築く者』。

問いかけた時点で、もう揺らぎは始まってるのよね。資格って、そんなに都合よく降ってこない。


「セリアの小言? 覚えておいて。王になれるかどうかより……“それでも立ち止まらない者”だけが、王の座を踏み越えられるのよ」

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