第79話:共にいたいと思った女性です。
カカオ家に婿入りしてくれればと言う言葉に、思わずマグニヴェラーレは笑みを浮かべた。
妹のリンギェが、ウニリィの父に挨拶に行くのかというようなことを言っていたのを思い出したからだ。
「まず、そう言っていただけたこと光栄に思いますよ」
「ん? ああ」
「ですが、クレーザー殿も認識している通り、現状それは難しいですね」
カカオ家は嫡男が、つまりジョーが家を飛び出ていってしまったので家業を継ぐのはウニリィしかいない。
これがスライム職人としてだけの話なら家業を畳んでも、弟子をとって継がせても構わないかもしれない。だがカカオ男爵家という新興貴族家の家門を継ぐ必要性までできたのが難点であった。
「やっぱり宮廷魔術師ともなると色々厳しいよな」
「そうですね、婿入りとなると色々と難点が」
マグニヴェラーレの職場はチヨディアの王城であり、時には従軍もするような仕事である。いくら王都から近いとはいえ、田舎に引っ込んでスライム育て続けるのは難しいだろう。
そしてクレーザーは知らないが、マグニヴェラーレは公爵家の出身である。通常、新興男爵家との縁談など話にならないのだ。……ただ、こちらに関しては両親らが前向きなのであっさりけりがつきそうとも思っているが。
クレーザーは話しながらも作業の手を止めることはなく、マグニヴェラーレもまた気になるところを質問したりメモを取っていた。
クレーザーが呟くように尋ねる。
「マグニヴェラーレさんは……あいつの、ウニリィのことをどう思ってるんだ?」
その言葉に、ひょこり、と火の中からスライムが身を乗り出した。
ふるふる震えながら、マグニヴェラーレの言葉を聞こうとしているようだ。
「好ましくは思っていますよ」
「む……」
好きにも種類は色々あるし、その程度もまた異なる。マグニヴェラーレの『好ましい』とはどの程度だろうかとクレーザーは考える。
スライムもじりじりとマグニヴェラーレに近づいてきた。
「私は不器用なたちです。魔術と研究に打ち込んで、それ一辺倒で過ごしてきました」
「ふむ?」
「婚約者もいたことがありませんしね」
「それは……珍しいのでは?」
マグニヴェラーレに婚約者がいないという話はクレーザーも王都で聞いていた。だが、もともといたのが破談になったり死別したと考えていたのだ。貴族の婚約者は十代、場合によってはそれより幼いうちに決まるものだと聞いていたので。
マグニヴェラーレは肩を竦める。
「少々家庭の事情もありまして。ともあれ、そういった女性関係から離れて生きてきた私ですが、ウニリィさんは私が家族以外で初めて一緒にいて心地よい、共にいたいと思った女性です」
「お、おう」
それはもはや熱烈な告白に近いのではないだろうか。クレーザーは何か気圧されるものを感じ、スライムはふるふると嬉しそうに身を捩った。
「もちろんこれは彼女が稀代のスライムテイマーであるということが大きいですけどね」
それはある種、愛よりも研究的興味と言っているようなものだが、クレーザーは満足そうに頷いた。
「あいつが好きならスライムごと愛せる男じゃねえとな」
二人は笑い合い、そしてマグニヴェラーレは残念そうにため息を落とした。
「ここは居心地良いのですが、もうじきに王都に戻るよう命令があるでしょう」
その日の夕方、ウニリィたちが夕飯を食べていた時である。
談笑しながら、ウニリィは怪しいものを見るような視線をクレーザーに向けていた。
お父さんとヴェラーレの雰囲気が良いわ……。
なんとなくマグニヴェラーレをクレーザーに取られたような気分でじいっと見ていると、コツコツ、と窓の木板が叩かれる音がした。
「何かしら?」
ウニリィが立ち上がり板を上げると、一羽の白い鳥がばさばさと部屋の中に入ってきた。
見覚えがある鳥である。鳥は迷うことなくマグニヴェラーレの前に降りると、手紙に変わった。
ウニリィは以前マグニヴェラーレが手紙を鳥に変えているのを見ていたので驚かなかったが、クレーザーはがたりと椅子を鳴らして声を上げた。
「うおっ!」
「食事中、失礼」
マグニヴェラーレがそう断りを入れて手紙を開く。食事中に手紙を読むのは不作法であるが、宮廷魔術師とは緊急事態への即応が求められる場合もある仕事なのだ。
マグニヴェラーレの眉根が、読み進めていくうちに寄っていく。
何か不快なことか困惑することでも書かれているのだろうか。
「大丈夫ですか?」
思わずウニリィはそう尋ねた。
「……王都への帰還命令ですね」
マグニヴェラーレは手紙を懐に入れながらそう言った。昼にクレーザーと話していたように、予想通りではある。
「寂しくなりますね」
ウニリィは残念そうに、だが笑みを浮かべた。
「私は宮廷魔術師ゆえに陛下からの勅命を受けることがあります」
「はい?」
まあ、それは当然だろう。だが、なぜそんなことを言い出したのかとウニリィは疑問に思った。マグニヴェラーレは続ける。
「勅命です。ウニリィ・カカオ男爵令嬢を王城に連れてこいと」
「え」
「陛下に謁見するようにということです」
「えええぇぇぇーー!」
ウニリィの悲鳴がエバラン村に響いた。






