表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/90

#幕間3:幕間ニュース 静かな市場戦争:後編



 ✦✦✦ 《沈黙の進軍》 ✦✦✦


 Kは再び影鬼――黒き幻影を呼び出した。市場を揺るがす、特異な存在。

 混乱が、極まったその時だ……。


 セリアが薄く笑う。


「でも、そんな重大な情報が掴める保証は?」


 Kは無言でスクリーンを指差し、映し出された影鬼市場のデータを見つめた。

 法の届かぬ暗部で動く、裏経済の象徴――影鬼市場。


「保証なんてない。賭けだ」


 Kはスクリーンを睨みながら続けた。

 

「……それでも、動かずにはいられない。そう思うんだ」


 Kは一瞬だけ口を閉ざし、唇を噛むようにして言葉を続けた。


 「怖いさ。でも、止まったら終わる気がしてる」


 セリアが挑発的に微笑む。


「まさか……もう一つ、手があるの?」


 一見、冷静に見えたセリアの顔に、ほんのりと紅が差していた。

 感情を抑えているようで、その頬だけが高ぶりを語っていた。


 Kはその問いに応えず、影鬼の幻影を浮かび上がらせた。

 その姿は、不気味でありながら神秘的な力を放っている。


「影鬼だ。奴らを動かすだけじゃない――暗殺する」


 一瞬、空気が止まった。


 セリアの瞳が驚きに揺れる。

 ……この男、やっぱり怖い。なのに、なぜか、心がざわつく。


「ゼグラント……を?」


 驚きの言葉とは裏腹に、目を輝かせていた。

 なぜそんなに、子供が新しいおもちゃをもらったような嬉しそうな顔をしているのか、

 セリア自身は気がついているのかとKは漠然と思った。


 Kは首を振る。


「いや、ゼグラントほどの人物に直接手を出すのは危険すぎる。

だが、奴の周囲――幹部や有力な投資家たちなら話は別だ。

それも、証拠を残さず、第3者の仕業だと思わせる」


 Kは再び影鬼の幻影を呼び出した。

 

「混乱が、極まったその時だ……」

 

 Kの目が細くなった。

 

「“混乱を収める鍵は、影鬼市場だ”――そう思わせる」

「そして……俺たちが“新たな秩序の担い手”だと、信じさせる」


 この計画――ゼグラントの支配を、底から崩すかもしれない。


 Kは冷静な視線をスクリーンに向けたまま、影鬼を呼び寄せた。

 その周囲に漂う闇が徐々に形を取り、冷たく不気味な存在感を放つ。

 影鬼たちはKの指示を待ちながら、静かに動いている。


「まずは心理戦だ」


 Kの声が低く響く。

 

「奴ら幹部の周囲に恐怖を植え付ける」


 セリアが少し首を傾げる。


「具体的にはどうするの?」


 Kは口元に冷笑を浮かべながら答える。


「単純だ。影鬼たちを使い、各幹部の生活に『影』を残す。

たとえば、夜中に『誰かの囁き声』を耳元で聞かせる。

不安の芽を植え、じわじわと広げる。

さらに、意識的に目に見える形で動くことで、自分が何かに取り憑かれていると思わせるんだ」


 セリアは感心したように微笑む。


「なるほど。恐怖の種を撒き、育てるわけね。

 一度気にし始めたら最後。常に誰かがいるように感じるからね」


 Kは無言で頷いた。


「そして、彼らが十分に恐怖を感じ始めたら、次のステップに移る。

 それは……暗殺だ。ただし、完全に痕跡を消す形でだ」

 

「たとえば、鼻や口、耳の奥、まぶたの裏――“影”が潜む場所に入り込ませる。

そして、静かに心臓を奪う。

影の仕業なら、痕跡は残らない。自然死として処理される」


 心理的な飢餓感と、不可視の死――その恐怖を仕込めば、敵は内部から壊れていく。


「確かにそれなら、呪いか不自然ではあるけど、自然死になるわね」


 セリアは黒く歪んだ笑みを浮かべ、まるで祭りを待つ子供のようだった。


 Kは影鬼に向き直り、低い声で命令を下す。


「ターゲットごとにアプローチを変えろ。

一人には耳元で『まだ生きていたのか』と囁け。

もう一人には、持ち物に奇妙なメッセージを残せ。

そして、最終的に誰も信用できない状況を作り出すんだ」


 セリアが小さく笑い、挑発的に言う。


「そこまでして、何を狙うの?」


 Kの言いたいことはわかる。

 けど、これ……時間がかかりすぎる。

 あのゼグラントが、じっとしているはずがない。


 セリアは無意識に爪を噛んでいた。

 癖ではない。こういう時だけ出る、焦りのサイン。

 Kはスクリーンを見つめたまま答える。

 

「統制力の崩壊だ。……が、うまくいくかはわからん。

逆に、奴に先を越されるかもしれない」


 その言葉のあと、誰も口を開かなかった。


 Kは椅子の肘掛けに手を添えた。指先が、かすかに震えていた。

 その微かな震えに、胸の奥がちくりと痛んだ。


 Kの中に、ほんの一瞬だけ迷いが走った。

 ――だが、それをすぐに押し殺した。


 頭をよぎる小さな疑念。

 

 Kは小さく息を吐き、肩を揺らした。

 

 「……仕掛けるしかない」

 

 セリアが静かに立ち上がる。

 笑みを浮かべていたが、その瞳は、微塵も笑っていなかった。


 ――コツ、コツ、コツ。


 音のない空間に、小さな足音が響く。

 スリッパを履いたそれは、妙に軽く、どこか現実味がなかった。


 背の低い、丸っこい中年の男が、音もなく現れた。

 その瞬間、部屋の空気がわずかに揺れる。

 匂いも温度も、ほんの一瞬、現実から滑り落ちたかのように違和感を孕んだ。


 胴長短足で神官服を着ているその姿は、どう見ても“妖精”とはほど遠い。

 だが男は、両手を羽ばたかせるように動かしながら、ぎこちなく笑った。


「僕、妖精だよ?」


 Kはまばたきひとつせずに、男を見つめる。


「……誰?」


 セリアが突然振り返り、Kの背後に目を向けた。

 けれど、そこには何もなかった。


「今……誰か、入ってきたような音が……」

 

 Kは答えない。

 男はおかまいなしに、セリアなど存在しないかのようにKにだけ語りかける。


「ねえKくん。それ、君の“信仰”になってない?」


 その瞬間、Kの背筋が氷のように冷えた。

 言葉の意味より、**その気配**が――何か、もっと深いものを揺さぶった。


 セリアが眉をひそめ、Kの肩にそっと触れた。


「K……? 大丈夫?」


 しかしKは、セリアではなく、その男を見ていた。


「恐れを力にするのはいい。けどね、“信じ切る”と、鎖になる」

「……そうやってね、人の心が熟れていくのを、長く見てきたんだよ」


 男はにこりと笑いながら、両手を羽のようにばたばたと振った。


「信じた力は、やがて君を喰うよ。……昔もそういう子を見たことがある。

でもそれも、悪くない終わり方かもしれないね」


「でもね……そういうの、だいたい最後は“自分の信仰”に裏切られるんだよ?」


「妖精だからね。わかっちゃうのさ」


 ふっと、その姿は煙のように掻き消える。


 セリアは気づいていない。ただKの目線だけが、何かを追っていた。


 Kはそっと目を伏せ、心の奥底に沈めていた問いが再び浮かび上がるのを感じた。


 ――俺は、本当に、信じていいのか?


 言葉にはしない。けれど、その問いは、確かに心を叩いた。



✦✦✦ 《市場の血流を断つ》 ✦✦✦


 Kは影鬼の一部を別の任務に振り分けた。


「次に影市場を使い、物流を妨害する。

金の流れを遮断し、魔力の供給を乱す。

物資が不足すれば、ゼグラント陣営は領地の運営に支障をきたす」


 そのとき、室内に再び魔導スクリーンの光が走った。


『【速報】ゼグラント陣営、北部物流拠点での輸送失敗。影の干渉を受けたとの報告も』


 セリアが振り返り、声を漏らす。


「……早いわね。こんなにすぐ効果が出るなんて……」


 スクリーンには、焦りを隠せないリポーターの姿が映し出されていた。

 バルゴが言葉を切るタイミングを何度も外した。まるで台本を裏返して読んでいるかのようだった。


 Kは一言だけ呟いた。


「数字は、嘘をつかない」


 だが、K自身は知っていた。

 スクリーンを見つめるその裏で、自らの言葉にも、どこか嘘が混じっていることを。


 セリアが腕を組み、じっとKを見つめた。


「それだけでゼグラントを崩せるって、本気で思ってるんじゃないでしょうね?」


 Kは静かに首を横に振った。


 セリアが口を開く。


「物流作戦、悪くはないけど――私なら、もっと直接“心”から壊すわね。信じさせる。あの人たち自身に」


 セリアの皮肉は鋭い。けれど時折、その奥にある本気が透けて見える気がする。

 

 Kは目を細め、冷静な口調で続けた。


「もちろん、それだけじゃない。物流の乱れは、不安を生む」


 Kは短く言い切る。


 セリアが肩をすくめ、軽く茶化した。


「不安? そんな単純なもんじゃないわよ……毎晩レート表見てる私の胃袋、もう破裂寸前」


 Kはスクリーンを見つめたまま、静かに続ける。


「不安は市場を揺らがせる。

奴らは“見たいものしか見ない”。“信じたいことしか信じない”」


「それが……市場心理の本質だ」


 セリアはわずかに口元を歪める。


「つまり、敵だけを狙えってわけね?」


 Kは無言で頷く。


 セリアが笑った。その顔はいつもより明るく見えたが、目だけは笑っていなかった。


「完全に追い詰めるのね」

「言いたいことはわかるし合理的だけど気がつかせるのはまどろっこしいわね。

直接的な行動でできないかしら」


 Kは静かに頷いた。


「追い詰めることについては、そうだ。

そして、すべてが混乱しきった瞬間に、俺たちが新たな秩序を提示する」

「直接的な行動は成果を見ながら思案しよう。そこからでも遅くはない」


 Kは沈黙する。


「新たな秩序とは何?」


 セリアが問いかける。


 Kは冷静に答えた。


「それが影鬼市場だ。俺たちが混乱を収束させる鍵を握っていると信じさせる。

 そして、影鬼市場を中心とした新しい市場構造を提案するんだ」


 セリアが笑みを浮かべる。


「つまり、混乱の救世主として自らを売り込むわけね。

面白いわね……でも、どこまでやれるかしら?」


 ……本当は、その先を訊いてみたいだけだった。


 ……その言葉が本心なのか、もう自分でもわからない。

 それでも皮肉を口にしていれば、心の境界線を保てる気がした。


 その言葉の裏にあったのは、ただの皮肉だけじゃない。


 Kがもし、本当に世界を変える覚悟で動いているなら――。

 その姿を、少しだけ信じてみたくなる自分がいた。


 Kは無言で頷き、スクリーンに映る影鬼市場のデータを見つめた。

 そこには、新たな成長の兆しが浮かび上がっている。


「ここから、始めるだけだ」


 Kの声には確信が宿っている。


 数日後、影鬼市場に新たな動きが見られた。

 物流妨害や心理戦の効果が現れ始め、ゼグラント陣営の混乱が次第に広がる。

 幹部たちは互いに疑い、投資家たちは次第に影鬼市場に注目を集めるようになった。


 スクリーンに浮かぶ新たなデータが、それを物語っている。


《影鬼市場:最新データ》


 影鬼市場のシェアは、ようやく市場全体のごく一部に触れた。

 小さな数字に過ぎないが、わずか数日での伸びとしては、異例の速度と見る向きもある。


 また、かつて高まっていた警戒や疑念は少しずつ和らぎ、投資家たちの心理にも穏やかな落ち着きが戻り始めていた。


 そして、ゼグラント陣営。

 かつては揺るぎないとされたその影響力にも、ついに目に見えるほどの揺らぎが現れた。

 それは、全体の評価を数段階引き下げるほどの後退であり、まさに支配のひび割れともいえる変化だった。


 Kは、スクリーンを見つめたまま、そっと息を吐いた。


「ゼグラント。お前の支配は……崩れ始めてる」

 

 Kの心にはまだ確信がなかった。けれど、そう言い切ることで、自分を鼓舞した。

 

 お前がつけている日記にこう書けばいいさ、“間違えた”と。

 

 だが、K自身も気づいていた。

 勝利の兆しの陰で、己の影に怯える自分がいることに。

 拭いきれない焦燥は、胸の奥にしつこく残っていた。


 ――それでも、その影がなければ、俺はここまで来られなかった。

 怖れもまた、策の一部だ。そう思わなければ、潰れてしまいそうだった。



✦✦✦ 《おまけ:妖精の勝手にK観察日記》 ✦✦✦


「Kくんってさ、基本的に冷たいじゃん?でも昨日、誰もいない廊下で壁に頭ぶつけて

『……痛ッ』って小声で言ってたの、僕は聞いたよ。あれ絶対“想定外”だったよね?」


「あとね、セリアちゃんに冷静ぶって指示出してたけど、スクリーンの裏で3回もため息ついてたのも見た。

あの人、完璧ぶってるけど、実はポンコツ成分もあるのかも……ふふ、見つけた気分!」


「まあ、そういうとこが面白いんだけどね」


「……でも、Kくんは、たぶん……まだひとりで戦ってるんだよね」

……ま、知らんけど!

 

 「妖精だからね。わかっちゃうのさ」


 

 ――語り手:たぶん妖精



 

【次回予告 by セリア】

「市場を支えてるのは、構造? 制度? ……それとも、“信じたい”って気持ちかしら」

「数字は嘘をつかない。でも信仰は、もっと正直なの」


「次回《影鬼市場特別解剖・前編》――『信仰という名の崩壊』。

構造の裏で蠢く、欲望と執着の話をしましょう」


「セリアの締め? じゃあ、ひとつだけ。

“支配しない支配者”を見たいなら、ちゃんと目を開いておきなさい」


 ……ちなみに次回、Kがちょっと情けない顔をするかも。貴重よ?  魔導記録、推奨。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ