第93話:棒の帰還・後
ジョーは峠の街道を風のように駆ける。
エバラン村にも馬はいたが、荷馬などの役畜であるため、彼には幼い頃の乗馬経験はない。
これは爵位を得てからの訓練によるものだった。男性の貴族や騎士が馬に乗れないというわけにはいかないのである。
もちろんいくら馬をとばしているとはいえ、一日で帰れるわけではない。本人も、馬だって休息は必要なのである。
「すまんが、部屋はあいてるか?」
「あらまあ、あいてますよ。騎士様ですか?」
宿泊のために寄った宿では騎士に間違えられるなどもした。
いくら良い馬に乗っているとはいえ、供もつけずに単騎で街道を走っていれば貴族には見えないだろう。腰の剣とは別に棒を手にしているのがなぜかは女将にも分からなかったが。
「ところで女将、急ぎの帰郷なんだけどよ、なんか土産とかねぇ?」
太めの麺や果物が特産とのことで、ジョーは言われるがままそれを購入する。果物は移動で潰れたりせぬよう乾果にし、ワインの産地でもあるとのことでそれも買った。
「まー、ご家族はお父様とそれに妹さん。まあまあまあ、妹さんは16歳ですって! それでしたらこちらなどいかがでしょう!」
言動には粗野なところがあるが、金に頓着しない様子を見て女将は上客と思ったらしい。
「ここ、コーシュ地方のゴールデンピーク山のあたりでは上質な水晶が採掘されるのですよ騎士様!」
「俺には宝石の良し悪しはわからねぇよ」
ジョーはそう苦笑する。確かに村人であった彼には縁遠いものである。だが、アレクサンドラというこの国で最高の装飾品を身につける女が隣にいたのである。実のところ彼の目は肥えていた。
水晶の質とカットの技術は良いが、飾りとしてのセンスは少々流行りを過ぎていると感じたジョーは、石の良いのに絞って買っていくことにした。意匠が気に入らなければバラして使えば良いのである。
ちらりと明かりに水晶を透かして、さくさくと質の良いものを選んでいく姿に女将は瞠目したのだった。
そしてさらに丸一日走り、夜遅くにスナリヴァの宿場町に。風呂に入ってさっぱりしてから眠り、明朝早くにエバラン村に向かったのであった。
ぱかぱかぱか。
ここまでくれば急ぐ必要もない。
5年前とほとんど変わらぬ村への道、スタンダイ川の流れを懐かしみながら馬を歩かせる。そしてエバラン村が見えてきた。
ウニリィと同い年の友人であるシーアの家はエバラン村の東側、街道から近い位置にある。
だから村に向かってくる騎馬に最初に気づいたのは農作業の手伝いをして外にいた彼女だった。
ぱかぱかぱか。
鎧姿で武装している。もちろん村人や、村に出入りする商人ではない。商人の護衛というには鎧姿が上等すぎるし、もちろん山賊の類でもないだろう。
以前、ウニリィのところにはナンディオなる騎士様が滞在していた。彼よりは小柄だが、ウニリィのところに用のある騎士かなにかだろうかとシーアは考えた。
シーアは道沿いに立って頭を下げる。馬が彼女の前で止まった。
「お、ひょっとして……お前、シーアか?」
「えっ……?」
シーアは顔を上げた。騎士はひらりと身軽な動きで馬から降りる。そして人懐っこい笑みを浮かべた。
「やっぱシーアじゃん。別嬪さんになったな」
「……その声、ジョーなの!?」
シーアの驚きの声が村に響く。
「ジョー?」
「ジョーだって?」
「ジョーが!」
「ジョーが帰ってきた!?」
その声は村の入り口から瞬く間に村の中心部へ奥へと広がっていく。そしてついにカカオ家に届いた。
カカオ家の扉が勢いよく開かれ、セーヴンが駆け込んできて叫んだ。
「クレーザーさん、ウニリィ、大変です! ジョーの、ジョーの兄貴が帰ってきました!」
ウニリィとクレーザーが抱えていたスライムがぼとりと床に落ちた。
ふるふる。
「ジョーが……」
「ジョーだと!?」
二人は慌てて家から外に出る。
スライムたちも、のそのそふるふる着いてきた。
村の中央の広場には村人たちが全員いるかのようだった。村人たちが彼の帰還を聞いて、作業を放り出してついてきたのだろう。農作業のフォークや料理のお玉にボウルを持ったままの者もいた。
そして群衆はこちらに向けて歩いてくる。ウニリィははっと息を呑んだ。
群衆の先頭にいる男はジョーだった。鎧など着ているし、体格も良くなっているが、その青みを帯びて跳ねた髪も、ちょっとイタズラっぽい笑顔も、なぜか馬に荷と共に括り付けられた棒も、ジョーに間違いなかった。
先頭に立つ男、ジョーはウニリィたちに気づくと手をあげて、爽やかな笑みを浮かべた。
「おお、親父殿! ウニリィ!」
「ジョー……」
「おう、お兄ちゃんだぞ」
ジョーはキョロキョロと村を、ウニリィたちを見やる。
「やー、変わらないなー、親父は小さくなったか? ん、スライムめっちゃ増えてね? それもなんかカラフルだしさ!」
ウニリィの身体がぷるぷると震える。
「どこ5年もほっつき歩いてたのよ!」
ウニリィの拳がジョーを襲った。






