✦幕間短編:「【幕間短編:妖精神官の観察記録──影の向こう】」
✦幕間短編:「【幕間短編:妖精神官の観察記録──影の向こう】」
――魔王市場の外縁、“排熱庭園”。
魔導炉の排熱が温室のように空間を歪ませ、熱気と冷気が同居する、奇妙な空間だ。
夜明け前。空は、昼とも夜ともつかない曖昧な青をしている。
その中で、淡い赤紫の霧が地面すれすれをゆらゆらと流れていた。
市場の心臓部から少し外れた、誰もこない“排熱庭園”。
中央の魔導炉が漏らす微量の熱が、ここを温室のように変えている。
石畳には、熱を求めて集まった羽虫がちらちらと集い、
その中に、小太りの妖精神官が――まるで葉陰に紛れるように腰を下ろしていた。
片手には小さな書簡板、もう片方にはココア風の湯気が立つカップ。
そして、宙に浮いた記録珠へ向かって、彼は語りかけるように喋り出した。
「いやあ、セリアちゃん。あの人は……うん、業が深いねぇ。
でもね、それがまた魅力ってやつでさ」
指先でカップをくるくると回す。その視線はどこか遠く、眠る街を見下ろしている。
「たぶん、“欲しいものは手に入れる”って決めて生きてるんだよ。
それが知識でも、技術でも、権力でも――人でも、ね?」
「でも、誰もそれを“わがまま”って言わないんだよね。不思議とさ」
「……ああいうの、人間の女の子がね、本気で“本能”を味方につけたら、
なる姿ってやつなのかもね」
彼は空中に手をかざし、淡い光を弄びながらひとりごちる。
「僕は妖精だけど、ちょっと憧れるよ。
あそこまで欲望を言い訳せずに、堂々としてるのって――正直、痛快だもの」
「愛してるんじゃない。支配したいんだよ。
でも……案外、それが一番、真っ直ぐだったりするでしょ?」
意味もなく腰に手を添え、手のひらを左右にひらひらと振る。
あたかもそこに羽があるかのような仕草だった。
ひとしきり“羽ばたき”を終えると、少し落ち着いたように声の調子が変わった。
「人ってさ、自分の都合で世界を曲げる癖があるよね」
「……なぜって? ほら、あるじゃない、“天国”とか“地獄”とかさ。
君たちは、与えられてもいないし、たぶん最初から“そんなもの”は無いのに、勝手に信じてる。都合よくね」
「僕は言うよ? 妖精だからね。
“在る”と“無い”の違いが見える目ってさ、意外と少ないんだよ、ほんと」
「Kくん? ああ、彼はね……うん、“らしい”よ。
なんか、すごく“らしい”って顔してる」
「君たちも、たまにそういう“顔”、してる時あるけどね。
……まあ、妖精の気まぐれな観察ってことで」
「虚無に触れた? ……まあ、ありがちな話さ。
そういうことやらかすの、大抵人間だからね。
Kくんが“生まれた”のも、きっとそのあたりが引き金なんだろう」
「人はね、願望っていう“クソ”を無意識に撒き散らす癖があるのさ。
癖? うん、言い方だけは聞こえがいいけど……まあ、やっぱクソだね」
彼はカップを空にし、名残惜しそうに一口残った甘みを飲み干した。
「妖精だからね。わかっちゃうのさ」




