第87話:それ不敬ですからね。
マグニヴェラーレになだめられながらウニリィは王城へと入る。
そして広い廊下を歩き始めたのだが、前後左右を兵士に固められて歩いているので緊張がおさまることはない。
当然だが王都の街中で警備にあたっているような兵ではなく、体格も装備もずっと良い近衛兵である。ウニリィが知る中で最も体格の良い人物はジョーの部下という騎士のナンディオであるが、それに勝るとも劣らない。つまり威圧感がひどいのだ。
ぶるぶるぶるぶる。
ふるふるふるふる。
ウニリィが震えるとその腕の中でスライムも震える。
警備が厳しいのはスライムを連れているせいだろう。
うう、こんなことなら王様もスライム連れてきていいだなんて言わないでくれれば良かったのに……とウニリィは思うが、そもそもそう言われたのはウニリィが王都にスライムを連れてきていたせいであった。
兵士たちに先導されてずんずんと城の奥へと向かう。
「あれ?」
「どうしました?」
「前と場所が違います?」
前回、お城に来たときとは方向が違うようだとウニリィは気づいたのだった。
「ああ、今回は謁見の間ではなく陛下の私室に」
マグニヴェラーレの言葉に、ぎくりとウニリィは身を硬くした。
「ししし、私室に」
「ええ、あまりカカオ家に注目が集まるのも好ましくないでしょうと」
謁見の間を使うとなれば、当然他の貴族たちにも広く知られるわけである。カカオ家やウニリィが侮られるようでも困るが、あのスライムたちを知ってしまったマグニヴェラーレからしてみると、逆にそこまでの価値があると示すのもまた危険であると考えていた。
それをふまえての私室での面会である。実際、この広い城の中で、ウニリィたちが他の貴族らとすれ違うようなことはなかった。
「秘密の面会です」
「ひ、秘密の」
ウニリィは知っている。秘密の面会といえば、第一の都市風物語において、皇帝がお気に入りの平民や下位の貴族を呼び出して寵愛してしまうやつだと。あるいは時代劇でよくある、「お、王様お戯れを」「ぐへへ、よいではないかよいではないか」だろうか。
えっちなことされちゃうやつ!
ウニリィの顔に血がのぼり、頬が赤くなる。
マグニヴェラーレはため息をついた。
「……何を考えているかをあえて問いただしはしませんが、違いますからね」
「ひゃい!」
「それ不敬だから絶対に口にしないでください」
一行が城の奥まったところに着くと、そこには老いた侍従が立っていて、慇懃に頭を下げた。
「いらっしゃいませ、マグニヴェラーレ殿、ウニリィ嬢」
「うむ。陛下は?」
「じきにいらっしゃいます。室内にてお待ちいただければと」
老人は従者である。貴族のような格好をしているわけではないが、その所作や佇まいには一分の隙もない。国王に直接お仕えするような人だとウニリィは感じ、実際その通りなのであった。
マグニヴェラーレと老人は言葉を交わしているが、横で聞いているウニリィには、昔からの知り合いであるような親しさを感じさせた。
宮廷魔術師というからには王城での仕事は大人になってからだろうになぜだろうとウニリィが思っていると、老人はウニリィに向き直り、その胸元を見て笑みを浮かべた。
「それがお連れのスライムですね」
「はい」
ふるり。
ウニリィの胸の上で青いスライムが揺れた。
「こちらにお入れください」
瀟洒な鳥籠が用意されていた。マグニヴェラーレにはわかるが、魔術で結界が張られているものだ。
当然、王の前にスライムを剥き出しで持っていくわけにはいかないのである。
「はい」
「他にスライムをお持ちではないですね?」
「はい、大丈夫です!」
そうして通された部屋は謁見の間などと違って、そこまで煌びやかではなかった。色がシックにまとめられていて高級感があり、それはそれでウニリィも緊張してしまうのだが、どこか落ち着いた感じもまた受けるのだった。
「こちらにお座りなさい」
慣れた様子でマグニヴェラーレがソファーを示す。
大きなソファーは柔らかく、だがしっかりとウニリィの身体を支える。マグニヴェラーレ、ウニリィ、その横にスライムの籠と並んでも十分な余裕があった。
待つことしばし。
メイドによってお茶が供されるも、ウニリィは緊張で喉を通らない。
にょろん。
スライムが籠の中から体を伸ばして、お茶に興味を示していたが、残念ながら出してやるわけにはいかなかった。
そして先ほどの老侍従が部屋に入ってくる。
「陛下がいらっしゃいます。お立ちになってお待ちください」
ウニリィとマグニヴェラーレは立ち上がり、深く礼をとった姿勢で待つ。衣擦れの音がした。
イェッドニア王国国王、ファミンアーリが部屋に入ってきたのだ。扉が閉まる音。
「面をあげよ」
陛下が直々に声をかけた。普通であれば従者が言うところを直接の声がけである。秘密の面会というだけあって、人払いがされているのだ。
マグニヴェラーレはゆっくりと顔を上げた。
ウニリィは畏れ多さと緊張に混乱し、地面に手をついた。
「先日は申し訳ありませんでしたぁ!」
初手、土下座であった。
へにょり。
スライムも籠の中で平ぺったくなる。
国王は苦笑した。
「良い、先日の件をあえて掘り返して責めたりはせぬ。面をあげよ」






