第9話:なんじゃそりゃー!
というわけで、クレーザーとウニリィは一度スナリヴァの町に行き、服を買うことになったのである。
エバラン村から農地や草原などをこえて1刻近く歩けば街道に出る。スナリヴァはその街道に面した町だ。
もちろん二人にはスライムたちの世話があるので、交互に行き、ナンディオはそのどちらにも護衛のためについていったのであるが……。
「うーん、うーん……」
「どうなさいましたか?」
「いえ、これとこれだとどちらがいいかなと……」
ウニリィは両手にそれぞれ服を持って身体にあててみたりしながら悩む。
「どちらもお似合いですよ」
「えへへ」
「では両方買いましょう」
「ぴえっ?」
「店員、これらを包んでくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
そばに控えていた店員がウニリィの手から服を受け取った。
「店員、彼女にそれに合った靴とアクセサリーを」
「かしこまりました」
「ぴえっ!」
ウニリィは悲鳴をあげるが、店員からしてみれば田舎娘よりあきらかに金を払ってくれそうな立派な騎士の言うことのが大切である。
「それと、私がついていくわけにはいかないが、下着や化粧品も揃えてくれたまえ。化粧に関しては使い方も教えてやってくれまいか」
「ぴええっ!」
「ご用意いたします。その間、騎士様は別室にてお茶などいかがでしょうか」
というわけでウニリィは一式揃えるために店員に手を引かれ、どなどな連れて行かれたのだった。
「騎士様、お嬢様! 今後ともごひいきに!」
「うむ」
「……ぁりがとございますー」
そして数刻の時間が経ち、二人は商人たちに見送られてスナリヴァの町を後にしたのだった。荷馬車に服や靴を積み込んで、ウニリィはだらしなくその荷物に身を預けていた。
ナンディオが馬上から声をかける。
「お疲れですか」
「……ぁぃ」
ウニリィは疲れてもうへろへろであったのだ。
スライムを飼育するのに動いている方がよっぽど疲れそうなものであるが、そういうものでもないのである。
「慣れない場所だと気疲れしますよね」
うんうんとウニリィは頷いた。
「ですが慣れていただくしかないのです」
「わかってますけどー」
なぜなら彼女は男爵令嬢になるのだから。それに……。
「次はこれを着てスリーコッシュですからね」
「ぴぇー……」
悲鳴とともにウニリィの身体が荷物の中に沈んでいった。
さて、お出かけ用の服を買い終えたクレーザーとウニリィたちであるが、それからすぐにシルヴァザのスリーコッシュに行くことができたかというと、そんなことはないのであった。
「お二人で一緒に王都に向かっていただき、最低でも二泊していただきたい」
ナンディオがそう言ったためである。
「そりゃ無理だ」
クレーザーは言葉を返す。
だが、ナンディオとしても理由あってのことなのである。
「なにが無理でしょう」
クレーザーは頭をぽりぽりとかいて言った。
「職人の方の仕事はまあ、ちょっと詰めて作業すりゃなんとでもなります。別に今月は卸す量が減っちまったとしてもそりゃ仕方ないでしょう。ですが……」
「スライムの飼育よね」
ウニリィが言葉を続け、クレーザーが頷いた。
「生き物ですし、危険は低いとはいえ魔獣ですからな。二人でここを離れる訳には」
だがナンディオは手をあげ、言葉を遮った。
「もちろん承知の上です。ですが、これも以前言った通りですよ。人を雇いましょう」
貴族となるのであればどうしても社交のために、王都や他の貴族の領地に行かねばならない時もあるのだ。その間、スライムたちは誰かに任せねばならない。
「あー……そうですな」
「テイマーギルドには話を通してあります」
テイマーとは動物や魔獣と魔力により心を通わせることで、手懐けて使役させる職業である。ナンディオはその組合にすでに連絡をしてあるというのであった。
スライムは下級の魔獣であり魔獣を扱うテイマー、特にモンスターテイマーと呼ばれる者たちであれば初心者のうちに必ず扱ったことがあるはずだ。
「……では、よろしくお願いします」
クレーザーは頭を下げた。
どのみち、試してみないことには始まらないのである。ナンディオはただちにテイマーギルドに従者を走らせ、そして数日。
「テイマーギルド、コマプレース支部からきましたマサクィっす! ランクは銅ランクっす! よろしくおねしゃーっす!」
マサクィなる青年がやってきたのであった。
彼は胸元から自分の名が刻まれた銅製のタグを差し出す。
コマプレースはシブゥバリーの市の少し西に位置し、王都付近で最も大きな魔獣の育成施設がある場所だ。ランクはギルドの発行する実力を保証するものであり、上から金銀銅鉄木と五段階。金が最上位、木が新人であり、そのランクを示すタグがギルドから与えられる。
つまり銅ランクのマサクィはギルドの中堅どころである。年齢は20代前半ということなので、雰囲気は軽そうだが優秀な若手なのだろう。
よろしくお願いします、ういっすおねしゃす、と挨拶を交わし、早速ウニリィがスライムを放っている場所に案内することとなった。
「じゃあ私が世話しているのスライムたちをお見せますね」
「うぃっす、ウニリィさん!」
彼女たちはスライムを放している草原に立つ。
「みんなー! おいでー!」
わさわさわさわさわさわさわさわさ。
無数のスライムが二人の前に殺到した。
「なんじゃそりゃー!」
マサクィは悲鳴をあげた。
ξ˚⊿˚)ξなんじゃそりゃー!