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#3−1:影を喰らう者



✦✦✦《契約の間 - セリアの取引》 ✦✦✦


「ここが、あなたの“商品”として仕上げる場所よ」

 

 セリアが静かに言い、Kの前に浮かび上がる扉を指差した。

 ――召喚者の処理に直結する“実験場”。

 

 その空間は、冷たくも荘厳で、無数の魔法陣が空中に浮かんでいた。

 緻密な線が絡み合い、幾何学の彫刻のように螺旋しながら回転している。

 魔法陣の一部は、天井のない空にまで伸び、星図のように光を散らしていた。


「俺をここに連れてきた理由は?」


 Kはセリアに視線を向けた。

 彼女は少しだけ口元を歪め、浮かび上がる魔法陣を指差す。


「簡単よ。あなたを市場に出せる“商品”として調整するの」


 一瞬、場の空気が張り詰める。


「つまり、俺は“売り物になるように改造される”ってことか?」


 仕立て上げられる――そう思った瞬間、自分の中からゾッとするものが込み上げた。

 抵抗すら許さない響きに、背筋が冷える。


「あなたに必要なのは、特殊な“影魔力”よ。光の届かない魔界領域でのみ発現する、異質な魔力」


 影魔力――それは、既存の魔力体系とは異なる性質を持ち、

 通常の魔導演算では制御できない“変異系魔力”とされる。

 伝説級魔王が用いたとも言われるが、情報は断片的で、危険な力として分類されている。


 セリアは薄笑いを浮かべ一呼吸を置く。


「その力を得るには、“影喰らいの魔獣”の肝臓を使うのが一番早いわ。

闇そのものを食らって生きる、魔界の捕食種。普通の魔物とは別格の存在よ」


 まるでどこかに買い物に行くぐらいの気軽さだ。


「肝臓って……どこで手に入れるんだ?」


「“影喰らいの魔獣”の肝臓よ。とても希少で、私も手に入れていない。

だから――あなた自身で探すしかないの」


 Kはため息交じりに思った。

 ……マジかよ。

 このノリ、ゲームなら“イベント後に即詰み”フラグじゃねえか。


 セリアの言葉を聞きながら、Kは改めて状況を整理する。

 

 どういうことだ? セリアは俺を利用して、その肝臓を手に入れるつもりか――。

 K自身を餌にして、というのも反対から見れば合理的だが、危険が伴うはずだった。


「手術を施すため、一時的に実験場に預けるわ」

 

 セリアの瞳には微かな冷たさが宿っていた。


 Kは一瞬、“食うのか?”とすら思った。けれど違った――移植。

 ……いや、そもそもなんでそう聞こえたんだ、俺。

 自分でも笑いそうになりながら、息を吐く。


「その肝臓を移植したら、何が起こるんだ?」


「リスクはあるけれど、成功すれば強力な魔力を。

でも、失敗すれば……体も心も、魔獣に喰われるわ」


 その答えを聞いても、Kの表情は動かなかった。

 驚きもしない。怖くもない。たぶん。


 搾取されるのは、ごめんだ。

 でも……この状況、使えるなら使う。

 今はまだ、何もないんだし。


 だから――。


 リスクなんて、あって当然だ。

 ……いや、本当はちょっと怖いけど。

 でももう、踏み出すしかなかった。


「……いいだろう。その手に乗ってやる」


 セリアが微かに、満足げに笑った。

 Kを見送るその手は、淡々としていたが――ほんの少し、名残惜しそうにも見えた。



 ――冷たい鉄の檻。


 気がつくとKは、背中を冷たい金属に預けていた。

 いつの間にか移動させられたのか、あの後急激に意識が遠のいた次の瞬間、ここにいた。

 

 これが……召喚者を“素材”に変える場所か。


 無駄の無い作りで、息は白くなるも寒さは感じない。

 そればかりか息の白さと周りの白さが異常に釣り合うほどだった。

 

 価値を見出されなければ――ただ、それっきりかと考えが、何度も脳内でこだまする。

 その思考から抜け出せたのは、血と薬品の混ざった異臭が、鼻を焼くからだ。


「実験対象:51番、移植準備完了」


 意識が朦朧とする中で無機質な声が響き、Kは歯を食いしばる。


 目の前に現れたのは、不気味な漆黒の臓器――魔獣の肝臓。

 それは呼吸するかのように脈動し、表面には無数の眼のような光が一瞬浮かんでは消える。

 まるで意思を持った器官そのものだった。

 だが、Kはその異様な存在に動じることなく、冷静に視線を注ぐ。


 ここを抜け出す。そのためなら、この状況すら利用する。

 ……自分は、誰かの駒じゃない。その叫びは心の中だけで反響し、誰にも届くことはなかった。


 

✦✦✦ 《魔獣の肝臓移植 - 苦痛と覚醒》 ✦✦✦


 ……本当に、これで?

 よかったのか?

 違う、意味がない。そんな問いは――。

 今さらだ。戻れないんだ。

 ――でも、そう。

 思い込もうとしてる時点で、もう揺れてる。


 Kは、笑いそうになった。泣くでも怒るでもない感情が、喉元まで来て、引っかかったままだ。



 術式が発動し、Kの体に冷たい痛みが広がった。

 胸部が裂かれ、肝臓が埋め込まれるたびに、Kの意識は揺り戻されそうになる。


 麻酔なのか、ぼんやりする中で、自身の選んだ道だと言い聞かせていた。

 ――引き返すつもりはない。だが、引き返せるなら本当はしたい。とも思った。


 Kの痛みは麻酔など無かったかのように、想像を超えていた。

 異質な魔力が体内を駆け巡る。

 

 血が逆流するような熱が、骨の奥を焦がしていく。

 思考の輪郭さえ、音を立てて剥がれていくようだった。

 ……静寂だけが、体内の奥で鳴っていた。


 マズイ……! このままじゃ……。


 意識が闇に沈みかけたその瞬間、胸の奥で何かが脈打った。


 ドクン、ドクン――。


 その脈動は、Kの体を侵食するだけでなく、意識そのものを塗り替えようとする。


「……誰だ……お前……何者だ?」


 暗闇の中、声が響いた。

 影のような存在がKを包み込み、無数の瞳が赤黒い光を放ちながら問いかけてくる。


 ……何者か、だと? 


 Kは、身体の痛みを忘れるほどの強烈な違和感を覚えた。

 その声は、単なる幻聴ではない――自分の意識そのものが何かに侵食され、問いただされている感覚だった。


 影のような存在がKを包み込み、無数の瞳が赤黒い光を放ちながら問いかけてくる。


「お前は駒か、それとも影を統べる者か……」


 Kは影の問いに沈黙する。

 だが、その沈黙が影に飲まれる前に、彼の中に芽生えた決意が影を弾き返した。


 ……どっちだっていい。どうせ、変わる。

 だったらもう、やるって決めた奴の方が……たぶん、まだマシだ。


 “決めるのは、お前じゃない”


 誰かがそう囁いた気がした。いや、違う、自分の声か? わからない。

 Kは頭を振った。意味はない。ただ、揺れた感情を、なんとか流そうとして。


 Kは強く拳を握り、言い放った。

 

「Kだ。俺は、ただ従うだけの駒じゃない」


 その瞬間、Kの心臓が一度だけ強く脈打ったかと思うと、 音が、止まった。


 時間が凍りつくような静寂の中――。

 Kの瞳が、微かに赤黒く輝いた。


「制度を書き換える」


 ……力が、欲しかったんじゃない。

 ただ、縛られたくなかった。

 だけど、自由を手に入れるには……。

 ……皮肉だな。結局、力がいる。


「だから、“定義される”側じゃいられない。俺が、世界の輪郭ごと塗り替えてやる」


 ……そうでなくちゃいけない。


 その言葉と共に、Kの中で影と肝臓の魔力が激しく交錯した。

 暗闇の中にあった瞳が揺れ、次第に霧散していく。


 影だろうと、この体の中にあるなら……俺が、黙らせるだけだ。


 胸の中の魔力が静まり始めると同時に、Kは自らの力が制御可能になっていく感覚を得た。


 Kが目を開けると、実験室内はすでに混乱に陥っていた。


 周囲の魔族たちは、かつて暴走個体を制御した経験のある熟練者ばかりだった。

 だが今回だけは、術式の干渉すら跳ね返される――“規格外”。

 恐怖が走る。魔族のひとりが叫ぶ。


「制御不能です! 暴走が——ッ!」

「魔力の奔流が止まりません……術式、制御不能です!」


 黒い霧が部屋の中に広がり、光を飲み込むように動いているのが見えた。

 魔族たちは、術式を展開しながら必死に霧を抑えようとしていたが、その全てが無力化されていく。


 Kは、震える拳を見下ろした。

 黒い霧が自らの体を這い、指先から空間を侵食するように広がっていく。


 この力は……従ってるのか、試されてるのか。どっちなんだ。

 

 ――心臓が、他人のものみたいに感じる。けれど、確かに脈を刻んでいた。


 彼は恐怖を押し殺し、霧の動きに意識を集中させた。

 少しずつ、霧の範囲が縮小し、制御が利く感覚が生まれる。


 だが、その瞬間、霧が再び暴走を始めた。

 Kの中の力が、彼の意思を越えようとする。


 視界の端に、見覚えのない“誰か”が立っていた。

 ……あれは、誰だ? 男? 女? 人間かどうかすら怪しい。

 だが、Kはなぜか知っている気がした。知らないはずのものを、思い出すように。


 黒い霧が暴れ狂う。


 Kは自分の手を見た。指先から闇が漏れ、実験室の壁を侵食していく。


 ……止まれ。俺の力だ。なら――止まれよ。

 セリアの声が、遠くから飛んでくる。

 Kは歯を食いしばり、拳を握った。

 

「……誰にも、止められない。なら、せめて――俺が止める」


 Kがゆっくりと息を吐くと、黒い霧はまるで意思を読んだかのように静かになっていった。



✦✦✦ 《脱走 - 自らの力で切り拓く未来》 ✦✦✦


 霧が収束すると同時に、Kは周囲を見渡した。

 魔族たちは恐怖に怯え、Kに近づくことすらできない。


「これ以上ここに留まる理由はないな……」


 Kは静かに立ち上がり、実験室の扉へと歩みを進めた。

 その背後で、セリアが微笑むのが視界の端に映る。


「上出来ね。……正直、想定より少し、先に進んでいるわ」


 Kは足を止めることなく、背後の声に反応しなかった。


「いいの。私は観察を続けるだけ。けれど……今のあなたなら、もう少し深く“見届ける”価値があるかもね」


 ――興味本位か。あるいは、別の意図か。

 

 Kは足を止め、彼女を睨みつける。

 

「お前のために動くつもりはない。これは俺自身のためだ」


「ええ、だからこそ……私は見ていたいの。

……手放すには、惜しい存在になったから」


 口調は変わらない。けれどその言葉には、どこか――言葉にし損ねた情が、微かに滲んでいた。

 

 セリアは微笑んだまま何も言わなかった。けれど、Kにはわかった。

 あの瞳の奥には――観察者の冷静さと、手放すことへの迷いが、確かに滲んでいた。


 Kは、拳を強く握り締める。

 その黒い霧が這い出し、扉を……押し開けた。

 いや、“破った”というより、“壊した”。

 

 “評価は他人が決める”そして価値は、評価から決まる。――それが、当たり前だった。

 数字や肩書に塗られた人生。

 自分の言葉なんて、最初から聞かれちゃいなかった。


 だが俺は違う。この力で、外から貼られたレッテルをぶち壊す。

 それが、俺がここにいる意味だ。


 Kは静かに息を吐いた。


 黒い霧が足元を這い、指先から扉へと走った。

 霧はまるで生き物のように絡みつき、金属の扉に触れた瞬間――“腐食”ではなく、

 “概念ごと削り取る”ように、空間の一部を消し飛ばした。

 

 ――扉の先には、何がある。自由か、闇か、それとも別の檻か。

 けれど、もう振り返るつもりはなかった。


「……ここから先の“価値”は、俺が決める。

それが、“影を喰らった俺”の、最初の答えだ。……いや、そう信じさせてくれ」

 

 思いを吐露すると、Kは静かに扉の向こうへ踏み出した。

 その足音は、まだ不確かだったが――確かに“自分の意志”で踏み出されたものだった。


 だがその背後で、誰にも聞こえない声が――静かに、囁いた。


 「ようこそ、“喰われる側”へ。……いや、“喰う側”か」


 セリアはただ、立ち尽くしていた。

 その視線の先にあったのは、歪みかけた魔法陣の痕跡。


 彼女はふと、指先に宿った魔力の震えを見つめた。

 ――今のKは、もはや“観察対象”じゃない。


 《異端の起点》――ただの駒が、そう呼ばれる日が来るとしたら。


 静かに息を吐き、セリアは小さく呟く。


 「……やっかいなものを、起こしちゃったかもね」




✦✦✦




 【次回予告 by セリア】

「――力を手に入れるって、意外と簡単よ。

けれど、それを“使われる側”のままじゃ……ただの燃料で終わるわ」


「“影鬼の目覚め”? ふふ、自分の中に“異物”を飼う覚悟、できてるのかしら?

暴走する影と囁く声……次回《境界の揺らぎ》、『影鬼の胎動』。

従えるつもりで手に入れた力が、あなたを測っているのよ?」


「セリアの小言? そうね……“選べる”ってことは、“責任を持つ”ってこと。

自分の意志を名乗りたいなら、せめて“振り回される側”を卒業してからにしなさいな」

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