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#7−3:砕けた王、立つ



✦✦✦ 《砕けた玉座の誓い》 ✦✦✦


 あの光の中で掴んだ“答え”が、まだ形にならず、胸の奥で燻り続けていた。


 冷たい夜風が、荒廃した城の瓦礫を吹き抜けた。

 瓦礫に残る血と焦げた臭いが肌にまとわりつくようで、空気がどこまでも重く滞っていた。

 かつて「影の王」として君臨したKの姿は、崩れた王座の前で膝をつき、瓦礫に埋もれていた。


 手の中には、冷たく砕けた影鬼の欠片があった。

 その感触は、自分の存在が粉々に崩れていくような錯覚を呼び覚ました。


「……こんな終わり方で、いいわけがない」


 自分の声にKは驚いた。だが、その違和感こそが、何かの始まりに思えた。

 ――それが、何なのか。まだ、分からない。


 呟きは、瓦礫に隠れていた影鬼たちの耳にも、確かに――届いていた。


 影鬼たちは静かに顔を上げ、Kを見つめた。

 その視線には、疑いと希望――そして、かすかな決意が混ざっていた。


 影鬼たちには、かつての盲目的な忠誠心はなく、

 むしろ彼の言葉を待つような戸惑いと期待が入り混じった光が宿っていた。


 Kは影鬼たちに目を向け、ゆっくりと立ち上がった。

 冷たい風が彼のマントを揺らす中、静かに言葉を紡ぐ。


「……影鬼たち。今度は……お前たち自身の意志で、俺と歩んでくれ」


 その言葉に、一瞬の静寂が訪れる。

 影鬼たちは互いの顔を見合わせ、戸惑いを浮かべた。

 だが――重く、乾いた空気を押し割るように。

 一体が立ち上がると、他の影鬼たちも次々と動き出した。その統率の影には、わずかな緊張が見え隠れしていた。


 Kは冷たい瓦礫の上に立ち、指先に力を込めた。

 ……迷いがあるなら、なおさら道を示さなければ。


 深まる闇の夜――。


 城の瓦礫の影が濃くなる中、Kは崩れた王座の前に立っていた。

 月明かりが彼の背中を照らし、長い影が足元に伸びている。


 冷たく乾いた風も、いまはどこか遠く――音さえ、消えたようだった。


 影の王だったKに――もう一度、王としての意味があるのか。

 いや、信じていないのは他でもない、自分自身だ。

 Kは腕を組み、唇をかすかに噛んだ。


 市場に否定され、影鬼にも一度は見放された――Kは、それを痛感していた。

 彼は拳を握りしめた。


 彼らの意志を前に、どう応えるべきか――まだ見えていなかった。


 そのとき――。


 Kの背後で、瓦礫に埋もれていた旧式の情報端末が、かすかに青白く点滅を始めた。


 ノイズ混じりの電流が走り、壊れかけたスピーカーから、聞き慣れた声が流れる。


「……やっと、その気になったんですね。K様」


 Kは、動かなかった。

 ただ、音だけを拾うように耳を澄ます。


「遅すぎる。でも……あたしは、ずっとここで待ってましたから」


 すずの声は、淡々としていた。

 だが、その落ち着きの裏には、かすかに震えるような感情がにじんでいた。


 それは、諦めでも怒りでもない。

 ――小さな希望が、ほんの一滴、こぼれ落ちたような響きだった。


 その声が、胸の奥の何かを静かに突き崩した気がした。

 Kは、目を閉じ、喉の奥で言葉にならない感情を飲み込んだ。


 冷たい風が頬をかすめ、瓦礫を転がす。その微かなざわめきに混じって、声が――響いた。

 音と空気を歪めるように、淡く揺らめく魔力の塊が、エリシアの姿を形作る。


「……迷ってるのね、でもそれもあなたらしい」


 彼女は風に髪をなびかせながら、しかしどこか儚げに、Kを見つめていた。


 続いて、瓦礫の上にセリアの幻影がふわりと現れる。


「らしくないわね、K。影の王なら堂々としていればいいのに」


「K、あなたの迷いって、“王の責任”ばかり。あなた自身の意志は、どこにあるの?」


「影鬼たちはもう、従うだけの存在じゃない。あなたを見極めようとしてる」


 その言葉に、Kははっとした。



✦✦✦《 王の決断》 ✦✦✦


 エリシアは静かにKを見つめながら語りかけた。


「市場は一見、強固に見えるけど、実際は脆いの。契約という仕組みに依存しすぎているからよ。

支配の契約が、たった一つでも崩れれば――市場は、音を立てて崩れる。

……それを壊す覚悟、あなたにある? 中に染まらず、外から動かせるのは――あなたしかいない」


 Kは黙って、その言葉を受け止めていた。


「でも、壊すだけでは足りない。残る者たちは迷う。

あなたが示すべきなのは、ただの希望じゃない。“輪郭”よ」


 エリシアは一歩、Kに近づいた。


「影鬼を兵としてではなく、目として、耳として使いなさい。

市場の裏を探り、契約の綻びを暴く。それが、あなたの戦う理由になるはずよ」


 Kは影鬼たちの方を振り返り、静かに息を吸い込んだ。


「市場を攻略する」


 市場は契約に縛られた透明な牢獄だ。壊すには、“理”そのものを外から揺さぶるしかない。

 そしてその牢獄を築いた張本人が、ゼグラント――奴を倒さなければ、何も変わらない。


 その一言を吐き出した瞬間――胸を貫く痛みを、Kは無視した。

 本当は、また彼らを戦場へと引きずり出すことが、怖かった。

 それでも、立ち止まれば、すべてが終わる。

 Kは影鬼たちの顔を一人一人見つめた。歯を食いしばり、両の手に、ゆっくりと力を込める。


「この世界で生き残るには、戦う場所を変えるしかない。

市場に立つ者が、力も秩序もすべて握っている。ならば――そこを変える」


 一瞬だけ、影鬼たちが静まり返った。

 その沈黙は、従順ゆえではない。

 ――彼らは、試している。Kの決意が、理屈か、本心かを。


 その気配には、K自身も気づいていた。

 だから、言葉の続きを飲み込んだ。

 今の自分には――まだ“何者か”を語る資格が、なかったのかもしれない。


 Kは一歩、影鬼たちに近づいた。瓦礫が音を立てて崩れる。

 

「……俺の役目は、秩序の裏を暴くことだ」

 

 掌を強く握ると、冷え切った石の破片が砕けた。

 

「影鬼の力は、ただの兵力じゃない。

影で真実を暴き、覚悟で未来を“書き換える”。俺たちは、そうして戦う」


 Kは拳を握った。

 その先の言葉を、確信を持って吐き出す。


「市場が何を言おうと――お前たちは俺の“意志”だ」


 影鬼たちはざわついた。

 期待と不安の間に、わずかな覚悟が漂っていた。


 その沈黙を破ったのは、一体の影鬼だった。


「……でもよ、K様。本気でどうやってそんな場所をひっくり返すんだ?」


 Kはその影鬼を見つめ、静かに言葉を紡いだ。


「市場の支配なんて、信用一つで崩れる。その歪みを暴く――それが俺の戦いだ」

「……そして最後に、ゼグラントを叩き潰す」


 数瞬、音が消えた――。


 Kはセリアとエリシアの二人の助言を聞き、影鬼たちを見渡した。


「俺たちは市場を覆し、そこに新たな秩序を創る。そのためにお前たち全員の力が必要だ」

 

 ――たぶん。いや、きっと……お前たちがいれば、今度こそ、乗り越えられるはずだ。


 一体が立ち上がりかけて、しかしまた腰を落とした。

 

「……言葉だけじゃ、信じられねえよ」

 

 それでも、誰一人、完全には背を向けなかった。

 無言が、Kの胸を締めつけた。

 ひりつくような痛みとともに。



✦✦✦ 《遠くからの帰還》 ✦✦✦


 ――それでも、迷いはある。

 だが今はもう、それを抱えたままでも進める気がしていた。


 そして――。

 

 一体が前に出て、静かに膝をついた。


「……今度は、俺たちが選ぶ。K様、あんたの意志に、俺たちの影を賭ける」

 

 その動きに続くように、他の影鬼たちも次々と跪き、Kに従う意志を示した。


 それは、かつての盲目的な従属ではなかった。

 彼らの目には、Kに対する信頼と自らの意志で彼を選んだという誇りが宿っていた。


 Kは影鬼たち一人一人を見据え、拳をゆっくりと握りしめた。

 握った拳には、かすかな震えが残っていた。


「俺たちの影が、いま理を飲み込む夜を裂く。ここからが――反撃だ」


 その声に、瓦礫の城がかすかに揺れた気がした。

 Kは彼らを見渡し、かすかに目を細めた。

 もう、背を向ける者はいないと……ほんの少しだけ、信じられた。


 声は低く、だが確かに響いた。


 影鬼たちの影が一つとなり、瓦礫の中で新たな歩みを始めた――。

 その足音が、Kの胸を、静かに震わせた。

 

 Kはその姿を見ながら、冷たい風を感じ、目を閉じた。

 影の王として……ゼグラントが支配するこの歪んだ“市場”を、俺が塗り替えてやる。


 再び見開いた目は、闇の中に聳え立つ“塔”を、まっすぐに見据えていた。

 あの塔の頂に座するのは、かつて自分を敗者に突き落とした魔王――ゼグラント。

 そこが、全ての始まりであり、決着の場所だ。

 

 黒曜石のような柱が天へとねじれ上がり、その脈動はまるで、塔自身が思考しているかのようだった。

 光のない空間には、冷たい情報のざわめきが、知性のない風のように漂っていた。


 ――そこにあるのは、世界を縛る「理」の中枢だった。


 そこには、かつて奪われた“理”と、まだ見ぬ“明日”の境界線があった。






 【次回予告 by アルカナ】

「破壊は簡単よ。だが、ゼグラントを倒した“その先”に、何を築くつもりなの?」


「次回《黒の序章》――『恐怖が支配する、その先へ』

K、あなたが今、市場に与えているのは“死”という情報。

……だとして、それが未来に繋がる“答え”だと、本当に言えるの?」


「知は、力の対価にこそ宿る。

ならば――恐怖で価値を計る前に、問いなさい。

あなた自身の存在が、“理”に値するのかを」

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