表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

#5−2:誘導された一手



✦✦✦《影より早い波》 ✦✦✦

 

 ――あのとき、市場の鼓動と自分の心臓が、確かに同じリズムを刻んでいた。

 なら、いま動かすべきは……この“流れ”そのものだ。


 Kは魔法円に指を添えた。

 ゆっくりと、だが確実に、その構造に魔力が触れていく。

 

 Kは影鬼の一部をスクリーンに送り込み、データの微細な動きを探った。

 映し出されたのは、ゼグラントによる市場価値操作の痕跡。


「このデータに触れたとき、どう反応するか……試してみるか」


 Kは影鬼を使って、ごく小さな変動を市場に滑り込ませた。

 ――しかし次の瞬間。

 市場全体に、予期せぬ波が――静かに、しかし確実に――広がっていく。


 すると、ある魔王の市場価値がわずかに上昇し、それに連動して別の勢力の動きが乱れる。


 だが――Kの目が鋭く細められる。


 おかしい。俺が動く“前”に、すでに市場が揺れていた?

 

 市場の波は、影鬼が動くよりも先に――静かに、だが確実に広がっていた。

 Kは眉をひそめる。妙な胸騒ぎが、喉の奥にひっかかった。

 

 スクリーンに映る市場のデータは、Kが干渉するよりも早く動いていた。

 まるで、影鬼の存在を前提にしたような市場の変動。


 ゼグラント……違う。影鬼の動きが読まれている?

 いや、それだけじゃない。これは……。


 まるで、彼の一手が予測され、そこに組み込まれていたかのように。


「市場の波が、影鬼よりも先を行く……」


 Kはスクリーンを見つめた。

 眉間に力が入るのを感じる。ほんの一瞬、指先が震えた。


 市場の変動が、Kの影鬼が介入する前から動いていた。

 

 まさか……すでに誰かが操作している?


 影鬼がデータ層へと滑り込む。

 Kはその反応を待ち、価格変動と信号の微細な変化を逐一確認していた。

 だが、その瞬間――異様な速度で信号が返ってきた。通常の三倍。


「……おかしい。速すぎる」


 予定外の早さ。まるで、こちらの動きを待ち構えていたようだった。


 Kの額に汗が滲む。

 影鬼が情報の“流れ”に巻き込まれていたわけじゃない。

 むしろ……最初から、「影鬼が現れる前提」で設計された流れだ。


「仕組まれてた……?」


 感覚が変わった。影鬼が奥へ進めば進むほど、情報の流れが粘性を増していく。

 抵抗感。

 まるで、影鬼ごと、誰かに捕まえられているような……。


 しかし――揺らぎが止まらない。さらに、ここで問題が発生する。


 市場の修正操作に指を伸ばしかけた刹那、スクリーンが明滅した。


『監査プロセス発動』


 警告音もない。だが、その文字はKの背筋を確実に凍らせた。


「……随分と丁寧な歓迎だな」


 ――市場内の異常干渉に対する、自動防衛。


「なんだよ、これ……」


 Kは低く呻いた。疑念と怒りが混じった声が、制御を抜けた。


 影鬼の介入は、完璧に秘匿したはずだった。

 外部から検知される余地など、なかったはずなのに。


 Kはスクリーンに目を凝らす。市場の値は微かに波打っている。

 だが、それは影鬼が触れる前から起こっていた動き――。


 市場の波は、Kの影鬼が触れる前からわずかに動いていた。

 

 Kの影鬼が動く前に、波は立っていた。まるで、その一手すら予測されていたように。

 連動して動く構造が組まれていた……?


 Kは息を呑んだ。焦ってはいけない――そう思った。だが、胸の奥で違和感が膨らんでいく。

 これは……ただの価格変動じゃない。

 

 これは……ただの価格変動じゃない。意図的に作られた、市場の乱れ……?


 影鬼の干渉が市場に波及した――が、違和感が走った。

 あれは、落ちるはずの値だ。なのに……跳ね上がっている?

 Kの指が、わずかに止まった。


 Kが操作していない銘柄にまで、変動が伝わっていく。

 市場の奥――そこには、魔導専念樹が根を張っていた。

 無数の魔法式と演算痕が、静かにその幹を這っている。

 

 影鬼の介入すら、まるで“はじめから在る変動”のように飲み込まれ、

 値動きの波に溶けていく。

 Kは、ただ黙って見つめた。

 

 あれは……観測している。こちらの手を。

 Kはその視線を、画面越しに感じた気がした――まるで、こちらの手を読むように。


 影鬼の範囲を超えた? 計算外だ……。


 影鬼が影市場のエネルギーを通じて市場を操作する際、

 その影響範囲が完全には制御しきれない。

 Kはそれを理解していたが、ここまで急激な影響が出るとは予想外だった。


「市場は……思った以上に生き物か」


 Kの内側を、微細な波が這い上がるように駆けた。

 影鬼の感覚が、市場の揺らぎを拾っている。



✦✦✦《揺らぎの罠》 ✦✦✦

 

 Kは影の流れを操作し、事態を収束させようとする。


 しかし、ここで問題が発生する。


 市場の修正を行おうとした矢先、

 ゼグラント側の市場操作が「誤ったデータ」として影鬼の介入を検知し、

 監査プロセスを発動させたのだ。


 Kは即座に影鬼の介入を解除しようとした――だが、影鬼が応じない。

 影市場全体に異変が伝播し、予期せぬ市場の歪みが拡大していく。


 Kは息を呑んだ。


「くそっ……」


 Kは思わず声を漏らした。冷静を保とうとする意識の裏で、焦燥が音を持った。


 影鬼が逸れている。Kの命令ではなく、別の意思に触れたかのように。

 市場の深層――そこに潜む意図が、影鬼の流れを変えたのか?


 まるで、市場の奥に仕掛けられた“自動干渉検知”のようなトラップが、影鬼を捕えていた。


 俺の動きが……露見し始めたか?


 次の一手を、Kは静かに思案する。指先にはまだ、熱の名残が残っていた。

 

「ゼグラント様より、今回の市場動向に関する指示がある」

 

 投資家たちの間に重苦しい沈黙が広がる。

 言葉は重い鎖のように空間を縛る。

 

「以下の決定が下された」


 Kはその発表を聞くと、静かに目を伏せた。


 ……やはり、俺の動きは読まれていたか。


 市場を操作するはずが、ゼグラントの決定がさらに上の一手を打ってきた。


 Kは考えを巡らせる。


 おかしい。今動くのは悪手だ……それは分かっている。

 だが、市場の変動が俺の動きを前提にしている?


 Kは拳をゆるめ、震えそうな手を抑えるように深く息を吐いた。

 ……落ち着け。

 だが、研ぎ澄ませる感覚は――こない。

 ただ、何かが削がれていくような感覚だけが、皮膚の奥に残った。


 読まれていた? いや――これ自体が、俺に踏ませるためだった……?


 市場は、影鬼の介入を待ち受けていたかのように、わずかに揺れを返してきた。

 まだ誰も気づいていないが、それは小さな波となり、やがて市場全体を覆い尽くす。

 Kは目を細め、息を吐く。


 Kは小さく息を吐いた。まるで誘われるように、進むべき道がすでに描かれているようだった。


 Kはそっと目を閉じた。静けさを求めるように――だが、胸の奥で何かが燻っている。

 焦燥。疑念。もしかすると、恐れすら混じっていたかもしれない。


 他に方法はないのか? 本当に、これしか……?


「ここまで読まれてるなら……壊す。そうするしかない」


 市場に抗う。それが、今のKに許された唯一の“選択肢”だった。

 それは諦めではなく、抗うための覚悟が形になった証だった。


 決断が、重く心を押し潰していく。

 だがKは、震えそうになる手を握りしめた。

 その震えは、すでに“迷い”ではなく“火種”に変わっていた。


 ふと、Kは自分の手を見る。

 影鬼が震えていた。まるで、何かを訴えかけるように。


「……」


 Kは目を開けた。

 迷いが消えたわけではない。

 ただ、もう後戻りはできない。


 Kは呟いた。思ったよりも冷たい声だった。

 その響きに、自分でもわずかに驚いた。

 けれど、もう迷いは残せなかった。

 

 だが、その冷たさこそが――もう引き返せないという証だった。

 その声には、覚悟の輪郭が宿っていた。

 

 Kはゆっくりと拳を握る。

 心に残る迷いは、すでに行動の中で溶けていく。


 セリアの気配が背後に滲む。

 気配があるだけで、空気が変わる。

 目を向けたくなる。向けたくない。……その間で、意識がざわつく。


 Kは、ほんのわずかに振り返ろうとした――だが、目を閉じた。


 あの人の声には、妙な重さがある。

 命令でもないのに、無意識に従わせてくるような――そんな、形のない力。


「……冗談、でしょ。ねぇ、K……」


 セリアの声が、乾いた夜気の中に沈んでいく。


「どうして何も言わないの。……こっちは、ずっと見てるのに」


 Kは、返せなかった。

 その声に、少しでも返事をすれば、何かが崩れそうだったから。

 見透かされている気がする。

 ……いや、見透かされたいと思ってるのかもしれない。

 

 優しさなのか、ただの観察なのか――判断がつかない。

 けれど、その声に揺れる自分が、少しだけ嫌だった。


 Kは、声にならない言葉を飲み込んだ。

 今ここで向き合えば、迷いが戻ってくる。

 だから、振り返れなかった。

 

 冷たい空気の中で、彼女の震えがKにははっきりとわかった。


 Kは静かに拳を握る。

 じわりと汗が滲む。

 

 だが、それを拭おうとはしなかった。

 ……迷いが、まだ残っているのか?


 それでも、止まれない。

 

「喰らう側に回らなければ、生き残れない。――それだけの、世界だ」


 喰らうか、喰われるか。それだけが、この市場のルールだった。


 影鬼の震えが、止まった。

 まるで、Kの決断に応えたかのように。

 炎が――立ち上がる。

 

 静かに灯ったその火種が、市場の奥底を焦がしはじめていた。

 市場に抗う戦いが、ここから始まる。


 Kは、制御を外された影鬼を前に、一つの選択を下す。

 指先が再び魔法円へと伸びた。

 だが今度は――最初に定めた式とは、まったく異なる手順だった。

 



 【次回予告 by セリア】


「“力がある”ってだけじゃ、市場は動かないわ。必要なのは、“意味がある”ってこと。……ね、K?」


「影鬼の暴走、揺れる価値、そしてKの未熟な決断。次回《境界の揺らぎ》、『語られぬ力』。

ただの兵器で終わるのか、それとも物語になるのか――選ぶのは、“制御する覚悟”よ」


「セリアの小言? そうね……“使える力”と“語られる力”は違うのよ。売り物にしたいなら、せめて“理解者”くらい演じてみなさいな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ