第96話:なんとかなるさ。
「ななななな、い、いないわよ彼氏なんてそんなの!」
ウニリィは慌てた様子で手を激しく振って否定するが、明らかな挙動不審であった。
ジョーはにやにやと笑みを浮かべる。
「なるほど、まだ彼氏や彼女ではないし、婚約なんかもしてないのかもしれねぇな?」
「そ、そうよ!」
話を聞いていたサレキッシモが苦笑した。明らかな誘導尋問にウニリィが引っかかっているからだ。
「つまりそのうち彼氏にする気はあるんだな?」
「んぐっ!?」
ウニリィは、ばぁん! と机を叩いた。
床にいたスライムが、呼んだ? と身体をもたげる。
「ヴェラーレさんとはそういうんじゃないから!」
「へぇ、ヴェラーレさんっていうのかー。俺はマグニヴェラーレって聞いてたんだけどなー、そうかー愛称で呼んじゃってる感じかー」
ジョーはわざとらしい口調で言った。
あわあわとウニリィは口を動かし、クレーザーたちも笑う。
「んで、その彼はいないの?」
「この間までいたんだがな」
クレーザーは肩を竦めた。
先日、ウニリィはマグニヴェラーレと共に王城に向かい、国王と謁見したわけであるが、彼は今ここにはいない。
マグニヴェラーレにも宮廷魔術師としての仕事があるのだ。彼は王都に残り、ウニリィは彼の雇った護衛と、王都でたまたま出会ったサレキッシモと共にエバラン村に戻ってきたのである。
「いやぁ、ちょっと話してみたかったんだけどな。残念。それで、どんな出会いだったんだ?」
「知らない!」
ウニリィはぷいっと顔を背ける。
サレキッシモはおもむろにリュートをとりだすと、優しい手つきでピンと弦を弾く。そして歌い始めた。
「こおーりのー、きゅうーていーまじゅーつしーどーののー、うたーをーうたーおうー」
「ちょっと!?」
ウニリィは激しく声を荒げた。
この歌は先日、再会したときに食堂でサレキッシモが歌っていたものだ。
「かれのーひとみがー、だれにむけられたときー、ねつをーもつのかー。だれのみみもとでー、やさしくーささやいたのかー」
「やめて!」
「まあまあまあまあ」
ジョーがウニリィを後ろから抱きつくように羽交締めにする。
「そのうつくししきーしょうじょー、かのじょのなはー、ウニリイィ〜〜」
スライムがいればウニリィもジョーに痛打を与えることができたが、先に拘束されていればそうもいかない。
ウニリィは抵抗するもジョーに押さえ込まれ、結局は一曲を歌いきられるのであった。
ジョーはウニリィを解放し、拍手する。
「サレキッシモと言ったか。ありがとう」
「いえいえ、お安い御用ですとも」
ふーん、とジョーは考える。
サレキッシモの歌がもちろん誇張はあるだろうが、ウニリィの様子から見ても全くの嘘ということもあるまい。であるなら互いに好意くらいはあるのだろう。
ウニリィに視線を向けてもむくれてしまったので、クレーザーに尋ねる。
「実際、親父から見てどうなの?」
「ありゃいい男だな」
「ほう」
「それこそお前のせいでウニリィが貴族の婿を貰わにゃならんのだが」
「あー……すまない」
ジョーは素直に頭を下げる。
「いや、それは仕方ないことだろう。だがここに貴族も呼んだが、結局スライムに興味なくてダメだった」
「だろうな」
「だが彼は魔術師だからか? うちのスライムそのものやスライム職人の仕事にも興味持ってくれたんだ」
「あー……だろうな」
マグニヴェラーレは魔術師だからというより、研究者気質なのだ。
「まだ会ってからそこまで経ってる訳じゃないが、ウニリィとも仲よさそうには見える」
だがなあ……、そう言いながらクレーザーは頭をかいた。
「俺もついこの前知ったんだが、彼は公爵家の坊ちゃんなんだってな?」
「ああ、そうだよ」
「ウニリィを嫁に出すってならともかく、それがうちなんかに婿入りするかよ?」
うーん、とクレーザーもジョーも唸った。
まあ、少なくともこの家は公爵令息を迎えられるような家ではあるまい。
「すいません、ジョーシュトラウム殿」
サディアー夫人が声をかける。
「アレクサンドラ様はなにか仰ってましたでしょうか?」
サディアー夫人はキーシュ家から派遣されているのである。主家の令嬢の意見は重要であった。
「ドリーは、元々はキーシュ家の派閥からウニリィの婿を見つくろうつもりだったんだ」
ウニリィの表情がさっと厳しくなる。
「ウニリィがマグニヴェラーレと仲良いって情報を俺に教えてくれたのはドリーだけどさ。彼ならいいって言ってたぜ」
「左様ですか」
サディアー夫人は頭を下げる。
ウニリィは複雑な表情だ。ジョーはウニリィの肩に手を置いた。
「ウニリィ、俺のせいで迷惑かけてるけどさ」
「ん……」
「でも、ウニリィが好きになったならマグニヴェラーレってのはきっといい男だろ。結婚しようとすれば、地位とか色々面倒だろうけどよ」
ジョーは言葉をとめた。ウニリィはジョーを見上げ、じっと目を見つめる。
ジョーは笑った。
「なんとかなるさ」
根拠も何もなかった。だがまあ、ウニリィはその言葉をジョーらしいと思ったし、実際なんとかするのだろうとも思ったのだった。
ジョーはウニリィの肩をぽんぽんと叩いて、明るく言う。
「ああ、そうだ。土産を買ってきたんだ。あけようぜ」






