第97話:つけて。
ジョーは馬に括り付けられていた袋から、麺や果物などを取り出していく。
「これ、コーシュで買ってきたホートゥーっていうパスタの麺な。作り方も書いてもらったんで試してみてくれ。それでこれがドライフルーツで……」
と言いながらレーズンやらいちじくやら干し柿を並べていく。部屋に甘い匂いが広がっていくので、なるほど質の良いものであるのだろうなとウニリィは思った。
彼女はスライムを抱きかかえながら呟く。
「あれよね、夜中まで飲み歩いてー、お土産買って、奥さんの機嫌をとろうとしている旦那さんみたいな」
「うぐふっ」
ジョーは咽せた。
マサクィたちが笑い、クレーザーも苦笑を浮かべる。ジョーはそれには答えず、厳重に梱包されたものを取り出して袋を破っていく。出てきたのは瓶であった。
「……これは親父に」
「おお、ワインか」
酒好きではあるが、銘柄には詳しくはない様子のクレーザーのために、サレキッシモが言う。
「それはセヴンワイズという銘酒ですね。コーシュはワインの名産地なのですよ。ジョーシュトラウム殿はずいぶんと奮発されましたな」
「ほう」
「へぇ」
クレーザーが感心し、ジョーもそうなのかという表情である。
彼は勧められたものを言われるがままに買っただけなのだ。気前よく金を出しはしたが、ちゃんと良い物が買えていたらしい。ぼったくられたりはしていない様子だった。
「ジョーは酒を飲むのか?」
「ああ。ただ、あんまり酔えないんだ」
奇妙な表現ではある。ふむ? とクレーザーが首を傾げた。
マサクィがぽんと手を打った。
「あー、聞いたことがあるっす。冒険者の戦士でも最上位とかって、ワインなんかじゃ全く酔えなくなるって」
ジョーや最上位の戦士と呼ばれるような人間は、魔力により肉体が大きく強化されているのだが、それは筋肉だけではなく骨格や内臓もである。
つまり、アルコールの分解速度も常人の比ではないのだった。彼らは度数の強い蒸留酒や火酒を水のように飲む。
そういうことをマサクィが説明する。クレーザーは頷いた。
「なるほどな。じゃあ、夜に一杯だけ乾杯しよう」
「ああ」
ジョーは、はにかんだ笑みを浮かべた。そして最後にウニリィの前に包みを置いた。
「これはウニリィに」
「あ、そうなの? ドライフルーツとは別に?」
「おう」
ウニリィの抱えているスライムは、卓上のドライフルーツが気になるのか身体を伸ばしているが、ウニリィはそれを押さえながら床の上に置いた。
ふるふる。
そんなー。
そう思っているスライムに、ウニリィは卓上のレーズンを一つ落としてやる。スライムはいそいそと干しぶどうを食べ始めた。
ウニリィが包みを破くと、中からは小箱がいくつも出てきた。
ちらりとジョーに視線をやれば、開けろというように頷きを返される。
「まぁ」
中にあったのは水晶の首飾りであった。涙滴型にカットされた大粒の水晶のペンダントトップ。細い金のチェーンを持ち上げれば、水晶は光を浴びて輝いた。
「素敵ね」
「良かった」
「これ全部そうなの?」
全て装飾品なのかと尋ねると、ジョーは頷いた。
「嬉しいけど……、こんなに貰えないわ」
「あー……俺が突然出ていってお前には迷惑をかけたし、成人の祝いも贈れてないし、貴族関係でこれからも迷惑をかける。こんなものでそれが返せるとは思わないが、せめてもの気持ちと受け取ってくれ」
ウニリィはネックレスを持った手をジョーに向かって差し出す。
受け取れないということかとジョーが眉を僅かにひそめながら、それも仕方ないかとウニリィの手からネックレスを受け取る。
ウニリィは両手で橙色の髪をかきあげてまとめた。白いうなじがあらわになる。
「つけて」
「お、おう!」
ジョーは立ち上がり、いそいそとウニリィの背後に移動する。慣れない手つきでネックレスの留め具を外し、ウニリィの首に回した。
「いいぜ」
ウニリィは持ち上げていた髪を下ろすと、胸の中心にネックレスが来るよう調節して尋ねた。
「どうかしら?」
クレーザーもサレキッシモもマサクィも、無言で頷くとジョーに視線をやった。お前がなんか言えということだ。
ジョーはウニリィの正面に回って大きく頷く。
「おお、似合ってるぞ。あー、うん。良い、すごく良い」
「そう?」
ウニリィはそっけなく言う。ジョーは慌てたように言葉を続けた。
「もし気に入らなければスリーコッシュでも行って直してもらうといい。石そのものはきっとかなりいいやつだと思うからデザインを今の流行りのにしたいなら」
「いい」
ウニリィはジョーの言葉を止めた。
「そうか? でも」
「これはこのままがいい」
「……そっか」
これは兄からのプレゼントなのだから。
ウニリィはジョーを見上げて笑みを浮かべる。
「ありがと、兄さん」
「おう」







