第80話:おうおう、ウニリィさんよぅ……。
「こ、国王陛下が!」
「私を!?」
クレーザーとウニリィは悲鳴のような声をあげ、マグニヴェラーレは淡々と告げた。
「明朝に使者と、迎えの馬車が来るそうです」
「じ、自分は行かなくても良いのですか?」
クレーザーの質問にマグニヴェラーレは頷く。
「呼ばれているのはウニリィさんだけですね」
「ひぇっ」
ウニリィは小さく悲鳴をあげる。
サディアー夫人は落ち着いた様子で頷き、食事のペースが早くなる。ただちに準備に取り掛からねばと思っているのだろう。
「先日のウニリィの粗相で何か問題があったでしょうか……」
クレーザーは心配そうに言うが、マグニヴェラーレは安心させるように笑みを浮かべた。
「それはありませんよ、ご安心を」
処罰であれば当然、親であるクレーザーも呼ばれるためにそれはないと説明する。
「私を王都へ召還するついでに、私が後見者になった彼女を見ておきたいという程度の話だと思いますよ」
国王がついでに、と思っただけで呼び出される方としてはたまったものではないが、断れるようなものではない。特にウニリィに関しては先日、王都でおおいにやらかしたのだから。
「彼女は無事にエバラン村まで連れ届けるとお約束しましょう」
マグニヴェラーレは力強くそう言った。
ともあれ、急いで支度をすることとなり、翌日である。
ウニリィが朝にスライムたちを起こして、お出かけしなくてはならないという話を伝えながら朝食を与え、そして自分たちの食事も終えたあたりであった。マグニヴェラーレの言葉どおりに使者がやってきて、馬車も用意されていて、ただちに王都へと向かわねばならなくなったのだった。
サディアー夫人が昨夜のうちに準備していたトランクをウニリィに渡す。
「ドレスや宝飾品はこちらに」
「ありがとう」
前回の王都滞在で、ウニリィは予定より社交ができていない。それもあってシルヴァザのスリーコッシュで購入したドレスの中に、まだ袖を通していないものが何着かあるので、それを中心に用意してくれていた。
「不足であれば……」
「こちらで用意しよう」
マグニヴェラーレが口を挟む。
「ドレスの着付けなども対応しよう。昨夜のうちに実家には連絡を入れておいたのでな。母や妹たちが喜んでやるだろう」
「感謝いたしますわ」
「うむ、彼女の後援者であるからな」
マグニヴェラーレも魔術で手紙を送っていたのだ。サディアー夫人とクレーザーが頭を下げ、ウニリィはリンギェなる妹と会ったことを思い出す。可愛くて元気の良さそうな子であった。お茶会したいと言っていたけど、話す機会はあるのかな、と思う。
セーヴンにより荷物も馬車に載せられて、さあ出発という頃合いである。
牧草地の方からマサクィがやってきた。後輩の若いテイマー二人を後ろに引き連れている。
「おうおうおう、ウニリィさんよぉ……」
「ん、はい?」
マサクィは妙に肩をいからせながら低い声で言う。
「ちょっとツラ貸しなぁ」
「え、え、どうしたんですかマサクィさん」
なんだなんだとクレーザーたちはこのやりとりを見ている。
まるでごろつきやチンピラが因縁をつけるような言動であるが、別にマサクィが何かウニリィに悪さするとは、誰も思ってはいない。突然始まった茶番が何なのかと気になっているだけだ。
「なんでしょう」
「跳んでみな。ジャンプっすよ、ジャンプ」
ぴょんぴょん。
ウニリィが跳んだ。
ころころ。
ウニリィのポケットから小さな青いスライムが転がり落ちた。
「……あ」
「はい、確保ー!」
マサクィの背後に控えていた後輩のテイマーたちがスライムを押さえつけた。
うにょんうにょん。
スライムは抵抗しようと身を捩らせる。
カカオ家のスライムで小型化できるものはウォーター・エレメント・スライム将軍である。
強力な魔獣であり、本来なら新人のテイマーごときに取り押さえられる魔獣ではないが、このスライムは隠密用に水分を抜いているのである。また人を傷つける意図もないので、新人たちの手の中でうねうねしても逃れられなかった。
「くっ、なぜわかったのです」
悔しげにウニリィは言い、マサクィはふん、と笑った。
「牧草地見渡してて、黄色緑赤の3色しかいなきゃ、青はどこいったってなるでしょう」
ウニリィはがくりと肩を落としたのであった。
「また陛下の前でスライムを出させるわけにはいきませんからね。マサクィ殿、よくやりました。……はい、いきますよ」
マグニヴェラーレに手を引かれてウニリィは馬車に乗せられる。
「うう、いってきまーす!」
ウニリィは窓から手を振りながら、馬車でどなどな連れて行かれ、青いスライムは地面で悲しそうにふるふる震えていたのだった。
こうしてウニリィはエバラン村を離れて、再び王都チヨディアに連れて行かれたのであった。






