表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/90

#6−3:裏切りの城



✦✦✦ 《崩れる支配》 ✦✦✦


 夜空に散らばる光は、墓標のように、Kの城を冷たく見下ろしていた。

 

 Kが築き上げた城は、今や、ただ冷たく見下ろされるだけの存在だった。


 尖塔は闇に溶け、輪郭は、もはや影と区別がつかなかった。

 風が石壁をなぞるたび、瓦礫が、かすかに鳴った。


 その音が、胸の奥の痛みを呼び覚ました。


 崩れかけた壁面には、かつてKの紋章が、風に剥がれ落ちそうに残っていた。

 折れた王冠。

 その頂には、絡みつく鎖が、まるで王冠そのものを縛り、引きずり落とそうとしていた。


 つい先日までは、そんな意匠すら、当然のものとして掲げられていた。

 誇りでも、警告でもない。

 知略がすべてだった――誰も、それに疑問を抱かなかった。


 ……以前は、目にも止めなかった。

 紋章も、城も、市場戦の結果にすぎなかった。

 だが今――。

 剥がれかけたその印が、やけに痛ましく映った。


 目の前を漂う影鬼たちは、かつてKの意志そのものだった。

 今でこそ霧のようだが、かつてはKの指先一つで城を制圧する“兵器”だった。

 いまや、彼らは実体を持たず、霧と見まごうほどに彷徨っていた。

 

 まとまりなどなく、ただ風に煽られる煙のように揺れていた。

 彼らはKの存在を認識しているのか、それとももう――忘れてしまったのか。

 Kには、確かめる気力も、方法も、もう残っていなかった。


「……これが、俺の“力”の成れの果てか……」

 

 かすれた声が、問いかけにもならず、ただ漏れた。

 

 冷たい風が黒いマントを舞い上げる。

 そのとき、胸の奥で、何かが静かに砕けた。

 

 目の前の影鬼たちは、もはや力の象徴ではなかった。崩れた残骸にしか見えない。


 Kは無意識に、自分の手を見つめた。

 あの手が、すべてを築いたのだ。支配すら。

 

 しかし、今はただ冷たさだけが残っている。

 風の感触だけが、いやに鮮明だった。


「何が起きている?」


 Kの声は静かで掠れていた。夜の闇に溶け、誰にも届かない。

 その問いに応える影鬼は一体もいなかった。

 

 かつてなら、この一言で全てが動き出していたはずだ。

 今では、Kがそこに立っていることにすら、誰も気づかないかのようだった。


 その時、足元の影鬼の一体がわずかに震えた。

 かすかな音がした。

 

 訴えるような、かすかな音。

 けれど、Kには――その意味が、どうしても、つかめなかった。


 ……もう、俺の力は届かないのか。

 その実感が、静かに胸の底に沈んだ。


 吐き出した言葉は、夜風に紛れ、闇に飲まれていった。

 その言葉に応えるものは、何もなかった。


 軍議の間には、異様なまでの静けさが沈んでいた。

 壁の燭台が揺れ、幹部たちの影を、脈打つように歪めていた。

 

 かつてここでは、Kの一声で忠誠が跳ね、命令が刃のように飛び交った。

 だが今や、忠誠のかけらすら、風にさらわれたかのようだった。


 Kは幹部たちを見渡したが、誰一人として視線を合わせようとしなかった。

 全員が俯き、何かに怯えているようにも見えた。

 

 幹部たちの影は、床に縋りつくように、かすかに震えていた。

 その光景に、胸の底で不安がじくじくと滲みはじめた。


「……何の話だ」


 Kの声は冷たく響いた。

 だが、それでも幹部たちはすぐには答えなかった。

 

 沈黙を切り裂くように、一人の幹部が、重い足を引きずって前へ出た。

 その歩みには、決意と後悔が入り交じり、影は頼りなく揺れていた。


「……K様。もう、私たちでは……支えきれませんでした」


 その一言に、場の空気がさらに沈んだ。


「……ふざけるな。何を……言ってる」


 Kの声は低く抑えられていたが、そこには苛立ちが滲んでいた。

 幹部はなおも顔を伏せたまま続けた。


「K様……市場――この合理だけが支配する世界では、“異端”は排除される運命です。

私たちも……生きるには、“選ばざるを得なかった”のです」


 それは冷たさではない。Kが刻み込んだ、“合理”だった。

 けれど同時に、迷いも確かにあった。

 

「K様……私たちは……生き残るために……」


 Kにすがっていた者たちも、戸惑いを隠しきれずに揺れていた。

 

「影鬼はもう、以前のようには動かない……K様、どうすれば……?」


 言葉が途切れ、沈黙だけが、Kの胸をじわりと押し潰していった。


「……市場が……俺を……?」


 Kは言葉を失い、拳を握りしめた。


 震える拳が、無意識に壁を叩いた。


 Kの内側で、呪詛のような言葉が浮かんだ――生ゴミどもめ。


 鈍い音がしたが、誰も顔を上げなかった。


 胸の奥に広がるのは、怒りでも、悲しみでもない。ただ、拭いきれない虚しさだった。


 部屋の隅に設置された魔導スクリーンが、赤い警告を放ちながら脈打っている。

 その画面には、Kの市場価値が急落する様子が映し出されていた。

 冷たい数値が、Kという存在そのものを否定していた。


「Kの市場価値、大暴落!」

「影鬼市場、信頼度の崩壊――市場消滅の危機!」


 その無情な数字は、K自身の存在を否定しているかのようだった。

 幹部たちは沈黙し、ただその画面を見つめている。

 誰も何も言葉を発しなかった。その影が揺れ、床に不規則な模様を描いていた。


「K様が……終わるのか……?」

「市場が消えたら……俺たちは……?」


 囁き声がKの耳に届く。それらの声が、彼の胸に新たなひびを刻んでいく。



✦✦✦ 《離反と孤独》 ✦✦✦


 幹部たちはKに深々と頭を下げた。それは、謝罪と決別の儀式だった。

 しかし、誰一人としてすぐには動かなかった。重い沈黙が続く。

 

 やがて、一人の幹部が微かに肩を震わせながら、無言で部屋を出た。

 他の者たちも、Kの視線を避けるように足早に去っていく。

 

 だが、最後の一人は戸口で足を止め、何かを言いかけた――だが、結局、何も言わずに闇へ消えた。


「お前たちもか……」


 Kの声が掠れ、虚無感を伴って響いた。


「“数字”か……。俺のすべてより、そっちを選ぶのか……」


 だが、彼らは何も答えず、その背中が遠ざかるたびに、Kの胸の中で何かが崩れていった。

 軍議の間に残ったのは、Kただ一人だった。

 冷えきった静けさが、じわじわと彼を押し潰していく。


「……俺は……何も持っていなかったのか」


 その声は、夜の中に消えていった。



そして――その瞬間だった。


 黒く沈んだ床の影が、わずかに波打った。


 Kの背後に、音もなく、一つの影が膝をついて現れる。


「ようやく……この姿で、K様の前に立てました」


 それは祈りとも告白ともつかない、静かな感情の滲む声だった。


 静かに、だが異様な熱を孕んだ声。

 その声主は、影に仕える忠臣――カゲコ。


 だがその眼差しには、かつての従順さとは別のものが宿っていた。


 「……でも私たちは、神の道具。神が沈黙しても、それが……祝福であるべきなら」

 

 囁くように言いながら、その唇は歪んだ笑みを刻む。


 Kは声も発せず、ただ振り向いた。

 だが、カゲコはすでに彼の意志を待たぬように、言葉を続けた。


「証明できないのなら……私が、その神性を“証明させて”さしあげます」


「神であることを、K様自身の血と業で……世界に刻ませてみせましょう」


 その目は狂気ではなく、確信に満ちていた。

 歪んだ忠義――それが、信仰の仮面を被った破壊衝動に変質した瞬間だった。


 Kが言葉を返すよりも早く、カゲコの影はふわりと舞い、床の影に吸い込まれるように消えていった。


 そこに残ったのは、「信仰のための反逆」という、矛盾に満ちた余韻だった。


 Kはただその場に立ち尽くし、今や自分が何を信じ、何を導いてきたのかを見失いかけていた。


「策を巡らせれば勝てる。ずっと、そう信じていた……

だが“市場”は、理屈すら通じない……のか……?」


 その時、静かな声が背後から響いた。


「K、あなたはまだ市場を理解していない」


 Kは振り返り、セリアを睨んだ。


「……何が言いたい?」


 セリアは冷静に彼を見つめ、静かに言った。


「市場では、支持を得られない者は生き残れない。それが現実よ」



✦✦✦ 《奪う者として蘇る》 ✦✦✦

 

 長い沈黙の果てに、Kは、静かに顔を上げた。


「――なら、俺が価値を定義する側になる」


 その声に、微かながらも、かつての力が戻っていた。


 影の魔王K――目を覚ます。


 影の魔王K――すべてを失ったこの地で、ふたたび歩き始める。

 今度は、市場の法則すら、塗り替えるために。

 闇の底から、わずかに灯る火――それは、まだ誰にも測れぬ“新たな市場”の気配だった。





 

 【次回予告 by セリア】

「――背を向けられるのって、痛いわよね。しかもそれが、自分の“影”だったら……もっと、痛い」


「次回《背を向けた影》、『支配が剥がれる音、聞こえる?』

信じられなかったんじゃないの。Kが、“信じさせられなかった”だけ――市場って、そういうとこ」


「セリアの小言? 言っとくわね。

支配するって、命令を聞かせることじゃないのよ。“一緒に沈む覚悟”を信じさせられるかどうか――それが、“王”の条件でしょ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ