第83話:鮭とばをいただいたので大丈夫。
ウニリィがぷりぷり怒るので、サレキッシモは降参したように手をあげる。
「はいはい、やめますやめます」
「もー」
「これからどうするんです?」
「いや、どのみちそろそろエバラン村に向かおうとは思ってましたけどね」
ふーん、とウニリィが思っていると、サレキッシモはずいっと身を乗り出してきた。
「それよりお二人はどうして王都に?」
「王宮で働いているのだ。戻ってきただけだが?」
マグニヴェラーレがとぼけるが、サレキッシモの追求はやまない。
「そりゃあ閣下はそうでしょうよ。ですがそれにウニリィさん連れてくる理由にはならんでしょう」
サレキッシモはウニリィに視線をやり、はっ、と何かに気づいたような表情を浮かべる。
とてもわざとらしい。
「ひょっとして、閣下のご両親に結婚の報告に……!」
「ちーがーいーまーすー! ちょっとお城に呼ばれてるだけですー!」
ウニリィは大きな声で否定する。
サレキッシモが瞳を輝かせ、はぁ、とマグニヴェラーレはため息をついた。
「あ」
ウニリィは失言に気づいた。サレキッシモがさらに身を乗り出す。
「ね、ねね。どういう理由でよばれたんですかね」
「知らん」
「教えてくださいよー」
「いや、これは本当に私も知らん」
実際、偉い人から呼び出される理由がわからないことなど貴族でも平民でも多々あるものだ。サレキッシモはマグニヴェラーレの表情から、知らないというのが嘘ではないと思った。そこで方針を変える。
「自分も連れて行ってくださいよー」
「王城に無関係の人間を連れて行けるわけあるか」
当然のことであった。
「いや、閣下の家でいいですから」
「……よかろう」
マグニヴェラーレはしばらく悩んでそう言った。それにはウニリィも驚く。
「いいんですか?」
マグニヴェラーレは渋い顔で頷く。
貴族に対する要求として非常に無礼かつ厚かましい願いではある。だがまあ、吟遊詩人などそうでなければやっていけないような仕事でもあろう。
それに、ここで別れるとまた色々と尾鰭をつけたような話を歌ったりすることは十分に考えられる。
『おー、氷の魔術師よー。愛しの君の手をとり、王の御前にー』
なぞと街中で歌われるおそれがあるなら、目の届く場所に置いておく方がマシだろう。
「謁見が終われば、私はまたしばらく王都での仕事につかねばならんだろう。サレキッシモよ、ウニリィ嬢をエバラン村のカカオ家まで送り届けよ。もちろんこちらからも護衛は出すがな」
「御意にございます」
サレキッシモは笑みを浮かべて立ち上がり、紳士の礼をとる。
マグニヴェラーレはウニリィに視線をやった。
「食事はどうします?」
「わたしは……鮭とばをいただいたので、大丈夫です。マグニヴェラーレさんこそお食事は?」
鮭とばはもともと乾燥させた保存食であるので、腹の中で膨れるものだ。
マグニヴェラーレは皿の上の炒り豆を数粒つまんで口に運ぶ。
「まあ、これで良いです。店に寄るより、もうオーウォシュ家に向かってしまいましょう」
到底食事に足りるものではないが、マグニヴェラーレにサレキッシモまでいて、どこかの店に入れば目立って仕方ないだろう。
今、女性に追いかけられたばかりだし、それはもう避けたかった。
マグニヴェラーレは立ち上がり、ウニリィに手を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
ウニリィは顔を赤らめ、マグニヴェラーレの手を取って立ち上がる。
こんな酒場でもちゃんとエスコートするんだな、などとサレキッシモは思いながら、店主のところに向かう。
仕込みの時間に店を使わせて貰ったことの謝罪と礼を言い、少し多めに料金を払った。
そして先に店を出た二人の後を追って外に出るのだが、ふと気づく。
「んん?」
皿の上のつまみの残りも、酒の飲み残しもない。少なくとも鮭とばはまだ数本あったはずだし、ウニリィだってリンゴ酒を飲み干してはいなかった気がする。
平民の男どもの飲み会ではあるまいし、立つときにマグニヴェラーレやウニリィが残りものを平らげていったということもあるまい。
サレキッシモは二人に追いついて馬車に乗り込む。そして馬車が出発したところで尋ねた。
「そういえばウニリィさん、今日はスライムはどうしたんですか?」
「え、いや。今回は連れてきていませんよ? ほら、前回はそれで失敗しましたし」
前回は王への謁見の場にスライムを持ち込んで、ウニリィは捕まったのである。
「なるほど」
サレキッシモはそう言って黙った。
カラカラと馬車の車輪の音が響く。チヨディアの喧騒は聞こえてくるが、突然のサレキッシモの沈黙に、急に静かになったような気がする。
どうしました? とウニリィが尋ねようとしたときである。
サレキッシモが手を上げて声を放った。
「スライムくーん!」
ふるふるふる!
はーい! とでも言うかのように、ウニリィのスカートが元気よく揺れた。






