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#3−7:価値の座標軸



✦✦✦ 《投資ラウンジの空間》 ✦✦✦


 ――Kは、静まり返った空間に浮かぶ光のスクリーンを見つめていた。


 室内は天井も壁も存在せず、全方向に漆黒の空間が広がっていた。

 唯一の光源――巨大なスクリーンが宙に浮かび、そこから溢れる光粒が床のない足元に波紋のように広がっている。

 無音。重力さえも一時的に失われたかのような、浮遊感。

 空間全体が、“情報を祀る神殿”にでもいるような錯覚を覚えた。


 そこに映し出されているのは、魔王市場のデータ――時価総額、支配領域、勢力規模など、

 無数の情報が踊っている。

 単なる数字じゃない。魔王たちの“生きた証”みたいなものだ。


 スクリーンが強く輝くたび、評価された名は、情報の光層に刻まれ、仄かな輝きを放つ。

 だが、価値を失った名は静寂な闇へと吸い込まれ、記録そのものが無かったかのように沈む。


「……ここが“投資ラウンジ”なのか」


 Kは静かに呟いた。


 セリアが、光の中に足を踏み入れた。その動きが、ためらいとも演出とも取れた。

 

「……まあ、ここが一番の“心臓部”ってとこね。

価値が集まりすぎた場所は……いつも、一番先に壊れるのよ」


 少し笑ったが、それが本心かどうか、Kにはよくわからなかった。

 

 Kは目の前のスクリーンに視線を落とし、その煌めく情報に飲まれまいと、意識を集中させた。

 ……関係ないけど、昔、セリアと地下街で迷ったことがある。

 地図を持ってたのに、道がどんどん消えていって、気がついたら同じ場所をぐるぐる回ってた。

 情報の“嘘”って、ああいうのかもしれないな。

 今になって、ふと思い出した? 意味は、ない……だと?


 待てよ、どういうことだ? 俺はセリアと出会ってまだ数ヶ月だ。

 ついこの間拾われたばかりだ。なのに……。

 

 そこにはランキング形式で魔王たちの名前と市場評価が表示されている。

 

 「ゼグラント」の名が浮かび上がった瞬間、スクリーンが一瞬、焦げつくみたいに脈打った。

 その裏から……何か、竜? いや、影みたいなものが、ぬるっと現れて、また消えた。

 

 ただの名ではない。その“気配”が、画面越しにこちらへ睨みを利かせているようだった。

 Kはその名を見た瞬間、あの“魔王級”の威圧を思い出した。

 あれが、ランキング上位の重みというやつか。


 

✦✦✦ 《魔王市場の構造》 ✦✦✦


【魔王ランキング(非公式市場集計)】


 ❶ ゼグラント

  魔力資産:極大級(S+ランク)【やや上昇】

  支配領域:東部魔界の“ほぼ全域”


 ❷ ヴェルト

  魔力資産:大規模(Sランク)【安定成長】

  支配領域:南部魔界の“過半数”


 ❸ アステリウス

  魔力資産:中〜大級(A+ランク)【やや下落】

  支配領域:中央魔界の“半分弱”


 ❹ ドレイク

  魔力資産:中規模(Aランク)【急伸】

  支配領域:北部魔界の“やや広域”



 Kは眉をひそめ、目の前のデータをじっと見つめた。

 

「これが……魔王たちのランキングか」


 セリアが微笑む。

 

「この一覧に……載ってるってことは、まあ、“まだ捨てられてない”ってことかしら」


 Kは拳を握りしめた。

 

「最低条件……か」


 このランキングに入るには、どれだけの犠牲が必要なんだ? だが――。


 Kは目を逸らさず、スクリーンに浮かぶ魔王たちの『意志』を見つめた。

 そこに、自分の進むべき何かを探すように。


 セリアが手をかざすと、光の文字が浮かび上がる。

 評価基準が、ひとつずつ順を追って現れていく。

 

 以前セリアに招待された魔導体験空間で、Kは体験という形でその一旦を垣間見ていた。

 今回は、その中身を“言語化”して見せるということか。


 最初に浮かんだのは……「魔力」だったか。

(Power)――直接的な力、ってやつ。戦争とか。暴力、とも言える。

 Kの脳裏に、ゼグラントの圧だけが先に浮かんで、説明が後から追いかけてきた。


 ただの暴力では、価値とは呼ばれない。Kはそう感じた。


 配下(Followers)――力で従わせた者ではなく、“自ら従った者”の数。

 Kは目を伏せる。今の自分には、呼びかける声すら持たない。

 組織とは、信頼の結果であり、まだ――自分には遠い。


 支配領域(Domain)――数字だけじゃない。“管理しきれているか”が見られているってことか。

 これだけじゃない。“統治の意志”が評価されるということか?


 Kは、映し出された地図の断片に目を向けた。

 色分けされた領域が、ただの数値ではなく、命令系統や物資の流れ――。

 ただの地図じゃない。“生きて動いてる”のが、わかる。

 

  ――机上の数字では、人は動かない。

 意志が通り、支配が機能して初めて、それは“領土”と呼ばれる。


 信用、って言われても……たぶん、“これから”を信じさせられるか、ってことなんだろう。

 実績とかじゃない。……いや、ほんとは少しは関係あるのかもしれないけど。

 Kは、うまく言えないまま、それでも「そういうことだ」と思った。

 その“これから”を、自分は語れるのか――Kはほんの一瞬だけ、問いかけた。

 

 Kは、セリアの部屋で一瞬だけ目にした――。

 “信頼スコアの欠落”で切り捨てられた召喚者の記録を思い出していた。


 Kは無言で、最後の項目を見つめた。未来に賭けられるか。それが、すべてを決める。

 

 セリアはひとつひとつの項目に指を向けながら、説明を続ける。


「いちばん怖いのは……“信用”ってやつ。

生きるか、消えるか、それで決まる。

――誰かに賭けられるって、そんなに簡単なことじゃない」


 Kは、淡々としたセリアの声を聞きながら、項目の一つ一つに目を走らせた。


「……“まだいける”って思わせること……か?」


 言った瞬間、Kは違和感を覚えた。

 いや、それだけじゃない。なんか……違う。

 うまく言えないけど、たぶん、それだけじゃない。

 

 Kはスクリーンを見つめながら、小さく吐き出すように呟いた。

 ……信じさせたやつが勝つ。そう思ったとたん、喉の奥がひりついた。


 Kは視線を落としながら、呟いた。


 自分で言って、自分で飲み込めなかった。


 しばし、沈黙が支配する。スクリーンの光だけが、静かに瞬いていた。


 詐欺師と紙一重ってやつ、かとKは理解していく。


 セリアは頷いた。満足しているようにも見えたし、どこか、突き放しているようにも見えた。

 

「その通り。魔王市場で生き残るには、“過去”じゃなく“未来”を語らなきゃね。

“これから”のあなたに、誰かが期待してくれると思う?

――なら、見せてみなさいよ。“価値”ってやつを」




✦✦✦




【次回予告 by セリア】

「“選ぶ側に立つ”、ね。……いい響きよ。

でも、自分で言っちゃった時点で、それはもう盾じゃなくなるの」


「次回、《定義の反転》――使われるか、使い切るか。問われるのは“覚悟”」


Kはこの市場の構造を、利用すると決めた。

感情も倫理も、利用する価値に変えて――“駒のまま終わらない”と。


「正義? 怒り? ……そんなもん、この世界じゃ、ただのコストよ。払う側が死ぬだけ。

……それでも動くなら、勝手にすれば? ただ――潰れないって、思わない方がいい」


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