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#8−7:必要悪(後編)



 ✦✦✦《》✦✦✦

 Kは影鬼を使い、市場の秩序を書き換えようとしていた。

 だが心は、いまだセリアを救ったあの瞬間に囚われていた。

 そうした中、外の世界では、まったく別の“物語”が始まっていた。


 そこにいたのは、Kの姿ではない。

 情報と数字に踊らされ、揺れ動く“市場という怪物”。

 噂と意図が交差する中、人々はこう思い始める。


 ――影鬼は暴走している。

 ――Kですら制御できていない。

 ――だが、それでも淘汰が進んでいるのは、なぜだ?


 誰も知らなかった。

 Kが、どれほど静かに、どれほど苦しく、その剣を振るっていたかを。


 これは、沈黙の中に潜む支配の記録。

 そして、Kが“必要悪”と呼ばれるに至った、もう一つの側面。



✦✦✦ 《暴走する市場》 ✦✦✦


 闇に包まれた部屋で、Kは静かに報告を聞いていた。


 暗闇の中で影鬼が動くたび、市場の心臓がひとつ、脈を乱した。

 ゼグラント派の魔王たちは次々と姿を消した。支配の綻びが、ゆっくりと浮かび上がる。

 しかし、それと同時に、ゼグラントが市場に新たな噂を広めていた。


 ――「影鬼は制御不能」

 ――「Kですら完全にコントロールできていない」

 ――「次に誰が狙われるか、もはやKにもわからない」


 市場に動揺が走る。


「影鬼が勝手に動いてる? Kの意図と関係なく消えてるのか……」


 取引所のホログラムスクリーンには、価格の乱高下を示す真紅のラインが躍っていた。

 魔族の投資家たちが詰め寄り、次々と売買注文を叫んでいる。


「……影鬼関連がまた上がってる!」

「いや、ゼグラント派が崩れてるだけだ――市場がKを支持し始めてる?」


 恐怖と興奮がせめぎ合い、空気が焼けるように熱を帯びていた。

 ……ざわめきは止まらない。誰もが次の展開を読み違えることを恐れていた。

 そして――市場は、新たな秩序へと、静かに形を変え始めていた。



✦✦✦ 《必要悪という秩序》 ✦✦✦


 魔王取引所では、投資家たちの間で激しい議論が交わされていた。


「ゼグラント派だけが消えてる……市場が“拒否”してるってことか?」


 恐怖の中に、ある種の納得感が生まれる。

 影鬼が存在することで、魔王市場に競争原理が戻るなら、

 それは市場にとって悪いことではないのではないか……?


 こうして、ゼグラントの思惑とは裏腹に、

 影鬼は市場の一部として機能し始めた。


 魔王取引所の最上階。


 ゼグラントは、市場レポートの行間に、何かを探すような目で視線を滑らせた。


「……なぜだ」


 影鬼の噂を広め、不安を煽ったはずだった。

 なのに、投資家たちは影鬼を「必要悪」として受け入れ始めている。


「市場が……影鬼を秩序として認めた?」


 側近が答える。

 

「Kの価値が上昇しています」


 ゼグラントは拳を握り、皮肉げに笑った。


 ゼグラントは静かに微笑み、次なる一手を思案していた。


 ――だが、静かに、確かに、状況はすでにKの手に落ち始めていた。


 市場が受け入れたのは、影鬼だけではない。

 その裏側で、Kの仕掛けた“もう一つの操作”が、静かに動き出していた。



✦✦✦ 《操作される市場》 ✦✦✦

 

 エリシアが腕を組み、冷静に言った。


「ゼグラントは、影鬼を“市場のリスク”に変えようとしているわね」


 アルカナが静かに頷く。


「影鬼が暴走していると思わせれば、投資家たちは不安を抱く。不安定な存在には、通常、資本は集まらない……」


 Kはわずかに笑みを浮かべながら、静かに応じた。


「ならば、その“暴走”を利用する。

 影鬼が制御不能に見え、市場が淘汰しているように“見えれば”それでいい」


 沈黙の間を破ったのは、アルカナの鋭い指摘だった。


「誰の指示でもないように見せる。それだけで、

市場は勝手に“自律した選別”だと錯覚するわ」


 Kは静かに言った。


「価値が決めているように見せた。……だから市場は納得した。それだけだ」


 エリシアが画面を指す。


「ヴェスラン銘柄が外されたわ。Kが関与してないように“見せた”からこそ、皆が納得したのよ」


 Kは何も言わなかった。


 だが、この事態は順調に進んでいるという証でもある。

 ……だが、それだけでは、Kには到底足りなかった。


 その視線の奥に、言葉にならない痛みがにじんでいた。


 やがて、言葉を絞り出すようにして、静かに口を開いた。


「……遅すぎる」

 

 市場は変わった。だが、肝心の召喚制度には手が届かず、まだ命を喰らい続けている。


 Kの内面を焼くのは、市場ではなく――制度そのものだった。

 

「どれだけ表層を崩しても、この制度が残る限り、召喚される者たちは消費され続ける」


 Kはその事実を、何よりも深く知っていた。


 その頃、取引所では――。


 魔導ホログラムに真紅の価格ラインが踊り、魔族の投資家たちが混乱と興奮の中で叫びを上げていた。


「くそっ……影鬼関連、また上がってる!?」

「違う! ゼグラント派の銘柄が崩れてるだけだ!」

「これ……市場がKを支持し始めてるってことか?」


 アルカナがぽつりと呟いた。


「……市場の粛清に、Kの意思は見えない。だから“信用”が生まれるのよ」


 エリシアは腕を組み、冷ややかに付け加えた。


「借金で買い込んでたツケが回ってきたのよ。魔株が下がれば担保を迫られ、出せなければ自動売却――冷酷な裁定ね」

「そして、同じ銘柄を持つ者が連鎖的に沈む。それが“市場の淘汰”よ」


 Kは口元を歪めた。


「それを防ぐには、借金を重ねるか、借金して買った魔株を売却するか、どちらかしかないな」


 エリシアはわずかに微笑み、ホログラムを見つめ直した。


「……そして皆、まるで“あなたの意思ではない”かのように錯覚する。なんとも都合のいい幻想ね」


 

  ✦✦✦ 《支配の狙撃者》 ✦✦✦

 

 Kは、スクリーンの光を睨んだまま静かに口を開いた。


「殺したのは俺じゃない。市場が信用を奪い、価値を消した――それだけだ」

「……信用で殺す。それが、いまの支配のかたちだ」


 少し間を置いて、Kは続けた。

 

「後から説明できるものを、人は“公正”と呼ぶ。それが結論にしか残らないのなら、最初から結果を選ぶ」


 Kは指を握った。

 支配が仮面でも、それを“演じ切る”しかない。制度を砕くためには。


 影鬼たちを見つめながら、口を開いた。


「支配に真実などない。信じる者が増えたとき、それは“事実”として機能するだけだ」



✦✦✦ 《最後の手》 ✦✦✦


 一方、Kの拠点。


 Kは静かに言ったが、その声にはほんの僅かな歪みがあった。


「次の標的を決める。ゼグラント派の中でも、特に市場の信用を支えている者を狙え」


 アルカナがふと、Kの指先が机を叩く回数が増えていることに気づいた。

 それは僅かな迷いの兆候に見えた。


 影鬼たちは一斉に闇へと消えていく。


 エリシアが満足そうに微笑む。


「あら。いよいよ、あの古臭い支配体制が音を立てて崩れてきたわ」


 そして、ふと遠くを見るように呟いた。


「……Kの力が、ここまで世界を変えた。

なら次は――この血を、未来に遺す番ね」


 アルカナが静かに応じた。


「壊したのは幻想。支配側に立ったあなたを、私は見届ける」


 Kは冷静に答えた。


「市場のルールは、俺が書き換える」


 ……ルールを変えるのは俺だ。

 そう、信じたいだけかもしれないが……。


「召喚制度を壊す。それがすべてだ」

「支配も影鬼も、そのための“道具”にすぎない」


 Kは影鬼たちを見渡し、言い切る。

 

「淘汰を決めるのは――この俺だ」

 

 Kは一瞬だけ視線を落とし、静かに言葉を継いだ。


「……意志ではない。市場は、結果だけを見る」


 Kはゆっくりと椅子を押し、影鬼たちの影を見上げた。


「だから俺は、価値を生み続ける。命を削ってでも――未来を揺るがす力を、証明してみせる」


 そのすべては、制度を書き換えるためだ。

 支配は、手段にすぎない。


 その言葉は、自分自身に向けたものだった。

 観測者のままでいる限り、市場は応えてくれない――Kは、そう感じていた。


 少し遅れて、エリシアが言葉を落とす。


「……K、あなたがこの力に飲まれていくのなら、それでいいわ」

「その果てで私を選ぶなら――そのとき、あなたは本当に“影の王”になる」

「ふふ、楽しみにしているわ。あなたの“答え”をね」


 Kは応えなかった。ただ、視線を静かに落としたまま――。


 市場の真の支配者とは――誰のことか。

 

 影鬼による暗殺は、もはや戦いではなかった。

 それは、Kが市場を動かすための“戦略的な価値操作”――新たな支配の形となっていた。


 価格を動かすのは、戦争ではなく“信用”だ。影鬼の刃は、魔王の価値を一瞬で帳簿から削除できる。


 ゼグラントの市場価値が崩れるのは、もはや時間の問題だった。



 



 【次回予告 by アルカナ】

「情報が錯綜する時代において、支配とは“信じさせる力”に他ならない」


「……Kも影鬼も暴れていない。ただ“淘汰が起きた”――それだけ」


「けれど、ゼグラントはそこに“意図”を見出そうとしている。

市場の不安を煽り、理性を歪め、疑念を撒き散らす。

……自分の権威を保つために」


「だが、K。あなたはもう“抗う側”ではない。秩序そのものを再定義する立場にいる」


「次回、《幕間ニュース》。

混乱の中で、誰が“本当の支配者”かを問われるとき……あなたは、“ただそこに立っている”だけでいい」


「……選ばれる者に、必要なのは力ではない。“沈黙の中で、秩序を貫く理性”よ。

 それが、KをKたらしめる唯一の強さ――だと、私は信じてる」

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