第92話:棒の帰還・前
ノイエハシヴァ軍との戦を終えて、意気揚々と「凱旋するぞ」と宣言したジョーであったが、彼は今、天幕の中で苦しんでいた。
まずジョーは戦勝の一報を王都チヨディアへと送った。それから戦争の詳細についてを報告書に纏めているのだが……。
「……面倒なんだが!?」
「だから我々が手伝っているでしょう」
ジョーがぼやき、ナンディオがそれを嗜めた。
ふふ、とアレクサンドラが笑い、ふん、と老ヘヴンシーが鼻を鳴らした。
戦争において、その中核はもちろん実際の交戦である。吟遊詩人が歌う華やかな戦いも戦場の悲劇も、全てはそこだ。
だが、戦争における時間の配分や労力で言えば、実際の交戦など戦争の1割にも満たない。戦争の大半は準備と後始末、そして移動なのだった。
万の人間を、限りなく欠員なきよう数百キロ離れた場所へと歩かせる。それがどれだけの難事であることか。
「ぐぬぬぬ……」
ジョーは唸る。
ジョーはもともと平民であり、数年で男爵となったのである。行軍や書類仕事に慣れていようはずもない。ただ、今までは率いていた部下の数も100人程度であったから、そこまで大変ではなかった。
それが今回、軍を率いていたシダーゲート伯爵が謀反をおこしたために、ジョーがこの軍全体を管理しなくてはならなくなったのだ。
さらに言えば、シダーゲート伯だって個人で軍の管理をするわけではなく
幕下の官僚団があるが、謀反人の配下であるからそれだって使うわけにはいかなかった。
幸いにも輜重部隊からアレクサンドラと彼女の配下、それと宮廷魔術師のヘヴンシーが助力してくれているため、なんとか軍を瓦解させずにすみ、ジョーたちは戦地を後にするのだった。
戦地であったセーキフィールドからミッドマウント街道を東に数日。
ジョーたちの行手から早馬がやってきてジョーに手紙を渡す。ジョーはそれを恭しく受け取った。
「王様から手紙だ」
「王様からじゃなくて陛下からね。それでなんですって?」
早馬は王家からのものであった。昼夜問わず馬を駆ったであろう、疲労困憊の使者を休ませてから、手紙の内容をアレクサンドラが尋ねる。
ジョーは手紙をじいっと読んで言った。
「お……陛下が妹を城に呼んでちょっと話したんだと」
「まあ、ウニリィさんを! 陛下は何をお話しされたのかしら」
「その細かいことについちゃあ書いてないが、妹は俺を一回村に帰させるようにと言ったらしい」
ふむふむ、とアレクサンドラは頷き、横で聞いているナンディオは大きく頷いた。彼が村を出てからの5年間、故郷のエバラン村に一度も帰っていないことをよく知っているためだ。
「んで、陛下は今すぐ帰れってさ」
「今すぐ」
「ああ、軍の管理は別の将や役人やらをこっちに向かわせてるからそれが着いたらって感じ。ずいぶん急だな」
ふーむ、とアレクサンドラは指を頬に添えて考えて言う。
「それは仕方ないかもしれないわ、ジョー」
「そうなのか?」
「ジョーが王都に戻ったら、きっともうしばらく時間が取れないもの」
「そうなん?」
「だって戦争の勝利の報告でしょ、戦勝祝いでしょ、ジョーが伯爵になる昇爵の儀でしょ、そのお祝いのパーティでしょ、与えられる領地の確認でしょ」
アレクサンドラが指折り数えると、ジョーの顔がしょぼしょぼと萎びていく。堅苦しい会議やお祝いは苦手なのだ。
アレクサンドラはそこで顔を赤らめて言った。
「そ、そそそそれにわたくしとの婚姻の準備とかっ!」
「あー、伯爵になるとそれが進められるんだったな」
「そうよっ」
ジョーはアレクサンドラの金髪を撫でながら言う。
「つまり、今しか時間が取れないから行ってこいってことだな」
行軍には時間がかかるところも、馬を飛ばせばそこまで時間はかからないのだ。さっと行って、王都の凱旋までに戻ってこいということである。
「ナンディオ、軍を任せられるか?」
「任されよう」
ナンディオは胸に手を当てて拝命した。
「ドリー、んじゃまあまた王都でだな」
「そうね、本当はわたくしもジョーのお父様や妹さんに会いたいけど、そんなに馬を飛ばされたらついてはいけないわね」
「そもそも村にドリーを泊めるとこなんてねえよ」
「まあいいわ、家族水いらずで楽しんでらっしゃい」
「んー……おう」
歯切れの悪い様子にアレクサンドラは首を傾げ、ナンディオが笑う。
「ジョーはずっと帰らずに義理を欠いていたので、気まずいのですよ。だからたまには帰れと言っていたのに」
そもそも父のクレーザーにカカオ男爵の位を渡すとなったときだって、ジョーが帰らないでナンディオに行かせているのだ。そのツケが回ったといってもいいだろう。
ジョーは頭を掻く。
「ナンディオ、ウニリィは怒ってたか?」
「自分で確認するんだな」
「くっ……そうだな」
そういうことになった。
その日の夜に彼の直属の部下たちにその話をして、翌日には派遣された将と役人たちが到着し、ジョーは彼らに引き継ぎをする。
そして馬に棒をくくりつけて、ミッドマウント街道を一路東へと飛ばすのであった。
ξ˚⊿˚)ξ『棒の帰還』
『ジョーの帰還』とどっちにするか三日三晩悩みました。嘘です。
どっちにしろトールキン先生に謝るべき。






