第91話:ミルフィーユパフェ。
「……相談……でございますか?」
「うむ」
ウニリィは困惑した。一国の王が新参の男爵令嬢になんの相談があるというのか。ウニリィが秀でているものといえばスライムしかない。
「スライムの飼い方とか?」
ファミンアーリ王とマグニヴェラーレは吹き出した。
「もしその機会あれば汝に相談するとしよう」
「ウニリィ、相談はあなたの兄についてと陛下は仰っているのですよ」
「ああ、そうでしたよね。すみません」
そう言ったが、やはりウニリィは疑問である。王様はジョーの何が聞きたいのだろうか。
「……やっぱり弱点とか?」
「いや、かの英雄の弱点があるというなら興味はあるが、そうではない」
たぶん、ピーマンとか弱点ですねとウニリィは思った。食べられなくはないのだけど、食卓にあると眉間に皺を寄せていたものだ。あとウナギのゼリー寄せは絶対に口にしなかったことを思い出した。幼い頃にひどくマズいのを口にしてしまったことがあったらしい。
懐かしい。
ウニリィがそんなことを考えているとは露知らず、王は言葉を続ける。
「先年にジョーが授爵したカカオ男爵位を汝らの父に譲り、新たに伯爵位を得ることが内定しているのは知っているな?」
「はい」
この国の貴族の爵位は上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵であるが、公爵はキーシュとミドーの2家しかなく、それは王家の血縁であり、王位継承権も有している。
侯爵は古くから王家に仕える、歴史ある家門である。例えばサレキッシモの出身であるウィスケイ侯爵家は現在でも有力な侯爵家であるが、逆に没落しかかっているようなところもある。
新たに王家に従うようになった貴族は伯爵以下になる。領地運営に成功したり功績を上げたりすれば昇爵するので、概ね爵位の順ごとに豊かと考えて良い。
ジョーのように平民が爵位を得て貴族に成り上がる場合、もちろん当然男爵から始まるのであるが、最高で伯爵までだ。
「どう思う?」
王は漠然と尋ねた。
「たいへんありがたいお話です」
ウニリィは感謝を述べた。当然そう言わねばならないことだ。
「ですが……正直申しまして、兄が英雄と言われることも、そのために私たちまで貴族になっているというのは困惑するところもあります」
さもありなん。王は頷いた。王がまだ言葉を求めているように感じたので、ウニリィは言葉を続ける。
「兄は男爵なのですよね。子爵をとばして伯爵なのでしょうか? なんというかこう、あまりにも早いというか……」
「その疑問ももっともであるが、主な理由は三つある」
王は三本指を立てた。
「一つに、ジョーシュトラウムはそれだけの戦果をなしたということ。此度の戦でも大いに活躍したとの報が入っている。次にそれに関連するが、かの者にある程度の軍事権を与えたいということ」
軽く首を傾げたウニリィにマグニヴェラーレが耳打ちする。
「伯爵になると自領防衛のための軍事の裁量が大きくなるのです。陛下は国境沿いの重要な領地をジョーシュトラウム殿に任せたいのですよ」
なるほど、とウニリィは頷いた。でもそんな大事なところをあの兄がやれるのかなぁと不安にも思った。
王は指を下ろしながら言う。
「最後に、かの者に懸想している娘がいてな。キーシュ公爵家の末姫なのだが、それを男爵子爵ごときには嫁がせられぬと、そこの親父がうるさいのよ」
「あー……なるほど」
貴賤結婚と言い、地位があまりにも離れている場合の結婚は社会に認められにくい側面がある。
加えてジョーの妻として国境沿いの領地に公爵家の人が入るというのは、むしろ安心なのかなあとウニリィは理解した。
王は身を乗り出した。
「それでだ」
「はいっ」
「ここからが相談事なのだが、ジョーシュトラウムに新たに与える家名を考えて貰えぬか」
「……家名をですか? えっ、私がですか?」
王はうむ、と頷くと困ったような表情を浮かべた。
「カカオ家という名前ができた顛末を知っているか」
「聞き及んでいます」
ウニリィは頷いた。ナンディオから聞いている。
ジョーが家名を得るときに、好きなものということでチョコレート男爵にすると言い出したらしいと。さすがにそれはと待ったが入り、せめてこう原料であり名前っぽく聞こえるカカオになったという話だった。
「今回も何か変な名前を……?」
「あやつ、家名はミルフィーユパフェが良いと言ってきよった」
「それは、きっと美味しいんでしょうねえ……」
マグニヴェラーレは笑い、ウニリィは頭を抱えた。
「あのバカ……」
なぜあいつは名前を最近感動した食品コーナーと勘違いしているのか。
「あんな棒振りバカの家名なんて、棒振りで十分です」
「棒振り、ボウフリ……、よし、ボウフリーにするか」
「へっ?」
ファミンアーリ王は膝を打つ。
「ボウフリー伯爵。ジョーシュトラウム・ボウフリーそう響きも悪くあるまい。そうするとしよう」
「ええっ」
「うむ、ウニリィよ。大儀であった」
王との話はこうして終わったのであった。






