第95話:さすうに
「ウニリィが兄貴を一撃でのしたぞ」
「すげえ、さすがウニリィだぜ」
「ウニちんやるー」
「さすうに」
拳を天に突き上げていたウニリィを、村人たちが口々に賞賛する。地面に倒れるジョーにスライムが近寄ってきた。
ふるふるふる。
たべていい?
ウニリィは拳を下ろして言う。
「んー、食べてもいいんじゃない?」
「良くねえよ!」
ウニリィの言葉にジョーは慌てて立ち上がった。
おおっ、と村人がどよめく。ジョーが装備しているのは鉄で補強された革鎧である。革といっても煮込まれて岩のように硬いものだし、鉄は当然ながらさらに丈夫である。
それが無惨にもひび割れ、凹み、焼けこげている。それだけの打撃をジョーは打ち込まれて元気に立ち上がったのだ。いや、足元はふらついているが。
「元気ね」
「元気じゃねえよ! 酷い目にあったわ」
「おかえりなさい、兄さん」
「……お、おう。……ただいま」
ウニリィは一歩横に退く。
クレーザーとジョーの視線が合った。
「あー、親父。……その。これ、土産で」
ジョーは馬から酒やらなにやらを下ろす。
クレーザーは片手でそれを受け取ると、もう片方の手でジョーの腰のあたりをぱんぱんと叩いた。
「おかえり、ジョー」
「……ただいま」
というわけでジョーは5年ぶりにエバラン村に帰ってきたのであった。
褐色肌の少年がクレーザーから荷物を受け取り、ジョーに深く頭を下げる。
「おかえりなさい、ジョーの兄貴!」
「お、おー。セーヴンじゃん! でっかくなったなあ」
「おかげさまで!」
「俺は何もしてねえよ、なに、うちで働いてくれてるの?」
「はい!」
セーヴンは昔、木の下敷きになったのをジョーに助けられたこともあり、ジョーを兄貴と慕っていたのだ。再会に照れや複雑な思いもある家族とは違って、一番真っ直ぐにジョーの帰還を喜んでいた。
そこにさらに声がかけられる。
「ちいっす、あなたがジョーさんっすか!」
「おお、ついにジョーシュトラウム卿にお目にかかれるとは!」
「おかえりなさいませ、ジョーシュトラウム殿」
マサクィは気さくに片手をあげ、サレキッシモは両手を広げて感動を露わにした。サディアー夫人は淑女の礼をとる。
「はじめまして? ……なんか妙なのが増えてるな」
「サディアーさんはジョーも知ってるのかしら?」
「ああ、公爵家から派遣されてる礼儀作法の先生だよな。お世話になってます」
「こちら、マサクィさん。兄さんが授爵してくれたおかげで、テイマーを雇わなくちゃいけなくなったの」
「お、おう。よろしく」
「こちら、サレキッシモさん。兄さんが英雄になったおかげで、吟遊詩人に取材でつきまとわれているの」
「あの、ウニリィ。……怒ってる?」
ウニリィは笑った。
「何も言わずに出て行ったり、手紙の一つも寄越さなかったり、貴族になったことすら教えなかったり、お父さんを貴族にする話すらナンディオさんにことづけていたことに何も思わなかったかと言えばまあ嘘になるけど」
「すまん……」
「でもまあ、もう怒ってはないの。無事で良かったわ」
「うん」
「どうせまた直ぐに出ちゃうんでしょうけど、これからは少しは連絡とかしてね」
「わかった」
頭を下げるジョーに、クレーザーも苦笑しながら尋ねる。
「急にどうして帰ってきたんだ? いや、もちろんいつ帰ってきても構わないんだが」
ウニリィの言葉を使えば『5年間もほっつき歩いて』いたのだ。それがこのタイミングで帰ってくるとは思っていなかったし、何か問題でもあったのかと気になるところではある。
「ウニリィが王様に、俺に一回家に帰れって言ったんだって?」
「え、ええ」
「そしたら家に帰れって命令がくだったのさ」
おお、王様すごい。とウニリィは感心した。
そもそもこんな小娘のお願いをちゃんと聞いてくれていることもありがたいことだと思った。
サレキッシモが笑う。
「家出した兄貴を家に帰るよう連絡してっていうウニリィさんがすごいよね」
あ! とジョーが手を打つ。
「そう、ウニリィ。お前、謁見で粗相して牢屋に入れられたんだって!?」
ウニリィが、ばっと顔を背けた。
ジョーがにやにや笑みを浮かべる。
「やー、俺ちょっと笑っちゃったよね」
「ぐぬぬ」
「あのしっかり者のウニリィさんがまさか牢屋に入れられるとは!」
「ぐぬぬぬぬ」
歯ぎしりをしていたウニリィだったが、はぁとため息をついてジョーに向き直って頭を下げた。
「これに関しては兄さんの評判にも迷惑になったと思うわ。ごめんなさい」
「おう、全然大丈夫だぜ」
ジョーは親指を立てた。そもそもジョーだってさすがに牢屋に入れられたりはしていないが、礼儀作法には色々と問題あるのである。元々平民上がりと馬鹿にされている部分でもあり、評判がこれで落ちるようなことはないのだ。
「それにしても、耳が早いのね」
「うん?」
「だって戦争に行ってたって聞いたわ。王都にはいなかったのでしょう?」
「まあそこはほら貴族の伝手というか」
伝手というか彼女である。
ジョーは笑みを深めて尋ねた。
「そんで、ウニリィの彼氏はいないの?」
ウニリィは吹き出した。






