第89話:む、むいてませんよー
気を失ったウニリィにマグニヴェラーレは〈安静〉の魔術を使用する。安らかな休息を与える医療系の基礎の魔術であった。
「ヴェラーレよ」
「は」
「彼女が寝てしまったのであれば、今のうちに汝の調査で見、感じたものを報告せよ」
ファミンアーリ王はそう言った。
マグニヴェラーレがエバラン村まで行ってきたのは息抜きの側面がないとは言わないが、れっきとした仕事であるのだ。貴族として庇護下に置いた家門を調べると言う側面、宮廷魔術師として危険なスライムテイマーを見定めるという側面である。
「仔細は書面にてまとめてありますのでここでは要点を。ウニリィ嬢のテイム能力はスライムに特化しているようですが、その能力は凄まじいものでした」
「ふむ」
「カカオ家では別のテイマーを雇っていましたが、彼曰く、ウニリィ嬢のテイムは金級のテイマーとて真似できぬほどの才であるとか」
「それほどであるか」
「そもそもそのスライムの数が異常なほどで、あれを同時に使役するというのは尋常な能力では……」
二人は真剣な表情でカカオ家とそのスライムたちについて話しこむ。青いスライムはそれを聞いているのかなんなのか、時折ふるふると揺れていた。
マグニヴェラーレは、最後にですが、と前置きをして言う。
「ウニリィ嬢およびカカオ男爵クレーザー殿、そして彼女たちの使役するスライムたち」
マグニヴェラーレはそこで言葉を切って、ウニリィに視線をやった。
「その能力を調査した結果として判断するに、大いに軍事に利用する価値があります」
ウニリィの肩が不自然にびくんと揺れた。
「ほう?」
国王もマグニヴェラーレがそう言い出すとは思っていなかった反応を示した。マグニヴェラーレは続ける。
「職人として、テイマーとしての能力の高さもさることながら、陛下もご存じの通り、この隠密性の高いスライムは潜入能力が高い」
籠の中のスライムに視線が集まる。前回謁見の間に誰にも気づかれずに持ち込まれたものであり、鍵に変形して脱獄すらしてみせたものだ。
うにょん。
スライムは鍵穴に触手を伸ばしている。魔法で封じられているために開けられないのが不満であるようだったが、そもそも普通のスライムは鍵穴に触手を伸ばすような知性はないのだ。
「これに加えて空に浮くことのできるスライム、地に潜るスライムすらいて、ウニリィ嬢はそれを無数にかつ自在に操ることが可能です」
「潜入調査にはもってこいだな」
「ええ。戦闘能力は未確認ですが、スライム将軍と言うだけでも軍が出動する脅威の魔獣なのです。その上位種かつ、炎を操る能力すらあるとなれば……」
「ふむ、軍部に推挙するか?」
びくんびくんとウニリィの肩が震える。
マグニヴェラーレはそれを見て優しげに目を細めた。
「ですが、その上で私マグニヴェラーレはこう言いましょう。彼女とそのスライムを戦場にはやらせることはないと」
「我が国が現在も隣国との戦争が継続中であるとしてもか?」
「であってもです」
マグニヴェラーレは王の視線を真っ直ぐに受け止める。
ウニリィの口元がひくひくと笑みが浮かびそうになるのを隠そうと歪んだ。
「陛下や私にびくびくしている彼女が、戦争や諜報に向いていると思いますか?」
潜入先でおどおどして不審者として連行されるのがオチであろう。
「まあ、性格的にはそうであろうな」
「ええ」
「だが、そんなものは訓練でどうにでもなろう?」
ウニリィの身体がびくりと揺れた。
ファミンアーリ王の目元はいたずらげに弧を描く。本気で言っているわけではない。正面のウニリィが目を覚ましているにも関わらず、狸寝入りをしているのに気付いているのでからかっているのだ。
ウニリィの口がもごもごとうごく。
「……む、むいてませんよー……むにゃむにゃ」
男たちは苦笑した。
「演技も下手だし、やはり向いてないかも知れぬな」
「ええ。ともあれ、ウニリィ嬢を戦争なんぞに使うのは貴族の後援者としても、魔術師の研究者としても絶対に許可しかねるとお伝えしておきましょう」
「ふむ」
「彼女を戦場に持っていかれるくらいなら私が行きますよ」
宮廷魔術師は軍属ではないが、有事には交代で従軍する義務があるのだ。マグニヴェラーレも戦場に駆り出されたことがあるし、今は宮廷魔術師筆頭のヘヴンシー老が戦地にいる。
まあ、基本的に戦争は男の仕事とされるのも間違いないことでもある。王は軽く頷いた。
マグニヴェラーレは続ける。
「それにね、彼女の兄だってそうでしょう」
「ジョーシュトラウムか?」
「ええ、彼も妹であるウニリィ嬢とスライムたちを戦争に向かわせるとすれば大いに抵抗するでしょう」
「かもしれんな」
「あるいは彼だってウニリィ嬢の非凡なことを認識していたのではないですか? それを守るために自ら戦いに赴いたのかもしれませんよ」
ウニリィは、がばりと身を起こした。
「ええっ! あの兄に限ってそれはないです!」
「おはよう」
「……おはようございます」







