#4−9:価値を制する者
✦✦✦ 《揺れる王座》 ✦✦✦
戦場の中心――Kはそこに立ち、市場の揺れを“感じ取って”いた。
すると、すぐに魔王市場に変化が現れた。
「おい、バルトグスの魔王評価が一気に下がってるぞ!」
「支持してた魔族が次々に撤退してる……」
ざわめきが、魔導スクリーンの向こうから染み出すように広がった。
バルトグスの派閥にいた支援者たちが、一斉に資金を引き上げ始める。
誰もが、見限ったのだ。迷いもなく、静かに。
魔王ランクは一気に暴落し、支援者たちは雪崩を打つように撤退していく。
「待て……本当にKの影に賭けるべきなのか?」
投資家の一人が震える声で呟いた。
別の者が魔導スクリーンを睨みつける。
「数字を見ろ! バルトグスの“信用値”が危険水域に達してる!」
「支援が一気に引いてる……! このままだと、バルトグスは完全に“見限られる”!」
「だが……もし、逆転策があるとしたら……?」
市場のざわめきが、次第に不穏な沈黙へと変わっていく。
バルトグスは、愕然とした表情でKを見上げた。
「貴様……戦場で倒すだけじゃなく、市場を利用して俺を潰すのか……?」
Kは、一瞬だけ視線を落とした。
Kの脳裏に一抹の疑念が過った。
市場はすべてを決める――そう思っていた。だが、Kの中に違和感が生まれていた。
あれは生き物だ。予測を拒む、脈動する怪物だ。
だが、それを制御できれば勝者になれる。
影鬼の圧倒的な力を持ってしても、戦場では絶対はなかった。
ならば、市場もまた例外ではない。
「……チッ」Kが舌打ちと共に言葉を吐き捨てた。
「市場が、魔王を決めるんだよ」
Kは短く言い切った。
「勝つだけじゃ、足りない。……認められなきゃ、敗者だ」
……それが、この世界の“現実”。そして、お前はそれを誰より知ってる。
Kは目を伏せる。感情ではなく、確信がそこにあった。
わかっているはずさ――お前だってな。今までそうしてきたんだろ?
勝たなきゃ生き残れない。掴まなきゃ進めない。
最後に残るのは、価値を“見られた”奴だけ――。
バルトグスは、歯を食いしばった。
「くそっ……こんな……!」
Kは、彼の方へと歩み寄る。
「誰も、お前を“未来に繋ぐ駒”とは見ていない。……もうな」
「お前の支配領域はもうない。軍勢もいない」
「つまり――お前は、“数字の戦場”から落伍したんだ」
バルトグスの顔から、血の気が引いていく。
「そんな……俺は……!」
✦✦✦ 《情報の支配》 ✦✦✦
Kは、魔導スクリーンを見つめ、冷静に数字の波を読み取った。
バルトグスの評価は、もう回復しない。
投資家たちは、次々とバルトグス派から手を引き、
彼の支援基盤は音を立てて崩れていく。
Kは冷静に魔導スクリーンを見つめながら、呟いた。
「生きたまま“価値”を奪われる痛みは――剣より鋭い」
バルトグスは、膝をつき、呻き声を漏らした。
「ふざけるな、貴様……俺を、こんな形で……!」
市場に生き残る者は、支配する者だけだ。
Kは背を向けた。
静かに、言葉を落とす。
「戦場では生き残れた。だが……市場では、敗者に価値はない」
だが。
何かが違う。
影鬼が――“ざわめいた”。
ふと、Kは立ち止まる。
終わった、はず。
終わったはずなのに……背中に、冷たい感触が広がっていく。
Kが勝利を確信したその瞬間、奇妙な感覚が背筋を這い上がった。
情報の流れを逸脱している……?
まるで、影鬼が“市場そのものの意志”に触れようとしている――。
影鬼の気配が、わずかにざわめいた。
Kは目を細め、心の中で呟いた。
Kは眉をわずかにひそめた。
支配とは、数字の裏にある――“意志”を動かすこと。
……本当に、掌握できていたのか?
Kはふっと口角を歪めた。
「……けどな。結局その“意志”を動かしてるのも、どこかの“誰か”ってわけだ」
問題は――その“誰か”を、操れるかどうかだよ。そこが……すべてなんだ。
この戦いでKは、ただ強さを示すだけでなく、市場という新たな戦場を制する術を得た。
✦✦✦ 《価値の終焉》 ✦✦✦
バルトグスは膝をついた。
震える手が地面を掻く。
こんな……馬鹿な……。
「クソッ……クソッ……!」
バルトグスは、言葉を失い、ただ崩れるように膝をついた。
魔導スクリーンの光は、もはや彼に何も映さない。
世界が、音もなく彼を置き去りにしていく――。
音もなく、価値が剥がれ落ちる。それが、この世界の敗北だった。
Kは、その光景を見届けながら、ふと拳を握る。
戦闘など……ほんの一面にすぎない。
勝敗を決めるのは、“市場を操る意志”だ。
ああ、情報だけで、相手を殺せるのか――初めて、そう思った。
――市場が、魔王を決める。
この世界では――剣ではなく、情報が王座を奪う。
Kはその現実を、静かに噛みしめていた。
Kは喉の奥がひりつくのを感じた。――欲望ではない。
“影”に触れたときと同じ、本能的な不安だった。
それでも目を離せなかった。
セリアは、それを見ていた。測っていた。Kの反応すら、“市場”の動きの一部として。
どこまで支配できるか。どこまで理性を逸らせるか。
Kは、自分の欲望すら他者の手で測られることに、どこか戦慄を覚えていた。
自分が、試されていることはわかっていた。
セリアは――ただ見せているのではない。
どこまで支配できるか。どこまで自我を揺さぶれるか。
その限界を測っている。
……今の俺は、まだ駒の延長にすぎないってことか。
Kは奥歯を噛みしめたまま、スクリーンに視線を戻す。
数字の波が淡々と動き続ける――だが、心は波立っていた。
……あんな仕掛けひとつで、ここまで崩れるとはな。
だが、違う。
この揺らぎを、終点にはしない。
Kは、ぐっと拳を握りしめた。
……でも、これで折れたら――結局、“測られる側”から抜け出せない。
まだ、足りない。自分を律する力も、支配者の器も――。
だが、だからこそ進むしかない。
セリアは、鏡越しにKのわずかな“戻り”を見ていた。
わずかに伏せられた視線、指先に込められた力――。
それが、彼女の目には確かに映っていた。
セリアは静かに測っていた。今の手でも崩れはしない。だが、確かな反応――“揺らぎ”はあった。
じゃあ次は、どこを崩せば――。
口元には笑みを浮かべながらも、セリアの内心は静かに測っていた。
Kという素材がどこまで登るのか。その限界は、どこにあるのか。
――ただの駒としてではない。
自分の“投資先”として、試す価値があるか。
Kの目が、再び真っ直ぐにスクリーンを射抜いた。
その瞳に、もはや先ほどの揺らぎはなかった。
市場が、魔王を決める。
だがそれは、他者に操られるだけの存在ではなく――操る側になる者の視線だった。
Kは、静かに言った。
「魔王とは、“戦いの強者”ではない」
「“市場の支配者”だ」
セリアは、Kの背を見つめながら、わずかに口角を上げた。
それは――確信に満ちた、“皮肉すら帯びた”支配者の笑み。
けれどその奥には、読み取れる者にだけ届く、静かな信頼が滲んでいた。
「K――もう、あなたは“ただの駒”じゃない。……でも、自分の意思だけで動く覚悟、あるのかしら?」
「ならば、どう動く?」
Kは静かに目を閉じ、拳を握る。
あの日の俺は、誰かに価値を決められる存在だった。
だが、もう違う。
「価値はもう、誰かにくれてやるもんじゃない。……これからは、俺が描く」
……誰かに決められるのは、もうたくさんだ。
今度こそ、自分の手で、“価値”を描く。
影鬼の力と市場操作。
まるで二つの異なる戦場が、一つの"影"で繋がったかのようだった。
Kはスクリーン越しに市場の動向を見つめながら、影鬼の存在を意識する。
影鬼の影は、市場に繋がる魔導ネットの背後を這い、
投資家たちの判断を微かに狂わせる“無言の圧”となっていた。
影鬼の影が、魔導ネットワーク――魔王たちの意思が交差する情報網の奥底へ、じわじわと侵食していく。
情報の線が脈を打つ。まるで、見えざる心臓が――どこかで鼓動しているように。
その瞬間――Kは違和感を覚えた。
Kは、影の揺らぎに目を細めた。
いつものように、ただの流れではない――。
まるで、見透かされたような……そんな気配があった。
まるで――意思を持ったかのように。
市場の情報を流すはずの影が、まるで意思を持ったように揺らいだ。
Kの背筋に、一瞬の寒気が走る。
何だ……これは?
影に触れた投資家たちは、一瞬動きを止めた。
「……この影、感じる……まさか、“意志”か?」
誰かが低く呟く。
ざわめきが、まるで何かに飲み込まれるように静まっていく。
加わるのか、それとも逃げるのか――。
選ぶのは、彼らだ。だが、影は……すでに“意志”を帯びていた。
Kの知らぬところで、もう一つの市場が目を覚ました。
――Kが見ていない場所で、世界は密かに“新たな秩序”を書き始めていた。
【次回予告 by K】
「……支配するってのは、相手を抑え込むことじゃない。“自分の影”すら、裏切る覚悟を持つことだ」
「影鬼の異常、期待と恐怖の暴走、そして俺自身に向けられる“支配不能”という烙印。
次回《境界の揺らぎ》、『支配の代償』。
牙を向けたのが敵じゃなく、自分の創った影だったとしたら――その代償を払えるか?」
「Kの独白? ……俺は、制御してるつもりだった。ただそれだけの話だ。……でも、“つもり”じゃ、影は従わない」




