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#2−2:導入:体験する制度:後編


 

 ✦✦✦ 《廃棄の路》 ✦✦✦


 次にKが目を開けたとき、そこは無機質な灰色の空間だった。


 壁も床も、規則的なグリッド模様に覆われている。

 明かりはないはずなのに、全体がどこか白んでいた。


 無音。だが、妙な静けさではない。

 むしろ“誰かの存在が消された後”のような、妙に空虚な気配が漂っていた。


 Kが一歩踏み出すと、その前に“誰か”の姿が現れた。


 ――少年。

 明らかに、かつてのクラスメイトだった誰か。


 だが、その顔に生気はなく、瞳は曇りきっていた。

 背中にはナンバー管理用のタグ。

 胸には「資源候補:整理待ち」の刻印。


「……おい、なんだこれは」


 Kが声を出すが、彼には届かない。

 少年はただ、指示された通りに前へ進む。


 装置は巨大な花のように開いていた。外殻は滑らかな金属で、接合部には蒸気の脈動。

 中心には白い液体のような魔力溜まりが蠢き、呼吸のように微かに波打っている。

 その奥から、かすかに何かを吸い込むような低い音が響いていた。

 少年は、その“口”の前に、迷いなく進んでいく。


 その先には、“収束装置”と呼ばれる巨大な機械があった。

 内部は光で満たされており、扉が静かに開く。


 記録音声が無機質に告げる。


「適応失敗。生存能力なし。魔力を抽出後、構成情報は廃棄対象とする」


 魔力というエネルギーだけが“使われ”、人としての情報は削除される――資源化とは、そういうことだった。


 少年は、一瞬だけ立ち止まった。

 だが、それでも命令に逆らうような素振りは見せない。


 まるで、最初から“人”ではなかったかのように。


「やめろ……!」


 Kの喉から、抑えきれない怒りと嘆きが、ほとんど咆哮のように漏れ出た。


「こんなもんが……ッ」


 声に出す直前、喉の奥で言葉が溶けた。

 足元に転がった、彼が持っていた欠けた魔晶石を踏みつける。


「こんなもののために……! こんなもののためにぃ……ッ!」


 怒りが、悔しさが、叫びの形を保てない。

 涙と唾液を撒き散らしながら、感情だけが、喉を焼いてこぼれていった。

 

 怒りが、悔しさが、言葉にならなかった。


 何かが壊れたような音が、心の奥で小さく響いた。

 目の前で起きていることが現実だと、脳が認識するまでにわずかな時間が必要だった。


 Kの叫びと同時に、扉が閉じられた。



 そして、静かに――光が収束した。


 そこに人の形は、もう残っていなかった。


《記録削除完了。存在データ:抹消済》

 

 それは、人だった痕跡すら、帳簿のどこにも残らないという意味だった。


 冷たい音声が、何事もなかったように次の処理対象を呼び出す。


 Kの拳が、震えた。


 これが……“何もできなかった者”の末路か。


 彼らには、意志も、抵抗も許されなかった。

 ただの“期待外れ”として、処理されるだけ。


「全員……こんな風に……使い捨ての資源で終わるなんて、冗談じゃ……くそ……許せるか……ッ」


 誰かを救うとか、そういう綺麗事じゃない。


 この制度の中で、誰かが泣き、誰かが消える。


 ならば――。


 胸の奥に、焼けた鉄片のような痛みがじわりと広がる。

 自分の中にも、かつて“何か”が壊された記憶がある気がして――理由もなく喉が詰まった。


「方法があるなら、見つけ出すしかない」


 この魔導システムの“隙”を。


 Kは、ただ静かに闇の中を見据えた。


 ……誰かがやらなきゃいけない。でも、それが俺じゃなきゃいけない理由は?


 問いは浮かんで、すぐに消えた。

 答えが要るなら、行動の先に探せばいい――今は、まず動くことだけが必要だ。





✦✦✦《歯車の叫び》✦✦✦


 次の記憶再生は、始まりから異様だった。


 Kの視界が切り替わった瞬間、あらゆる映像が“乱れて”いた。

 断続的なノイズ。記録の破損か、それとも意図的な加工か――。


 断片的に映し出されるのは、ひとりの男だった。

 若く、痩せた体。血走った目。乾いた笑い。


「……ああ、わかってるさ。全部、知ってる」


 彼は叫んでいた。

 誰かにではなく、空に、壁に、世界そのものに向けて。


「なぜ俺たちが召喚されたのか? なぜ“期待された者”だけが生き残るのか?

……あいつらの都合じゃねえかッ!」


 その男――元召喚者は、次第に魔導システムの中枢へと迫っていった。

 結界を破り、強引に干渉を試みる姿は狂気にも似ていた。


 画面がチカつき、音声が飛ぶ。


《結果破壊試行を検知。抹消準備……》


「この秩序は歪んでる。選ばれたふりをして、実際は使い捨て――」


 そう叫びながら彼は孤独に破壊を試み、追跡者によって静かに“削除”された。


 Kの眼前で、彼の姿が爆ぜるように消えた――。

 記録の終端。削除処理済み。

 Kの拳が、無意識に震えていた。


 ただ、その叫びの最後の一節だけが、異様にクリアに響いていた。


「……それでも、俺は“意味”が欲しかった。

ただの歯車で終わるのは、嫌だったんだよ……」


 Kは目を伏せた。


「召喚者はこの世界の秩序を支える歯車。役目を終えれば――ただそれだけの存在」


 そう呟いたあと、Kはゆっくり顔を上げる。


「……でも、この世界のルールは強固だ。だが、完璧じゃない。きっと、どこかに隙がある」


 反抗した者が全て敗れたとしても――。

 ならば、自分は違う方法を選ぶ。


 力でもなく、感情でもなく。

 理屈で。構造の“内側”から――。



✦✦✦ 《書き換える者》 ✦✦✦


 記録の再生が終わった。

 Kの胸の内では、静かな怒りが言語を持ち始めていた。


 光の粒がゆっくりと消え、空間には静けさが戻る。

 だが、Kの胸の内では、何かが確かに燃え始めていた。


 セリアはKの方を振り向く。

 その瞳には、わずかに“測る”ような色が混ざっていた。


「見たでしょう? 召喚制度は“都合よく作られた秩序”よ。

“役立たずは資源に、従順な者は思考を縛られて”……」


 セリアは一瞬だけ言葉を切った。まるで何かを噛みしめるように。


 「……そういえば、昔ここにいた召喚者が、やたら紅茶にうるさくてね」

セリアは、少しだけ笑った。けれど、何の文脈もなかった。

「関係ない話だったわね」


 セリアはひと呼吸置いてから言葉を続けた。

 無駄も壊れもない。止まらないように最初から、そう……うまく“設計された”感じ。

 

 彼女の瞳に、わずかな陰が走る。


「血の上に築かれていても、ね。……もし穀物が意識を持ったら? 家畜が言葉を話したら?」


 セリアの声は静かだったが、どこか冷え切っていた。


「それでも、人は食べるわ。仕組みが変わらない限り、ね」


 Kは何も言えなかった。

 自分たちは――糧として、扱われている。


「……俺たちが、穀物や家畜と同等だというのか」


 声にした瞬間、Kは喉の奥に引っかかりを感じた。

 自分でも気づかぬうちに、その“更に下”の存在に落とされていたことに――。


 この世界の住人にとって、自分たちは資源。名もない、採掘対象にすぎない――。


 喉の奥が焼けるように熱い。

 Kは視線を向けたが、セリアは目を逸らした。


「それでも私は、どこかで“完成されたもの”に、惹かれてしまうの。

美しさって……ときに、残酷なくらい理屈に忠実だから」


 そして最後に、ふっと笑う。


「そんな世界の機能美。……あなたは、どう思う?」


 Kは答えなかった。代わりに、目を細めてゆっくりと息を吐いた。


「壊したって……何か残さなきゃ、また同じだ……そんなの、ただの自己満だろ……」


 その言葉に、セリアの眉がわずかに動く。


「俺は、この中に入り込んで、少しずつ――構造ごと書き換えてやる……理屈で、な」


 壊すだけじゃ足りない。この世界の“根っこ”ごと、書き換える。


 言葉は静かだったが、その奥には確かな決意が宿っていた。


「召喚者が、自分の意思で“意味”を生み出せるような……。そんな世界に、俺が変えてやる」


 セリアはしばらく黙っていた。


「何も言わず、消滅させられる……。そんな連中がいて――いいわけがないっ!」


 やがて、小さく目を細める。

 その表情には、読みきれない何かが混ざっていた。


「……昔の誰かと、少し似てるわね」

 

 セリアはふと目を逸らした。まるで、その“誰か”の記憶に触れるのを恐れるかのように。

 

「“制度の内側から変える”って、口にしたのは……あなたが初めてじゃない」


 Kは一歩、セリアの方へ進む。

 その歩みは確かで、揺らぎはなかった。


「この世界、どこかが歪んでる。……でもな、それが穴にもなる。

……その“矛盾”すら計算してる誰かがいたとしたら?

……変わるとしたら、たぶん……構造の隙間とか……そういうとこ、なんだろうな」


 セリアは、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、かすかに微笑む。


「……なら、願わくば、あなたが“最後の火”じゃないことを祈るわ」


 セリアはふっと目を伏せ、少しだけ口調を落とす。


「……制度に楯突いたやつ、前にもいたわ。でも、みんな燃え尽きた。……あんたが“ただの火”じゃないって、どうして言える?」


 Kは答えず、ただ前を見ていた。――まだ、炎は消えていない。




✦✦✦ 《扉なき部屋》 ✦✦✦


 Kの視界に再び変化が訪れる。


 空間がひとつの部屋へと変わっていく。

 だが、そこには“扉”がなかった。


 この世界のどこにも繋がっていない部屋。

 誰かが踏み入れることも、逃げ出すこともできない空白の空間。


 だが、Kはその中で、確かな歩みを止めなかった。


 ただの観察者でも、使い捨てでもなく――。

 この世界に、新しい“定義”を刻むために。


「……俺だって、まだわかない。でも……決めてやる。これから……な」


 自身を奮い立たせるため、Kはあえて言葉にした。

 けれど、実のところその意味がはっきりしていたわけじゃない。

 ……でも、そうでもしなきゃ、立ち止まりそうだった。

 

 その足音は、まだ名もない未来へのノイズだった。

 踏みしめた床が波紋のように広がっていく――まるで世界そのものが、応えているかのように。

 

 だがその一歩目こそが、誰かに与えられた定義ではなく、彼自身の意思で選ぶ“新しい世界の始まり”だった。


 Kはただ前を見つめたまま、低く呟いた。

 

「……始めよう」


 その瞬間、“起動フラグ:外部干渉”の警告灯が、誰にも知られず灯った。




✦✦✦




【次回予告 by セリア】

「“数値化”って便利よね。価値が明確になって、管理も効率的になる。

……ただし、心なんてものは、測りづらくて邪魔なだけだけど」


「次回、《覗かれる側へ》――評価される側から、基準を揺らす者へ」


“評価不能”――そう記された名札が、制度にとって最も厄介なノイズになる。

だって彼は、触れるだけで“数字”を歪ませるから。


「セリアの小言? そうね……“値段がつかない者”ってね、最初は無視されるけど、

いざ動き出すと、“市場そのもの”を壊すのよ。だって、最初から買えないんだもの――どうやって支配するつもり?」

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