表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/90

#9−7:恐怖の手綱(前編):策謀



✦✦✦ 《崩壊の縁に立つ戦略会議》 ✦✦✦


 燭光が揺れる戦略会議室。


 窓のない密室に、魔導式の燈台が淡く影を伸ばす。

 壁一面に並ぶ魔導スクリーンは、心電図のように情報の波を刻んでいた。

 

 Kは魔導スクリーンを、ただじっと見つめていた。

 ゼグラントの市場操作は苛烈で、

 Kの市場価値は急落し、投資家の信頼も揺らいでいる。


 ――Kの市場価値:▲50%

 ――影鬼評価:▲40%(不安定)

 ――投資家の信頼度:▲45%(減少)


 市場は不安定な動きを続け、投資家たちは疑心暗鬼に陥っていた。


 エリシアは腕を組み、冷ややかに言った。

 

「……放っておけば、“影鬼”も“K”も、一緒に消されるかもしれないわよ」


 アルカナは一瞬考え込み、データを指で示した。


「ゼグラントが仕掛けてるのは、単なる資本戦略じゃない。

投資家の不安を煽る“心理戦”よ。市場価値は、それで簡単に揺れる」


 Kは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 背後から差し込む燭光が、彼の顔の半分だけを照らしていた。

 光と闇の狭間にあるその表情は、支配者の仮面の奥に揺れる葛藤を浮かび上がらせていた。


「恐怖は自ら進んで流通する。だから、今の価格より先に未来を見て買うんだ」


 Kは言葉を止めた。喉の奥に、鉄の味が広がる。

 ……わかってる。いま、支配しているのは“恐怖”だ。


 Kは言葉を止めた。喉の奥に、鉄の味が広がったような気がした。


 一呼吸おいて、彼は言葉を選ぶように続けた。


「なら、それをこちらが奪って使う。逆転の鍵になる」


 Kはテーブルに置かれた市場レポートを指で示した。

 一瞬、彼の目が硬く細められる。スクリーンの数値のひとつが、まるで敵意を帯びたように見えた。

 

「ゼグラントの操作で、投資家たちは不安に駆られている」


 Kはわずかに沈黙し、それから言った。


「だが、それは同時に、俺たちの市場価値を見直す機会でもある」


 Kはテーブルに視線を落としたまま、口元だけで続ける。


「選んだと思わせることに意味がある……俺は、ずっとそう考えてきた」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……そう見えれば、影鬼は秩序の一部になれる。脅威じゃなく、“機能”として」


 理屈は正しい。けれど、Kの胸の奥に残るざらつきは、消えていなかった。

 それが疑念か、あるいは別の感情なのか――彼自身にも、まだ答えは出ていない。


 エリシアが目を細める。


「不安定な市場だからこそ、投資家は“秩序”を求めるのね」


「影鬼が介入すれば、市場はリスクと利益のバランスを取り戻す。

それに乗るかどうかは、投資家次第……面白いわね」


 アルカナは、わずかに眉をつり上げた。


「影鬼を監視に使う。数字上は筋が通ってるけど……それって、人の感情を見ない戦い方じゃない?」

 

 アルカナは肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「まあ、合理的じゃないとは言えないけど……ちょっと味気ないわね」

 

 Kは、わずかに顎を動かすだけで頷いた。


「影鬼は、恐怖の象徴じゃなくていい。

“守りの存在”だと――そう、見せればいい。

……それが、この市場を生き残るための、最善の道なんだ」


 象徴……じゃなくてもいい。そう、思ってる。


 アルカナが頷く。

 

「今の混乱が続けば、市場は一気に下がるわ。

でも、このタイミングでKが安定を見せれば、投資家たちは“今が買い時”と判断するでしょうね」


 Kは影鬼を見据え、慎重に言葉を紡ぐ。


 アルカナの目が、ほんのわずかに伏せられる。

 市場の数字を見ているようで、見ていない。

 視線の焦点はずれ、眉間に浅い皺が刻まれていた。

 

「感情で動き、恐怖で揺れる。だからこそ、支配できる」


 その言葉に、同席していた旧財閥派の補佐官が鼻を鳴らした。


「支配? 笑わせるな……K様。“見せかけの秩序”で何を救えるというんだ」


 Kは答えなかった。

 ただ、テーブルの端に置かれていた、半分食べかけのリンゴを手に取る。


 そして、静かに立ち上がった。


 議論の続きかと思われた瞬間、Kは食べ終えたりんごの芯を指先でくるりと転がした。


 次の動作は、誰にも見えなかった。


 音もなく接近し、芯をそのまま補佐官の左眼孔へと突き刺す。


 相手が息を呑むより早く、Kの膝が顔面にめり込む。


 芯が奥へと押し込まれ、眼球の奥で鈍く何かが潰れた音がした。


 補佐官の身体がくずおれた。


 Kは何事もなかったかのように席に戻る。


 指先で芯に残った果汁を拭いながら、ただ一言だけ。


「……信号ノイズ、除去完了」


 誰も声を上げなかった。

 だが、空気が一段濃く、静まり返ったのは確かだった。

 


 Kは魔導スクリーンのデータを指し示した。


「これがゼグラントの引き起こした混乱の余波だ。

不正が暴かれるたび、市場は恐怖に包まれる」


「人は混乱に陥ったとき、まず『何かに従いたくなる』……

それを秩序と呼ぶなら、今がその時だ」



 ✦✦✦《暴かれる正義》 ✦✦✦

 魔導スクリーンの隅が、ふいに揺れた。警告ではない。微細な干渉の兆候。


「……始まったな」

 Kが低く呟いた。


 影鬼が動いた。

 その姿は魔導スクリーン上の座標に突如出現し、宙を裂くように高速で移動する。


 数秒後――金融区の地下一層、データ保管庫の映像に切り替わった。

 黒い影が二体。魔王企業連盟の情報中枢を破壊し、膨大な裏取引の記録を抜き出していた。


「ゼグラントがここまで守りを固めていたとは……」

 アルカナが驚愕を押し殺す。


 スクリーンには、影鬼の一体が警報を無効化し、もう一体が職員を拘束している様子が映る。


「すべては計算のうち……だったのよね?」

 エリシアが、Kをちらと見た。


 Kは無言だった。

 視線はスクリーンを超え、何か別のものを見ていた。


 ――だが次の瞬間。


「……っ、待て」


 Kの声が、わずかに震えた。


 画面の奥で、影鬼の一体が予定外の行動を始めていた。

 取引データだけでなく、ゼグラントの資産ブロックを物理的に破壊していたのだ。


 「そんな指示は……していない」


 Kが立ち上がる。机に拳を突き立てた。


 「影鬼、止まれ! それ以上は……!」


 影鬼は止まらない。まるでKの意図を超えて暴走しているかのように。

 再現データと仮想資産の壁を、光の刃で切り裂いていく。データが悲鳴を上げていた。


 「やめろ……! そこは――!」

 Kがスクリーンに手を伸ばすが、何も届かない。


 アルカナが、かすかに息を呑む。


「……暴れてるんじゃない。消しにかかってるのよ。ゼグラントそのものを」


 Kは歯を食いしばった。


「“支配”だと? 笑わせんな……こんなもん、ただの破壊衝動だろうが……!

……これは支配じゃない。狂った理屈に従ってるだけの暴力だ」


 机に拳を叩きつけたその音が、会議室の空気を一変させた。


 静けさが崩れる。Kの感情が、はじめて言葉の鎧を抜け出して現れた瞬間だった。


 影鬼が、最後の資産階層を破壊し終える。

 資産層のフレームが爆ぜ、光の粉塵が舞った。

 コードの残骸が無重力のように宙を漂い、魔導スクリーンの内部はまるで崩壊寸前の神殿のようだった。


 スクリーンの右上、赤いフラグが点滅する。

 “ゼグラント資産、第七ブロック完全喪失”


 Kは肩を上下させながら、静かに言った。


「これは“支配”じゃない。家畜にも愛が必要だろ? よく育つからな」



✦✦✦《妖精の問い》✦✦✦


 沈黙が流れる。


 「ねぇ、それ、“祈り”って言えるのかな?」


 どこからともなく届いたその声に、Kはわずかに眉を動かす。

 霧のような気配が床を這い、空気の密度が一瞬だけ歪んだ。

 そこに現れたのは、中年神官服の小柄な男。影も音も持たない彼は、現実と夢の境界を歩くように浮かび上がった。


 「僕、妖精だよ?」


 パタパタと手を羽ばたかせるジェスチャー。

 中年神官服の小柄な男が、空気を切るように現れる――Kにしか見えない存在。


 「見てるとさ、“秩序”っていうより“私怨”に近くない?」


 妖精神官は机の端に腰をかけ、Kの目を覗き込むように言った。


 「信じた力って、時々“自分を納得させる呪い”になっちゃうんだよね。……気づいてる?」


 Kは眉をひそめた。あの声が、今はやけに“的を射て”聞こえるのが気に入らなかった。


 そのまま聞こえていなかったかのように、何も返さなかった。ただ、拳を握ったまま沈黙する。


 妖精神官は肩をすくめて笑った。


 「ま、いいけどさ。僕、妖精だからね?」


 パタパタと手のひらを振りながら、霧のように姿を消した。


 「妖精だからね。わかっちゃうのさ」


 時間が、空白を吸い込んだ。


 エリシアが眉をひそめる。

 

「“あんたたちの不安は、こっちで飼ってます”って顔して――それで安心してくれるの、変なのよね」


 Kは静かにうなずいた。

 

「……影鬼が動き始めた」


 魔導スクリーン――市中の取引異常を映す専用装置――に赤い警告が点滅した。

 空気が変わる。


 Kは画面から目を離さず、低く呟いた。

 

「……異常な取引だ」

 

 間を置いて、アルカナが息を呑む。

 短い沈黙が、室内の空気を変える。

 情報が流れれば、投資家はKの市場を「安全圏」と見なす。

 ……それだけのことだ。だが、それで充分だった。

 

「影鬼が不正を暴く役割を果たすことで、彼らはリスクを避けるために、俺の支配を受け入れるだろう」


 不正を暴くのは影鬼だ。……それが見えれば、リスクを避けたい連中は、俺の側に寄ってくる、はずだ。


 魔導スクリーンに瞬く赤い光。

 Kには、それが投資家たちの“絶叫”に見えた。


 エリシアは少し考えるそぶりを見せながら、言った。

 

「魔王市場があって、Kの市場もあるなら……両方に分散する投資家、多いでしょうね」


 Kは冷静に微笑んだ。


「そうだ。投資家たちは、それも織り込み済みだ」

 

「市場が揺れ続けるからこそ、人は“秩序”にすがりたくなる。

だからこそ、俺たちがそれを“示す”必要がある」


 Kの背後の空気が一瞬だけきしむ。影鬼の気配が、指先にかすかにまとわりつく。

 だがKは手を下ろし、口を閉じたまま席に戻った。

 

「……それでも、俺は支配する。この手で」


 魔導スクリーンの隅――誰にも気づかれぬほど微かに、赤い点滅が再び灯った。






 【次回予告 by 妖精神官】

「僕、妖精だよ?

君らの“信じる”って、案外よく壊れるんだよね。

“あなたを信じてたのに”って……人間、よく言うよね?

Kくん、気づいてるでしょ。ほんとはさ」

 

「恐怖の手綱。その手が緩む時、市場はどこへ行くのかな?」

次回《恐怖の手綱(後編)》、『処刑』。

“守る”ための秩序が、“裁く”ための罠に変わる――そういう仕組み、好き?


「予告の締め? ふふ……じゃあ、これにしようか。

『安心』って、誰かに見せるものでしょ? ……だからそれ、“信じてる”じゃなくて、“騙してる”かもしれないよ」


「妖精だからね。わかっちゃうのさ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ